第5話 隠していた真実


「ウィリアム、私の両腕と両足を落とせ。」

「何言ってるんだ!出来る訳ないだろっ!」

切り落とした最期の一本の魔角を煎じ終わり、魔角から作られた薬を手渡した私は切り株に腰掛けウィリアムに残酷な提案を告げた。

先日の雨以降は負傷していた足の具合も痛みを感じることもなく、歩けるようになっていたため順調に距離を進み、シェゼルの居る王都まであと2日という旅程の夕方だった

さすがにそろそろシェゼル奪還計画の詳細を話さなければならない。

「ならば民衆の前で私の首を落とせ。」

「フラム!」

悲鳴にも似たウィリアムの怒鳴り声に、近くに居た小鳥が怯えた様子で飛び立つ。

ウィリアムの怒る声を聞けると思わなかった。それほどまで私はウィリアムから心を許してもらっているのだろう。

腕や両足がなくとも、焼け焦げて動かす事もままならない両翼と半分ほどの長さで切られた尾で魔族と主張できるだろう。左腕はだらりと垂れ下がるだけで物をつかめない状態だから今更、存在していてもないのと大差ない。

民衆に危害を与えられない状態の生きた魔族をウィリアムが連れていけば、例の貴族も反論できないはずだ。

「そんな状態のフラムを、髪を掴んで引き摺れと言うのか?」

「お、それはいいアイディアだな。」

今にも泣き出しそうなウィリアムを茶化して同意してやると、やめろ、とすぐさま大きな声で否定される。

でもウィリアム、お前が魔族を討伐した証明をどうやってするんだ。

私を使わずにシェゼルを助ける手段は多くない。それどころか二人の命の危険すらある。大切な友人を、お前とシェゼルを助けれる為なら腕の二本や足くらいなんてことはない。

「それ以外に、フラムが助かる方法は・・・。」

「角を二つとも失った時点で、私の生命力はほぼ底をついた。先は永くない。だからせめて私の命をウィリアムに託したい。有意義に使ってくれ。」

出会った最初の時点で私の命はウィリアムの手で終わるはずだったしな。

隠していた真実と共にそう言うと、ウィリアムが息をのみ言葉を無くした。その見開いた両目が涙で潤む。ウィリアムが泣いているのはこれで二度目か。まぁ、前と今とじゃ泣いている理由が全く違うけれど。

シェゼルの命を救う魔角の話をしたとき、わざとウィリアムに伝えなかった事がある。

母の話の最後には一番重要な内容があった。一族の者は魔角を二本とも失った場合は魔力を全て失うためヒトよりも弱くなり、寿命も尽きる。

だから最期の角を使うときは、その相手に命を預けていいと思える時にだけ使いなさい。と言われていた。そう微笑んでいた母の魔角は根元から数十センチのところで途切れており、その魔角を使った相手をきっと命を賭けて愛したのだろうと漠然と思ったものだ。

角を落として、薬を作ってから伝えたのはウィリアムの逃げ道を塞ぐためだ。

先に伝えた場合、ウィリアムは私の提案を頑なに拒否するだろう。

出会ってからそう日数は経っていないが、情に厚いウィリアムはきっと私とシェゼル、二人ともが生きる方法をなんとか探そうとする。

角を譲って貰えそうな魔角の一族を探したり数千年に一度だけ咲く奇跡の薬草を探すとか、ウィリアムの事だからそう言うに違いない。

しかし、ウィリアムは病気のシェゼルを人質に取られている。一族や薬草を探している間にシェゼルが死んでしまえば、意味がないのだ。

それに、もう魔族の住む地域へ行く事は出来ない。

取引を受け入れてくれた時に何か出来る事はあるか、とウィリアムから尋ねられた際、私は一週間でいいから時間が欲しいと言った。魔王様の長年の計画が実行され、見届ける時間をくれと。

王の計画とは、ヒトの世界に魔物や魔族が現れないように魔物と魔族にまつわる全てを異世界に転送し、封印する事だった。

途方もない時間と人員と労力を使い、どの場所に魔物の現れる魔力澱みがあるのか調査をし、どこから世界を切り離せばヒト族の生活を守れるのか何度も現地の調査と精密な地図を作り確認した。

古くから伝わる異世界の文献を調べ、異世界への転送だけでは不十分な事が判明し、そのためには封印魔法と転送魔法を併用する事が必要と突き止め、実現が可能か少しずつ実験と検証をしてここまでたどり着いたのだ。

ウィリアムと遭遇したのはあとは計画を実行するのみとなった、そのときであった。

魔王はどんなアクシデントがあろうとも実行すると明言していたし、それで魔物の被害がヒトへ出なくなるのならとほとんどの魔族は賛同していた。

私も視察の前に「私が死んでも計画は予定通り進めてくれ」と周りの者へ伝えていた。冗談でも死んでくれるなと言われたが、もちろんそこには本心しかなかった。

私はウィリアムに異世界へ切り離す範囲外に移動をするよう願い、計画が実行されるのを待った。

もともとの計画通りの日時になると、魔王の薄く光る魔力が私とウィリアムがいる場所の少し先から地面を区切った。まずは結界魔法の術式。蒼く光る術式が魔族の森や魔物がたむろう広大な領域を示すように地面に刻む。結界魔法の術式が完了すると術式が強く光った。第一段階は成功した。

つづいて第二段階。結界魔法の外側を金色の転送魔法の術式が蒼い術式の外側を縁取るようにゆっくりと浮かび上がる。この魔法制御の計図を作るのに苦労したものだ。

古代の英智である転送魔法を使った実験で数々の問題が発生した。術式の解読にも膨大な時間が掛かったが、その全貌が判明すると術式の不安定さが露見した。使われなくなった理由は明らかだった。さすがにいきなり異世界へ転送する訳にも行かないので、離れた地域へ人物や物質を送ってみたところ転送魔法を発動すると転送している対象の一部、たとえば十種類の物体を転送するとそのうち一種類、もしくは二種類ほどが転送先に辿り着かなかったり、元の場所から移動しないことも希に起こった。たどり着かなかった物体が何処へ行ったのか追跡することも出来なかった。研究者の間では転送している最中の空間の狭間へ落ちてしまっているのではないか、というのが専らの通説だった。

転送魔法を安定させる方法を何度も模索している最中に、保護結界をかけている割れやすいガラス製品や貴金属類は狭間に落ちることがないことを導き出した。

喩えれば、手のひらに水をすくって持ち運ぼうとしても指の間から溢れてしまうが、水筒などに水を入れて栓をした状態ならば一滴も零すことなく運ぶことが出来るように。

生活に転用することだけを考えれば十分な研究成果ではあったが、目標にはほど遠かった。

転送魔法は結界魔法の外側から掛けられているからだ。

結界魔法を先に発動し領域を固定する保護結界をかけると、中にいる人物は結界の外側へ向けて魔法の発動が出来なくなる。結界内にいる限り結界の外には不干渉の状態になるのだ。中から転送魔法を発動すると保護結界が邪魔をして結界の内側だけを転送してしまうのだ。

結界魔法を先に発動すると転送魔法が安定して掛けれない。彼方を立てれば此方が立たず。研究者達は頭を抱えた。

研究者達はなんども実験と計図の見直しを行い、発想の転換に行き着いた。うまくいかない転送魔法の術式を組み替えてしまえば良いのだと。

術式の編み上げが完成した直後、魔法の発動する直前に別の魔法を組み込む術式を発案した。結界と転送を別々の魔法術式とするのではなく、結界転送魔法という新しい術式を作り出したのだ。

しかし理論上の完成はしたものの、また新たな壁があらわれた。この結界転送魔法を発動するとなると範囲と共に膨大な魔力が必要だった。当初は複数人で協力し魔法を発動しようと考えられていたが、術式の特殊性により人数が増えると発動が不安定となったため、実行に至らなかった。

転送する広範囲を覆い、さらに発動のため必要な魔力は、魔力をもつ一般的な魔族を集めたとして概算で二百人分。安定した結界転送魔法の制御の為には一人で術式を編み上げ、発動しなければならない。しかしどんなに探しても二百人分の魔力を持った魔族は存在し得なかった。計画はまたも行き詰まった。

研究者達の間に悲観的な空気が広がって頓挫しかかっていたある日。魔王様がしばらく留守にするという書き置きをして魔王城から姿を消した。魔王城は大混乱になったそうだ。いつも冷徹な大臣が慌てふためいた姿をしていたと人伝に聞いた時は魔王様に付き添い、この目で目撃できなかったことを少し悔やんだ。姿を消した魔王と私は共に魔角の一族が隠れ住む村を廻ったのだ。そう、我が一族の魔角の力を魔王様に集め、魔法発動に必要な魔力を補おうとしたのだ。魔王様と一族の私が此方の都合ではあるが協力をして欲しいと共に頭を下げると、もともと魔角の一族を保護していた魔王様への心証が高かった為か村人達のほとんどが魔角の提供を惜しまなかった。母の古い友人だという女性に出会い、激励を受けた。魔王様はそんな私たち一族を穏やかな優しい目で見守っていた。

魔角の力で魔力が増幅した魔王様は魔王城に戻るなり計画の遂行を指示した。

魔王様の突如増えた魔力について様々な憶測が飛び交ったが、邪推するものはほとんどいなかった。ほんの一月ほど前の出来事だというのに今では懐かしさすら感じさせる。

そんな魔王様の編み上げた金色の術式がひときわ強く光ると、完成した魔法が発動したのか結界に覆われた森の風景が少しずつぼやけていく。目の前にあるはずの景色が少しずつ遠ざかり、数十秒の後そこには森の姿はなく広大な地肌が生まれた。ふと、魔法の残滓を感じ辺りを見渡すと、無骨な地面を隠すようにやわらかな芝が生え茂った。そして海抜の低い地面を海水が津波が起きないよう静かにその窪地を飲み込んだ。どこまでも、優しい我が王。

残されたヒトの世界に大きな災害を起こす事もなく、元からそこに魔族の森などなかったかのような風景をウィリアムとしばらく眺めていた。

ああ、これで我々魔族の、魔王様の長い歳月と希望を掛けた計画が完成したのだ。

肺に吸い込んだ空気を大きく吐いた後、私はウィリアムと王都へ向かう旅路を進めた。

お互いの妹の思い出を語り合い、お互いの持ちうる知識を交換し、他愛ない話をして笑う。

楽しかった。もう十分だ。私の最期はなんと幸せなのだろう。

ゆっくりとここ数日の出来事を思い返していると、ウィリアムが私の前に来て片膝をつき見上げていた。

「ウォルフラムの、残りの人生を、貰い受ける。」

それ以外に方法がないのだと、まるで己の出した結論を自分に言い聞かせるように、流れる涙もそのままに、ウィリアムがゆっくりと噛み締めながら言う。

あーあ、子供みたいに泣いちゃってさ。なんだかでっかい弟が出来たような気分だよ。

涙で濡れるウィリアムの頬を拭ってやると、そのまま腕を引っ張られて抱き竦められる。

「よしよし、ウィリアムは優しい良い子だな。お前に出会えて本当によかったよ。」

「フラム、俺、俺は。」

幼子をあやすようにウィリアムの頭を撫でてやると私の体に顔を埋めてより強く抱き締める両腕に力を込められる。

ウィリアムの涙につられてしまったのか、鼻の奥から湧き上がる涙でウィリアムの姿が滲んでいく。

溢れないように空を見上げると木々の間から小さな星が僅かに瞬いたような気がした。

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