第2話 セリ1-2

 10人の中でも、もう話についていくのを止めた顔がちらちらいる。マーナと、ニンス。ミトラとエッダは眠そうだしホーリはぐずついている。


「というわけで、お前らの扱いはしばらく『俺のもの』だ。さきほど所有者登録もしてきた。あー、文句は後回しだ、とりあえず聞け。

 まず、ここにずっといることはできない。俺は移動中で、村長に押し付けて置いていくってわけにもいかない。これはわかるな。次に、帰してやるのもできない。この理由も簡単だ。出身地がみな違うのにぞろぞろ連れ立って旅なんてできる訳ない。


 ところで、お前達の着てる服、これは俺が買った。この飯もこの宿も俺が用意立てた。置いていけない理由と一緒で、たまたま通りがかった村に、ただで用立てろと俺は懇願も命令もできない。哀れな娘たちにかける情けはあっても好意を強要はできない。今はよくてもやがてお互い重荷になる。しかし俺が立て替えるなら好意にサービス上乗せしてもとりあえずは後腐れない。そして俺が払う以上、返してもらう権利が俺にはある。つまり、借金のかたとして、お前らの身柄を確保した。


 あー、自己紹介がまだだったな。俺はササヅキ。退役軍人だ。


 さて、年季明けで退職金もそこそこ出たが、あいにく全員養えるほど俺の懐がでかくない。もともと俺は生まれ故郷に帰る途中でな、ここから10日……お前らの足だと15日はかかるか、先の街になる。

 ついてくるならそこで娼館へ出向いてもらう。身をひさげって意味じゃない、まずはそこで下働きだ。オヤにも連絡しよう。状況が判明次第帰るなり改めて勤めにでるなり手配しよう」


 一瞬みんなの顔に浮かんだ怯えはそのあとの説明で消えた。だけど虚ろな空気にササヅキは居心地悪そうに続ける。


「俺が信用できない、同じ目に遭うのじゃないかと心配な奴は、ここで逃げ出すように。借金も忘れてやろう。食い扶持が減るのは歓迎する。


 ただし、森でも言ったが山道は野犬が出るし、子供が1人でふらふらしてたら、まあ、末路は、想像つくよな。幸運に賭けるか、皆と一緒に諦めるか、一晩悩め。上に部屋が取ってある。あいにく5人ずつ雑魚寝だが、まあ、1人は心細いだろ。寝たけりゃ寝てこい、夜中歩き通しで疲れたろ。俺は村長と話がある。


 それとレジーディアン、お前さんはまだ付き合ってくれ。先に終わらせるから戻ったら休め。あんたは1人部屋だ。安心しろ、鍵もかかる」


 指定された部屋にはベッドと長いすが詰め込まれてて、文字通り床で雑魚寝のつもりだったあたしは拍子抜けした。ただ、人数分はなかったのであたしとドゥーネがひとつのベッド、エッダがベッド、ニンスが長いす、隣の部屋ではマーナとノイル、ハルタとホーリがベッド、ミトラが長いすになった。サイズの問題だ。


 誰もなにも言わなかったし相談なんてしなかった。全員ついていくしかなかった。レジーディアン以外売られた身だ。どこにもいくところなんてない。少なくともササヅキは服も寝床も手配してくれた。目の前になにかペテンがあるのか判断できない。けれどこの布団は本物だ。

 途中、お腹が空いて起きた子もいたみたいだけど、あたしは気がついたら朝だった。




「箱馬車が借りられた。少しはマシだろう。食料も少し手に入った。こればかりは途中で補充するしかないな。時期が悪い。収穫もとうに済んで冬支度前だからな」

 2日後、村を出る支度をしたあたし達の前に、幌の付いた馬車をササヅキが操縦してきた。


 交代で荷台に乗れたので疲労は少なかった。レジーディアンはあたしたちより辛そうだったけど、半分以下の歳の子に譲られるわけにいかないと熱でふらふらでもがんばっていた。


 ―――まあ、結局足の皮が剥けてリタイアしたけど。頑丈な村の子供と比べるのが間違えてるよね。たぶんレジーディアンはいいひとなんだと思う。本当ならあたしたちが口を利くことなんてなかった身分だろうから。


 食べ物はだいぶ覚束なかったけど、空腹は常のもの。馬車のおかげで2週間かからずにその街に着いた。中月なかつきももう終わりかけだった。



 厚い壁を越えると、道は石畳になった。事前に説明されていた検問は初めて見たけど、ササヅキが書類を見せるとすぐに入れた。


「このままいけば中央通りに出て領主の館に続く大通りだが、俺んちはこっちだ。あ、そうそう、ちなみに娼館は俺の実家で、姉夫婦が継いでる。俺は……あー、そこの用心棒予定だ。とりあえず」


 なんとなく歯切れの悪いササヅキの弁にひっかかりはあったけど、とにかく疲れていてどうでもよかった。箱馬車を検問所に預けて、石畳を黙々と連れだって歩く。人が多くて怖い。みんなで手を繋いでササヅキの背中を見失わないように追った。


 ササヅキが足を止めたのはお金持ちのお屋敷みたいな建物だった。とは言っても本当のお金持ちは道路に面して建物の入り口はなくて、大きな門と前庭を備えているのだと後から知ったのだけど、その時はササヅキのぼろっちい兵士の鎧と立派な実家というのが繋がらなくて、中から出てきた人に怒鳴られるんじゃないかと血が引いた。

だけど中から出てくるんではなく、ササヅキが中に入ってしまった。片手でドアを押さえて「早く入れ」と促される。広いロビーに小さめのテーブルとイスのセットがいくつか。秋も後月のちつきが近いのに花が花瓶に飾られていて、無人だったカウンターには女の人が現れた。


「ササヅキ、あんた予定より遅かったじゃない。……で、なに後ろの子どもたち。どっかの女に押しつけられたの」

「寒い冗談はやめてくれ。姉貴、こいつらの面倒を頼む。とりあえず全員見習い部屋に突っ込んで。詳しい話はこの後な。一月ひとつきもあれば予定が立つからさ」


          *


 ネーヴァンジュは困惑でうっすら笑った。なんの冗談だろう、弟が女の子をぞろぞろ連れて帰ってきた。

 みんな疲れきった顔をしていたが、こんな汚れたまま館に滞在させるわけにいかない。手の空いていたリーザに浴室へ連れて行かせる。


「で、なんなの」

「ねーちゃん少しは休ませてくれ……。あんなの引き連れて、半分護衛だよ、拷問だ……」


 ロビーのテーブルに突っ伏して心底怠そうに応える弟に困惑の笑みは深まった。

 せっかく退役して気楽な1人旅だったのに、夜営に混ぜてもらおうとしたら問答無用で斬りかかられて返り討ち、年端もいかない子まで保護しての帰路になったという。


「とりあえず最初の村で軍に知らせたから、こちらに回答がくる筈だ。ヤンダーンとの戦でわーわーしてる隙に中立国のはずのティルンガからこんなちょっかい出されてると知ったら上のやつらは大騒ぎだろうよ。

 あいつらには約束したから、地元には連絡してやるさ。工場にいると思ってた娘がこんな西まで来てるとは思わんだろうからな」


「あんたがそれ出すの? その様子じゃ領住権費も出したんでしょ。未成年だって10人もいたんじゃ高かったんじゃないの」


「5割だ。全員で250万イルもしやがった。乗りかかった船だ、いいさ、諦めた。あっちはしばらく先延ばしにしてもなくなるわけじゃないからな。それにこれは全部貸し付けだ。きっちり返してもらう」


「あらあの子たちも大変。でもまあずいぶん面倒見のいいこと」


「とりあえず金だけはあるからなあ……。けどこのまま何年も置いとくのはさすがに破産する。ねーちゃんとこで雇える奴がいたら引き取ってくれ」

「親に連絡取るんでしょう」

「こんなとこまで引き取りなんてこねえよ。まあ、あいつらもわかってる。帰り道でそんな話をぽつぽつしてた」


「まあ、そうよね」


 地方の娘が姫に売られてくることも多い。ネーヴァンジュも紹介されれば買うこともある。


「とりあえず下働きってこと? 姫候補はいるの」

「んー、年長組はどうかなあ……。レジーディアンは、あれはダメだ。本人が言うには貴族ではないが、郷司の係累らしい」


「なにそれ。そんなお嬢さんが攫われるなんてあるの」


「わからん。エッダは14歳だが、間違いなく穴あきだ。そのわりにはすれてないからモノにはなるかもな。ただ教育も受けてないからロクな状態じゃない」

「ああそう、まあ1年もあればマナーは教えられるわ。他には」


「上から順にミトラが13歳、ニンスが12、ドゥーネ12、ノイル11、ホーリ10、ハルタ9、マーナとセリが8歳だ。ニンス以下はキリア教会で初歩教育受けねーと……」

「いるかしらそれ」

「一応な。無賃奉仕ってわけにはいかねーだろうなあ」


 この国では奴隷は廃止されているのだ。表向きは。


「まあそうね。でもウチで全員は無理よ、多すぎる。他のみせに回しちゃう?」

「どうだろうな。ハナから女衒に買われてりゃ諦めもつくだろうが、一応紡績工場はホンマモンだったからなあ」


 なまじ軍部に話を通してるだけにその辺で放り出すこともできねえ、とテーブルに突っ伏す弟からは悲哀が漂った。


          *

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