第4話 深まる交流


「フラム、体調は?傷は痛まないか?」

朝からあやしい雲行きだったのと途中で思わぬ戦闘で足止めになった為、明日は昨日よりは幾分かペースを上げながら森を進んだほうがよさそうだ。雨が降り出すのも時間の問題だろう。だが、そんな私の考えとはお構いなしに私を背負いながら王都へ向かう森を歩いていたウィリアムは小休止を挟みながら心配そうに私の様子を窺う。

ウィリアムは木の根や岩などを越える際の振動が傷に障らないか気が気でないようで、進む度に私の心配をしてくる。

その度に魔族の私はヒトよりも生命力が強いのだから気にするなと、それよりも私を背負っているウィリアムは疲れていないか、歩きづらくないかと返答をするが、ウィリアムは一向に聞き入れてくれず私のことばかりを配慮する。

最初の内は背負われずとも歩けると主張したのだが、足に枝が刺さったのだからと問答無用で担がれている。ちなみに足の傷はウィリアムが回復魔法を何度も重ねてかけてくれたおかげか少々痛むが歩く分には問題がない状態だ。

呆れて妹にもそんな調子なのか?と聞くとそれに何の問題があるんだ?と悪びれた様子もなくきょとんとした顔で返してくる。

まったく、心配性なんだから。ため息を吐きながら返すと、妹のシェゼルに何度も同じ言葉を言われて怒られたと笑った。

ああ、でもそれは私も同じか。メイリアスが体調を崩す度に一睡もせず看病をしていたら言われたっけ。私は大丈夫だから少しは姉さんも睡眠を取って休んで。と。

そういって笑うメイリアスが痛々しくて、何も出来ない私が不甲斐なくて、余計に心配してしまう。そして全くお人好しなんだから。と観念したように笑うのだ。

雨雲が低い唸り声を上げだし、本格的に空模様が崩れる前に運良く大きな倒木が重なり合い大きな洞のようになっている場所へ避難ができた。ぱらぱらと雨粒が木の葉に当たってはじける音が絶え間なく続く。手折った枝葉を重ねて木々の隙間を埋めておいたのが功を奏し、多少雨漏りはするが、直接雨に打たれるよりはマシな状態だ。この様子だと今日はこのまま夜を明かすことになりそうだ。

「フラムは気にするなと言ったが、俺はお前を、恩人を殺しかけたんだ。気にしない方が無理だ。」

だから心配ぐらいはさせてくれと膝を抱え項垂れるウィリアムに笑いが抑えられない。

天候の変化で軋む身体に顔をしかめた私を目聡く見付けたウィリアムは少しでも身体を冷やさないようにと自分の上着を私に掛けてそう呟いたのだ。

出会った最初の頃の無気力さが、全てを諦めきっていた姿が嘘のように感情の起伏が見られる。妹が助かるという私のもたらした幸運に生気が戻ったようだ。その素直な本来のウィリアムは聞いている実年齢よりも幾分か幼いように思える。まあ、私が見た目通りの年齢をしていないと言われればそれまでなのだけれど。そこは魔族の生態なので勘弁してもらいたいところだ。

「ウィリアムは憎めないキャラだったんだな。」

ふふふ、と笑い飛ばしてやると照れて恥ずかしいのか少しふてくされている。

出会った当初にそんなことを言うものなら、その一瞬後に私の頭は胴体から切り離されていただろう。無感情に敵を屠るウィリアムを知っている私にとってはその照れている姿すらも心を開いてもらっているように思える。

そう思うと余計に笑みがこぼれてしまい、私の感情に連動して短くなった尾が左右に揺れる。猫のようにしなやかな尾はメイリアスから美しい花の香油を使い手入れをするよう厳しく言いくるめられたおかげか尾の毛は艶々しており手触りもなかなかのものだと自負している。

ウィリアムが初めて私の尾に触れた時はそれはもう子供のように喜んだものだ。上質な布ですら比較対象にならないくらいの触感だと絶賛された。

それ以来ウィリアムは手持ち無沙汰になると私の尾を撫でるのが癖になったようで、雨宿りをしている今も手のひらにのせて触り心地を堪能している。

「俺だってシェゼルと暮らしてた頃はまともだったんだ。全てはあのクズが。」

そう。なぜ私とウィリアムが王都に向かっているかというと、目的はその貴族だった。

シェゼルを治すためには煎じた魔角を摂取しなければならない。

だがシェゼルに会うためにはウィリアムが魔王を倒したと貴族に証明する必要がある。

手土産も証拠も何もなく貴族の所へ行ったところで、シェゼルに会うことは叶わず追い返されてしまうだろう。

助け出す計画の詳細は後から伝えると言い包め、とりあえず王都の近くまで連れて行けと渋々ながらウィリアムを納得させたのだ。

途中で魔力澱みの悪影響を受けたと推測される2メートルを超える通常より巨大な猪と遭遇したが、ウィリアムは私に手出しをさせず、一人で倒してしまった。この猪のせいで今日の旅程は大幅にずれたのだ。ただ、潤沢な食料の確保にもなったので一概にデメリットだけではないのが幸いだ。

魔物より弱いとはいえ通常の猪ですら、興奮している状態で突進をくらうと大怪我を免れない。二倍近くの体長をもつ猪と衝突すると全身の骨が折れて死んでしまう。大の大人ですら躊躇するような巨大な猪が繰り出す俊敏な突進をウィリアムはひらりと躱してのけたのだ。

私が樹上から戦況のナビゲーションをしていたとはいえ、その手際の良さに彼が魔族で討伐軍にいれば、名ばかりの私でなく名実ともに魔王様の右腕となり沢山の人を守れただろうに、と思ってしまう。

変えられない事実を乞うてもしかたがないことは解っていたが、つい口に出してしまう。

「ウィリアムが魔族ならば、もっと早くに友人になれたかも知れないな。」

解体した猪の肉に塩と近くに生えていた香草をまぶし、香りの強い木の葉で包み保存していたものを土魔法で作った土鍋に入れた水にかける。今日の食事は猪肉と途中で見かけた倒木に発生していたキノコを加えて旨みを足したスープだ。キノコの時期には少し早いが味には問題ない。小川の側に生えていたしゃっきりとした歯触りのシロネグサをウィリアムに摘んでもらっていたので、下処理をしてある。これも仕上がりの直前に追加する予定だ。雨で体温が下がっているからシロネグサの芳香と薬効でちょうど体が温まって良いだろう。惜しむらくは煮込む時間が短すぎて硬い猪肉が崩れにくいことだろうか。ほろほろになるまで調味料で煮込んだ猪肉は絶品なのだが致し方ない。

スープを作りながら、保存してある他の猪肉を焚き火の煙で燻し乾燥を促進させる。

この森は晴れれば日当たりと風通しがよく、ブナの木が自生していたので肉を燻すのに条件が整っていた。

ブナの実を食べて育った猪をブナの木で燻すとはなにやら複雑な因果関係だな。

さすがに全ての肉を持って行くことが出来なかった為残った内臓や骨などは地中に埋めることになりウィリアムにはその穴を掘ってもらった。普通のサイズの穴ですらオオカミなどに掘り返されないよう深く掘らなくてはいけないが、大きな猪の部位を全て収める必要があった為重労働だっただろう。

両手を使うことができず使い物にならない体に口惜しがる私にウィリアムは村にいた時はこの倍以上ある魔物を埋めたことがあるから大したことなどないと言ってのけた。

ならばと干し肉の加工を引き請けたのだ。左腕での細かい作業はできないが押さえつける分には体重を乗せてしまえばいい。肉の処理や火の番ならば不自由ではあるが不可能ではない。

そうやって作業の分担をしていると、もしもの世界で共存している姿を想像してしまう。

お互いに大事な妹がいて。ウィリアムと私が協力して猪や鹿や熊を狩り、シェゼルは病にかかる前は細工師の他に畑仕事をよく手伝っていて料理が得意だったそうだ。ウィリアムに似て体が丈夫だったんだろう。メイリアスは家事全般が苦手な私の代わりに家を担ってくれていたし料理に関しては私より美味に作れる。特にお菓子作りが得意で私のために色々なお菓子を作ってくれていた。何?私の料理スキル?いや、私は食べれないものを作る訳でも作れない訳でもないんだぞ。軍の配給を作ることが多くて大味になるだけなんだ。ま、まあ私の話は別に良いんだ。

話を聞いているだけだが妹同士も仲良くなれそうな気がする。手のかかる兄や姉を持つ共通点を持っていることは苦労をかけてしまっていて面目ないと思う。

だが争いや討伐ともなればウィリアムとは魔物の群れが出ようとも背中を預けて殲滅できる戦友になれただろう。討伐が終われば笑いながら妹たちの待つ家に帰る。ちょっとした怪我でも妹たちに心配され、こんな傷たいしたことないとウィリアムと二人揃って言えば妹たちにもっと自分を大事にしろと怒られてしまうのだ。怒られるのに嬉しいだなんて、すこし可笑しいかな。くつくつと煮え立ち、仕上がりつつあるスープをかき混ぜながら、そんな淡い夢を見て笑みがこぼれてしまう。あとはシロネグサを入れてもう一煮立ちすれば完成だ。

「そう、だな。フラムがヒト族だったら。」

微笑む私を見てウィリアムが穏やかに笑う。同じ種族なら。もっと、早くに出会えたら。

ウィリアムもきっと同じ気持ちなのだろう。

でもどんな時に出会っていたとしても私はウィリアムと友となりたい。

「もちろん今のこの状況でもウィリアムのことは友だと思っているぞ。クズ貴族には腹立たしいが、私たちが出会えた切っ掛けではあるからな。」

暗い雰囲気にならないよう努めて明るく言う。そうとも。彼は現在進行形で友人だ。

だから、何も。何も心配ない。この先に明るい未来や希望がなくとも友人に変わりはないのだ。友人の妹を救うのだから。

「ああ。そうだな。」

友人なんていつぶりだろう、と嬉しそうに呟いて破顔するウィリアムを見て、心が温かい感情に包まれる。

すまない、ウィリアム。私はきっと今以上に優しい君に辛い思いをさせてしまうだろう。

でもそれがウィリアムの為なのだ。ウィリアムとシェゼルが幸せに暮らすために必要なことなのだ。

私に残された出来ることはそう多くはない。だが最大限ウィリアム達の力になろう。

メイリアスにさんざんお人好しだと呆れられた私だからな。友人のために全力を尽くそうじゃないか。

決意も新たに出来上がったスープをお互いの椀に注ぎ入れて、息を吹きかけながら啜ると肉の塩味とキノコの風味が私たちを体内から温めた。

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