第2話

「やめなよ。」

教室に入り、僕がショウ君にいつものように声をかけた時、間にはいった子がいた。

桃子だ。数週間前に転入してきた子だ。

僕は少し戸惑ってから思った。

ああ、そうか。転入生だから知らないんだ。ショウ君は本当は楽しんでいるってこと。

僕は、説明してあげようと思った。

「ショウ君はこう呼んでほしいんだよ。めがねざるって呼んであげるのがショウ君にとって一番いいことなんだよ。」

僕は上手く説明しようと頑張った。でも、桃子はどうしてもわからないようだった。

「だって嫌がってるじゃん。」

桃子は昔の僕と同じ間違いをしている。正さなくちゃ。でも、僕の思いは通じず桃子は少しもわかってくれなかった。


「佐藤桃子です。」数週間前。先生にうながされて桃子は自己紹介をした。おさげで目のぱっちりした女の子。

可愛いな。僕はほんの少しだけ思った。

「よろしくお願いします。」はきはきと言って頭を下げた。肩から滑り落ちたおさげの先がゆらゆらと揺れているのが見えた。

「佐藤さんはお父さんの仕事の都合でこの学校に転校してきました。みなさん、仲良くしてあげてください。」先生が言うとみんなはまたざわめきはじめた。

「桃子だって。」ダイキ君が声をかけてきた。「古くせえ名前だな。」

周りの子はそれをきいて大笑いした。

「やめなよ。聞こえるよ。」僕が小さな声で言うとダイキ君は不満そうな顔になった。

「なんだよ。いいじゃねーか。」

ダイキ君が僕を見る。周りの子も僕を見る。

なんだよ、っていう目。冷たい、恐い目。僕は首を小さく横にふると笑った。

でも、なんだか心の奥がもやもやしていた。


桃子は気の強い女の子だった。掃除の時間にダイキ君がふざけていると、

「ちゃんとやってよ。」と注意した。

ショウ君をかばったのだって今回が初めてではない。だから、ダイキ君が怒ったのもしょうがないんだ。いつも、いつもダイキ君の邪魔をしてたんだもの。

少し怒ったって、それは正義、だよね。

「お前いちいちうるせーんだよ。」ダイキ君が怒った。みんなも桃子を囲む。

「お前だって失敗するじゃん。俺たちに何か言えるほどエライのかよ。」そうだよ、いい子ぶるな、みんなが口ぐちに言う。

僕はただ、黙っていた。

桃子はキッと唇をかむと歩いてどこかへといってしまった。ダイキ君は何事もなかったように友達と笑いあっていた。

僕はその輪には入れなかった。


週に一回の道徳の時間。

僕はこの授業が一番得意だ。

先生が道徳の本を読みあげる。

『友達とケンカした。悪いのは僕じゃない。学校に持ってきてはいけないあめ玉をなめていた友達を注意したら、急に怒ってきたんだ。「いいじゃないか。」友達の声にいらっとした。気がついたら叩いていた。僕は間違っていない。友達は学校であめ玉をなめなくなった。でも、僕たちはそれから口をきいていない。「絶交だ。」叫んだ友達の顔が忘れられない。僕はどうしたらいいんだろう。』

「みんなはどう思う。」先生が僕たちを見回す。僕は手をあげた。先生が僕をあてた。

「僕はこの子は悪くないと思います。悪いことを注意出来るのが友達だから、絶交したのもしょうがないと思います。」

僕は自信満々だった。

だって、先生はいつもそう言うから。

正義は第一に大切にすべきだ。

「本当にそうかな。」先生が問いかけてきたとき、僕は驚いた。どうして、そんなことを言うのだろう。

僕は不思議に思った。

桃子が手をあげた。

先生は今度は桃子をあてた。

「私はどんな理由があっても叩いてはいけなかったと思います。きちんと話しあうべきです。暴力は何も生みません。」

「そうだね。」

桃子ちゃんはよくわかっている。そう言いたげな先生の顔になんだか僕は寂しくなった。

僕はもう、道徳の時間を好きになれない気がする。

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