第6話 王宮にて


「それで・・・そこにある魔族が魔王だと申すのか?」

荘厳な空気の王宮の広間には集められた王族や貴族が集められ、数段高い場所にある椅子に座った豪奢な服を着た国王が麻布を巻かれ拘束されているフラムをおそるおそる観察をする。

ざわざわと騒ぐ貴族達はまるで汚いものでも見るかのように顔をしかめている。

薄汚れた麻布から乱暴に見えるようフラムを取り出し、首を掴み床に膝をつかせる。

その反動で彼女の尾に似た触り心地の良いなめらかな銀色の髪が頬の横を通り揺れる。

フラムの上半身は彼女の提言通り両腕の肘から先を切り落とした状態だ。全身の傷は治りきらずまだ赤い肉を露わにしている。この明るく清浄な場が対比となり目に痛々しい。

右腕を最期に残すと自分で足を切り落としかねない奴なので、真っ先に両腕を落とした。フラムは痛みに低く呻くだけで、叫び声を上げる事はなかった。最初からそうだ。彼女は死の間際でも気高く、美しかった。魔族と知っていなければ女神かと思ったものだ。

足も早くしろと言われたが、俺は一歩も引かず拒絶した。どんなに暴れられようともこれ以上彼女を自分の手で傷つけたくなかった。足を切り落とす事は最期までしなかった。

「飛ばないよう焼いていますがこの翼と長い尾が魔族の証拠です。」

魔族の集団を見かけた時に手加減などせず不意打ちで放った俺の炎魔法から魔王を庇い焼け焦げ、重度の火傷で皮膚の引きつった背中を足で踏みつける。翼は元の骨格のみが残り翼の大部分は焼け落ちていた。

俺の足蹴を受けたフラムは顔から床に崩れ落ちる。すまない、すまないフラム。

まだ背中の火傷は痛むんだろう。時折顔を僅かにしかめていたのを俺は知っているんだ。

それに尾に生えている毛が痛みで僅かに逆立ち膨らんでいるじゃないか。平気だ、大したことないとうそぶく口よりも尾の方が雄弁なのだと知った時、彼女のことをもっと教えてくれと尾を労りながら撫でたものだ。

この数日間ずっと心の中でフラムに謝り続けている。謝る事しか出来ない自分が悔しくて眉間にしわが深く刻まれる。

「貴様が黒幕か!魔物や畜生よりも薄汚いクズが!我が同胞を屠った事、決して許さんぞ。」

フラムが本音を口に出す事が叶わない俺の代わりに周りに居る貴族をぐるりと見回し、ひときわ得意げな貴族を見つけ暴言を放つ。王宮の広間の端まで響き渡るような威嚇を込めた大きな声だった。魔王の側近だっただけあって言葉に込められた威厳は国王にも勝るとも劣らぬ力を持っており反射的に他の貴族を萎縮させる。

自分に向かって投げられた大きな声に驚いたのか肉だるまのように肥え太ったとある貴族がひぃと甲高い悲鳴を上げる。がたがたと震え無様なものだ。

肥満によって気道が狭まっているのか鼻から漏れるせわしない呼吸音がよく聞こえる。

「こ、こ、この。このま、魔族が。ま、魔王である、あ、あ、証は?!」

フラムは彼女の背から足をどけない俺を睨み付けるようにアイコンタクトを送ってくる。そうだ。こいつがシェゼルを監禁しているクズだ。

起き上がろうと抵抗するな。傷に障るだろう。俺はそんな思いを込めて睨み返す。

「証拠と言われてもな。我が仲間は森共々全てを塵も残さず消し飛ばされた為存在せん。この地に残る魔族は私の他におらん。我の言葉が信用ならんと言うのであれば存分に調べれば良い。」

そうとも。フラムが残った只一人の魔族だ。村を守ってくれていた魔族の最後の一人だ。俺の大切な妹を救うために魔力を、命を賭けてくれた恩人だ。

恩人に頼ることしか出来ない自分が歯がゆくて、爪が皮膚に食い込むのも構わず手を握り込む。フラムの言葉は今まで一つの嘘もなかった。俺の知っている人間の誰より誠実だった。

「その発言は各地から上げられている地形変化の目撃証言とも一致する。国王軍に調査を命じたが、一人の魔族も、魔物の姿も見つけられなかったと報告が上がっている。」

国王が仰々しく頷く。魔族の森の消失は各地で騒然となっており早々に調べられたようだ。

魔物がいないのはあたりまえだ。魔王が心を砕いて人の世界に魔物が残らないよう何年も、それこそ俺が生まれるよりも前から時間をかけて計画を練っていたそうだからな。

本当に魔王様は有能な方だ。もっと早くに真実を知っていれば、魔王側に寝返っているところだ。

「では私に命じられていた魔王並びに魔族の討伐は完遂した。間違いないですね?」

広間にいる貴族や王族の顔をゆっくりと睨み付けながら、国王とクズ貴族に尋ねる。

どんなに沢山の人間が反論しようとも従う気はない。そう目で語りかけながら一人一人に目線を合わせると、怯えた顔をする者、視線をそらす者、羨望の眼差しを向ける者、反応は様々だった。

「あ、ああ。相違ないだろう。」

水を打ったように押し黙った人々の中で真っ先に我に返った国王が俺の主張を認める。

国王が認めた。これでクズ貴族が何を主張しようが覆らない。これが俺の求めた事実だ。

貴族達がほっとしたのか緊迫していた空気が緩んだようだ。小さく息を吐いた音や何かを小声で話す音が高い天井に反響する。

「では、監禁されたままの妹の身柄を早急に受け取りたい。」

その緩んだ空気を締め直すように声を張り、クズ貴族に息つく暇も与えずシェゼルの自由を求める。一歩近づき距離を詰めると、クズ貴族が後ずさる。

ここで主張をしなければ、このクズは何かに理由を付けてシェゼルを解放しない可能性がある。これはフラムにも指摘を受けた。シェゼルと引き離された時の手際の良さから後ろ暗いことになれていると想像に難くない。ならばその後ろ暗さを日の光の下へ曝け出してやればいいのだ。おとなしく従うのでは腹の虫が治まらないだろうから、ここは一つ破滅へ向かってもらおうと。にやりと笑う彼女に心頼もしく思ったものだ。

俺の『監禁』という不穏な発言に国王がクズ貴族に視線を向け首をかしげ、たくわえた髭を撫でる。

「はて、ルデュール卿よ。そなたの話では勇者たっての要望で特効薬が見つかるまでの間、妹君を預かる事になったと申してたと記憶しているが?」

名前を呼ばれたクズがびくりと震え上がる。まさか国王の前でシェゼルの話題を出されると思っていなかったようだ。そして俺の予想通り国王には己の行ったことを隠し、都合の良いように報告を行っていた。

ルデュールはもごもごと言いよどみ国王へ明確な返答が出来ないでいる。

ここで是と答えれば、強制捜査を国王軍に行って貰い、監禁を受けている妹が見つかるはずだ。国王への偽証と拉致監禁罪が適応される。

かといって否と答えればその時点で国王への報告で嘘をついたとして偽証と国家反逆罪だ。どちらの返答をしようともお前の嘘が露呈する。逃げることは不可能だ。

いつまで待っても帰ってこない返答にしびれを切らした国王が小さくため息を吐き俺へ向き直る。

「勇者よ、余の記憶では妹君の病を治すため、この王都へやって来たのだったな。」

「そのとおりです。」

国王はクズことルデュール卿を横目で観察しながら一つ一つ俺に事実確認をする。

ルデュールは顔中から玉のように脂汗をかきながらきょろきょろと目を彷徨わせている。

どうやってここから逃げだそうかと画策しているのだろうが、国王の警護をする兵が大量にいる為抜け道はない。

妹の身の危険さえなければ俺はこんなクズに従う必要はコイツの頭皮に生えている毛ほどもないのだ。

「コロッセオで勝者となった貴殿の戦いは、余も観戦しておった故覚えておる。見事な戦いであった。」

国王からの讃辞に恭しく頭を下げる。

「お褒めいただき光栄にございます。」

優勝決定戦では王国軍の副隊長、つまり軍部のナンバー2を相手取った。

本来であれば手加減をして俺が敗北し、軍に花を持たせる予定だと、プレッシャーもかけられていたが、そんな事情は妹の命のかかった俺に関係が無かった。

試合開始の鐘が鳴り止まない内に副隊長の剣を弾き飛ばし、両足の骨を真っ二つに折り、鎧の隙間から喉元を狙い剣の切っ先を宛がった。八百長試合が行われると慢心しきっていた副隊長など相手にならなかった。

開始の直前まで野次と声援で喧々囂々と熱気が渦巻いていた会場は一瞬で沈黙した。

静まりかえった会場に足を折られた副隊長の叫び声と審判の勝負ありの宣言が高らかに通ると盛大なブーイングが起こった。コロッセオの決勝がここまであっけないなど誰が予想しただろうか。観衆は血湧き肉滾る非日常的な娯楽を望んでいたのだ。

その場を収めたのが「反論がある者は勝者に勝てる者だけが口にせよ。」という国王の一言だった。

「妹君は治療のため薬が見つかるまでの間、国立病院に入院する予定であったが、信頼の置けるルデュール卿へ妹君を預けたいと入院の辞退を申し出たと聞いておったが、事実か?」

問題の挙げられた箇所をゆっくりと国王が言葉を句切りながら質問を重ねる。国王にもルデュールに対してなにかしら思うところがあるのだろう。そうでなければわざわざ平民の俺に確認はしない。

国王が愚かでなくよかったと心底安息した。

「いいえ。妹は入院の準備を進めておりましたが、ルデュール卿から宴の招待を受け参加したところ、命に別状はないものの行動を制限される毒を盛られました。その後妹と引き離され、再会する事が叶っておりません。」

毒、という言葉に広間に集まった貴族達がざわりとどよめく。

「国王様!わたくしがそのような事をするわけがありません!何かの間違いです!わたくしは潔白でございます!その平民めが嘘をついているのです!」

追い詰められているのを理解したのか、赤面した口から唾液をまき散らし叫び、見苦しいまでに言い訳を連ねるルデュール卿に向かって俺は抱えていた鞄から封筒を取り出す。

「ここに証拠がある。『妹の命が惜しくば魔王と魔族を滅ぼしてこい。』この手紙に心当たりがあるだろ?」

「あ、ある訳がなかろう!そんな差出人の名前も宛名も特徴もない手紙など!筆跡もいくらでも変えようがある!わしがお前にその手紙を出したところを見た者がいるのか?いないであろう!そもそも一年以内に魔族を全滅させるなど不可能だ!」

自己保身に走ったルデュールが聞いてもいないことをべらべらと喋った。ざまあみろ。語るに落ちるとはこのことだ。俺はさらに封筒から便箋を畳んだまま取り出す。

「そうなんだよ。手紙を渡しに来たと思われる男は殺されていて依頼主が分からないんだ。それに本来なら魔族を滅ぼすなんて一朝一夕になんて到底出来やしないんだ。まあ、俺は一年もかからなかったけどな。ところで、何故一年という便箋に書いてあった期日を知っているんだ?」

最初に出したのは封筒で、この場で中の本文は見れないはずだよな。そういいながら俺は便箋を近くにいた兵へ国王に渡すよう依頼する。兵から手紙を受け取った国王はじっくりと文章を読み、その妹へ対する卑劣な行動を示唆する内容に明らかに不機嫌になって眉間にしわを寄せ怒りを浮かばせている。

それまで固唾をのんで成り行きを見守っていた貴族達が「やはりルデュール卿が」「あの者ならやりかねない」「妹君は無事なのか」「平民とはいえあのコロッセオの王者に対してなんたる仕打ちか」と口々に騒ぎ出す。

よく響く落ち着いた声で静まるよう国王が喧噪を押さえる。

「ルデュールよ、余は確かに勇者に魔族の討伐を依頼した。しかし期日など設けていなかったはずだが?」

「そ、それは、その。」

国王の問いかけに泳ぎ落ち着きのない様子のルデュール卿を国王は鋭い視線で見据える。

「もし手紙の差出人がそなたで、内容が事実であるならば、詳しく話を聞く必要があるの。」

国王の側に控えていた大臣が片手を上げると、鎧を纏った兵士達がルデュール卿の両腕を掴み広間から連行しようと取り囲む。

ルデュール卿は引き摺られながら声にならない悲鳴と、言い訳と、国王や周りの貴族達へ助けを求め呼びかけをするが、周りに大勢居る貴族達は貶んだ目で眺めるだけで誰一人として助け出ようとする者は居ない。兵に身柄を確保されたまま姿が小さくなり、重く扉の閉まる音だけが広間に響いた。どうやらルデュールは周りの貴族からも嫌われていたらしい。

「第二部隊へ伝達。早急にルデュール卿の館の調査、および勇者殿の妹君の保護を第一優先とする。」

大臣の冷徹な声に伝令役の兵士が短く敬礼をして走り出す。

伝令兵の後ろ姿が見えなくなるまで見送る。これで、ようやくシェゼルに会える。

怪我はしていないだろうか、病状が悪化して苦しんではいないだろうか。

ルデュールの奴にひどい目に遭わされていないかだけが心配だ。

だが昔から俺よりしたたかでたくましい妹だ。館の人間を味方にするくらいしていそうだ。

「勇者よ、其方に対する無礼は許される物ではない。しかし心から謝罪をさせていただく。大変申し訳なかった。」

国王は座っていた椅子から立ち上がり深く頭を垂れた。それにならい、大臣や王族も同じように頭を下げる。

この人達が、俺たち人間が感謝と謝罪を伝え、頭を下げる相手は俺じゃない。だが本来頭を下げるべき人間の世界を陰ながら守ってきてくれた魔王はもうこの世界には存在しないのだ。その事実に心がささくれる。

「元々用意する予定であった謝礼とは別に何か望むものはあるか?」

魔族の討伐を受けた当初は、そののち妹と暮らしていけるの生活を保証してくれるといっていた。俺の、望むもの。妹のためだけに討伐の旅に出てたくさんの魔族と出会い、そして殺してきた。

運良く魔王のいる部隊に遭遇し、初めて一筋縄でいかない力を持った魔族がいた。強力な高位魔法攻撃だとか近接攻撃が強烈だとか、そういったものではなく、戦いにおける心の強靱な魔族だった。もちろん戦闘力も今までの魔族の中で別格であった。

魔角の魔力が半減していなければ俺も軽傷では済まなかった。重傷どころか死の可能性だってあっただろう。

その別格の魔族であるフラムに視線を向ける。彼女は俺と国王とのやり取りの間ずっと口を挟まず足下にうつぶせになったままだ。力なく垂れ下がり小刻みに震える尾が体力の限界を示している。はやく回復魔法をかけ、ポーションを飲ませなければ。

ウォルフラムが少しでも長く生きていて欲しい。それが今の俺の望みだ。

「魔王の所有権。あー、あと俺たちにこれ以上関わってくれるな。もう王都はうんざりだ。」

俺の発言に足下のフラムが身じろぎをする。そうだな、そんな話は計画ではまったくしてないもんな。シェゼルを助けた後自分の身など、どうとでもなるから気にするなと言っていた。拷問されて見せしめに殺されることぐらい分かっていた。それをフラムが受け入れどうともする気がないことぐらい俺にだって分かる。

「貴様、何を、言っているんだ。」

途切れ途切れに息を吸いながら、フラムは肩を震わせる。どうやら全身の傷口から熱が上がってきているようだ。

俺にだって彼女がここで死ぬつもりだったことぐらい予想がつく。そうでなければ自分の四肢や首を切れなんて言わないだろう。お前の知っているとおり、俺が恩人を見殺しに出来る訳ないだろ。

「勇者よ、魔王を引き渡す気はないのか?」

王の近くに控えている厳つい壮年の兵士が声をかけてくる。

たしか国王軍の軍隊長だっけか。本来ならコロッセオで勝利した副隊長に隊長職を譲る予定だったという話だ。俺が副隊長を倒し勝ったせいで退役できなかったはずだ。

「こんな腕を切り落とした状態でも、俺に怪我をさせたことのある魔王を俺以外の誰が扱える?」

正しくは足を早く切り落とせと騒ぎ暴れるフラムの足が完全に油断していた俺の鳩尾にクリーンヒットしただけだけどな。怪我に違いはないだろう。

国王軍も大勢参加していたコロッセオの優勝者で、魔族の殲滅を一人で行った。そんな俺に敵う奴はいない。もちろんそこにいる軍隊長でもだ。

それがわかっているのか、両腕がなくとも俺に怪我を与えたと聞いて怯えた表情で黙ってしまった。

「反論はないな。よかろう。その望みしかと受け取った。」

国王の受諾を受け、俺はフラムを元の麻布で巻き、縄で拘束する。すまないフラム、もう少しだけ辛抱してくれ。

シェゼルと再会できたら王都から出て遠くの村の外れで三人で生きていこう。きっとシェゼルはフラムを気に入るはずだ。

「このまま生き恥を晒せというのか!今ここで我の首を撥ねろ!」

強く声を上げるフラムのまなじりから小さく涙がこぼれる。その涙は悔しさか、それとも喜びか。残念ながら俺にそれを当てる事は出来ない。お前が涙をこぼす姿を初めて見たかもしれない。

「黙れ。お前の生死与奪権は俺にある。」

フラムを縛り付けた縄を強く引き低い声で脅す。勝手に死なせやしない。

『私の最期をウィリアムに託す。』フラム、お前は確かに俺にそう言った。

そして俺はお前の命をもらい受けた。取り消した覚えもないし、取り消す予定もない。

俺がフラムに生きていて欲しいと思っている事はお前だって知ってるだろ。

だから、最後の最後まで生きてくれ。今度は俺が恩を返すんだ。

「これにて、勇者殿の魔族討伐の報告を終える。皆のもの足労であった。」

大臣の声が広間に響き、国王が退出をしてようやく俺は安堵のため息を大きくつけたのであった。

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