アメリカの南部には髑髏がいるのか?

 帝国ホテルに向かっている。


 帝国ホテルに向かう用の洋服を持っていないので、帝国ホテルに向かう用ではない洋服を着て帝国ホテルに向かっている。


 手に下げたり、体に斜めに掛けたりする鞄を持っておらず、防水のリュックを背負って帝国ホテルに向かっている。


 バイトなのに、何をするのか全く知らされていないのに、交通費は出すと言われたので帝国ホテルに向かっている。




 あまりに辛いので、アメリカの南部が出てくる本を電車で読もうと思ったのだ。

 アメリカの南部が出てくる本は、こういう気持ちの時に読むものだからだ。


 忘れた。


 帝国ホテルではコートを脱がなければいけないのかもしれないと思って、リュックに上着と上着になる首巻きのようなものを詰め込んでいたら忘れた。


 そもそも、私はアメリカの南部がどこにあるのか知らない。なにか、暖かくて髑髏がいるということは知っている。

 今調べたら、私のいう南部というのはニューオリンズのことらしい。


 壁の薄い茶色のアパートメントと夜な夜なボーリングに出かける男たち、たとえば旦那に薄い緑色の瓶を投げつける女、大声で話す精悍な肉体と、お尻の大きなおっかさん。

 欲望という名の電車。


 あるいは、異様な親子愛(それは大体、母と息子である)や、そこからスライドする同性愛、父親を殺したいという。その願いは理としての願望ではなく、肉体的な嫌悪感から産まれている。彼はアルコール中毒になり、人を殺し、自分も死ぬ。

 見知らぬ乗客。

 

 いつまでも青春を続けようとした人間たちの情感の屑のようなもの、それが積み上がって出来た町だ。


 何度も言うが、私はアメリカの南部がどこにあって、本当はどういう町なのか何も知らない。

 アメリカの南部の髑髏はどこから出てきたのだろう。

 アメリカの南部には髑髏がいるのか。



 

 考えているうちに、もしドレスコードがあったらご飯を食べて帰りましょうという連絡が来ていた。

 本当は誰も、帝国ホテルに行く用の服などもっていないのだ。

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