第3話「届いた声」
私はメアたちが見守る中、操縦席へと乗り込む。座ってみると、そういえばこんな感じだったと改めて実感する。
「どうだいメル、操縦席に違和感はないか?」
レナードが珍しく声を張って呼びかけてくる。私は操縦席に座ったまま、あたりを見回した。
目の前にはよく分からない機械が広がっている。人が一人しか入れず、今までずっといた私だけの孤独な空間。
操縦席から顔を出すと、レナードに頷く。
するとレナードがメアのほうを見て一回頷いた。
「たった一週間だったけど、私たちはメルと過ごせてとても楽しかったよ……メルはどうだった?」
近くまで歩み寄ってきたメアは私を見ながら首を傾げた。
「……私も、すごく楽しかったよ! こんなに楽しかったのは初めてだった!」
このとき、いろんなことを思い出していた。
メアたちと出会ったときのこと。いろんな話をしたこと。
楽しい話、悲しい話、おかしな話とか。私のとってはどれも新鮮で聞いてて全く飽きることがなかった。
気が付いたら涙が流れていた。視界がまるでピントの合っていないカメラのようにぼやけて歪む。
「よかった……これからも私たちのことを忘れないでくれると嬉しいな」
「うん、忘れない……絶対忘れないよ!」
「ありがとう。元気でね」
優しく微笑むと、メアは私に手を差し出してきた。
私も笑みを浮かべるとその手を握りしめた。強く握りしめた。何秒も。
数十秒経ってようやく手を離し、私は操縦席に座りなおす。隣にあるレバーを引くと、開いていたハッチが閉まり、マシンから白い煙が吹き出す。
移動先が表示されたモニターには百年後と表示されている。本来私はそこに飛ぶはずだった。でもマシンが壊れたおかげでメアたちと出会うことができた。
私は中央にあるボタンを押した。マシンがうなりを上げて浮き上がる。
……とうとうお別れだなぁ。
涙を流しながら私は俯いていた。ただメアたちの姿が見えなくなるのを待った。
……しかし、いつまで経っても空中に浮いたままでマシンは飛ばなかった。
「……あれ?」
徐々にマシンは地上へ降りてきて、メアたちの前で着地してしまった。
すぐにレナードが走り寄ってくると、心配した様子でハッチを開けた。
「どうした? なにか不具合か?」
「スイッチを押しても時間移動ができないの」
「どういうことだ……ちゃんと全部直したはずなんだけどな」
レナードは私を下ろし、再びマシンの中を開ける。すると突然、レナードが大声を上げた。
「そうだ! 僕は壊れているのを直しただけだからもともとなかったものは手が付けられなかったんだ」
「じゃあその埋まってないパーツがないと移動ができないわけだね」
腕を組みながらメアが呟く。それを聞くと、何かを思い出したカイが静かに口を開いた。
「メルがマシンと落ちてきたとき、爆発と一緒に小さな青い光が違う方向に飛んでいくのを見たぞ」
「それかもしれないな! どこに飛んだか分かるか?」
「記憶が正しければ、あっちだ」
そう言ってカイが指さしたのはメアたちのキャンプとは真逆の方向だった。メアは胸の前で手に拳を合わせた。
「よしっそうと分かれば、もうひと頑張り――」
「いや、これは私一人で行くよ」
私はメアの言葉を遮った。みんなは唖然とした表情で私を見つめる。しかし誰よりメアが一番驚いていた。
「ここに来てから私はみんなにマシンのこと、私自身のことも全部助けてもらった。だからパーツを持ってくることぐらい私に行かせてほしいんだ」
「でも、みんなで行ったほうが……いや、分かったよ」
メアは何かを言おうとしていたがその口をつぐんだ。代わりに私の肩を優しく叩いた。
「おい、いいのかよ一人で行かせて! 絶対危ないに決まってるだろ!?」
「分かってる。だけど私は、メルの意見を主張したいの……」
「……ありがとう。行ってくるね」
方向を再確認して、私はパーツがある方へと駆けていった。
* * *
「そういえば海に面してたんだっけ」
メアたちのところを離れてから数十分、村の一番端にある海崖までやってきた。ここまでくるとさすがにガラクタも少ない。
そうして辺りを眺めていると、青白い光を放つものを見つけた。これがパーツだろう。よかった、もうちょっと飛んでたら海に落ちてるところだった。
「よいしょっと……結構重いかも」
片手で持ち上げると、大きさはリモコンぐらいしかないのに、三キロぐらいの重さだ。でも自分から一人を提案したんだし、弱音は吐いていられない。
「みんなも待ってることだし、さっさと持ってっちゃおう」
その場から一歩歩いた瞬間、足元が崩れた。
「……えっ?」
自分の足場がなくなり、真下に見える尖った岩と激しい波に、ようやく私は落ちていることを理解した。
とっさに私は出っ張った岩を掴んだ。
「ど、どうしよう!?」
なんとか落ちずに済んだけど時間の問題だ。しかも最悪なことにパーツが重しになってしまっている。
掴んでいる岩にもひびが入り始めて、崩れる寸前だ。
「も、もう無理……誰か、誰かっ!」
私は思わず助けを呼ぶ。しかしこんな場所で呼んでも誰も反応するわけがない。メアたちだって私が突き放してしまった。
こんなことなら、みんなと一緒に来ればよかった。
「メア……みんな……ごめん」
その言葉と同時に掴んでいた岩が崩れた。
落ちていく身体。支えてくれるものはもう何もない。
手を伸ばしたまま、私は落ちるのを覚悟して目を閉じた。
「メルーっ!!」
次の瞬間、伸ばしていた手が掴まれた。目を開けると、そのまま私は目を見開いた。
「なんで……なんでここに?」
「なんでってそりゃあ……」
腕をつかみながら、彼女は歯を食いしばった笑みを浮かべた。
「メルが大切だからに決まってるでしょっ!」
「……メアぁっ!」
声が届いていたのかは分からない。だけど私のところにメアが来てくれた。まだ助かってないのに私の瞳からは涙が止まらなかった。
「待ってて、今引き上げるから!」
片腕で引き上げようとするが、思うように引っ張ることができない。さらにまずいことに掴んでいる腕が徐々に滑り落ち始めた。
するとメアはあるところを見つめて口を開いた。
「メル……そのパーツを手放して!」
「な、なんで!?」
「そのパーツ、重いんでしょ? メルを助けるにはパーツを捨てるしかないの! お願い!」
「でも……それじゃあマシンが動かないままになっちゃうよ!?」
その瞬間、メアの顔がこわばり、目を見開きながら叫んだ。
「死んだら……死んだら何もできないでしょっ!!」
「……っ!」
私はハッと驚いた表情を浮かべる。ゆっくりと右手に持っているパーツに目を落とした。
パーツがないとマシンを起動できないままだ。かといってこのままパーツを離さなかったら私は落ちて死んでしまうだろう。
死んだら何もできなくなる……そうだ、今死んだらせっかく助けてくれたみんなに顔向けができない!
私は、右手に持っていたパーツを手放した。
そして右手でメアの腕をしっかりと握った。
「よしっ! 引き上げるよ!」
メアは握り痕ができるぐらい強く握ると、私を一気に引き上げた。
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