第3話 救出

 弱き者を救う為に。


 もしそれを問われたら、彼等は鼻で笑うだろう。

 「そんなの面倒くさいから、自分達が楽しくなければごめんだ」と。

 彼等は弱き者を救える力を持っていたが、それは救済の為ではなく己の欲望を満喫する為の手段でしかなかった。


「リュードがボロボロになって帰ってきたんだってぇ?」


 魔王城の王宮から驚愕の声が上がり、それはすぐに哄笑へと変わった。

 魔王城といっても既にそこにいた魔物達は駆逐されている。逃げ散った魔物達も勇者達の退屈しのぎに時折捕らえられる端から地下牢に閉じ込められていた。

 魔族の城の大広間もかつての格式あった面影はなく、ハーレムを謳歌するチート勇者たちのだらしない社交場へとなっていた。

 装飾を凝らした広間では、折りしも四人の勇者が寛いでいる。彼等の周囲には十人ほどの美少女が、まとわりついていた。

 彼女達は「はい、あーんして」とお菓子を口へ運んだり、「好き好きー結婚してー!」と、チート勇者へしなだれかかったり「お、お前のことなんてこれっぽっちも気にしてなんていないからな!」と必死に気を惹こうとしたり、果ては「ちょっと、私の勇者様に手を出さないでよ!」「はぁ? お前こそ何様だっての!」と、互いに喧嘩したりしていた。

 揃いも揃って美少女ばかりだったが彼女達の瞳には生気がなく、立ち振る舞いも会話もどこか白々しく芝居じみていた。彼女達はチート勇者のハーレムの為に、人為的に創られていたのである。

 勇者達といえば「ちょっとちょっと、ケンカしないでよー」と鼻の下を伸ばしながら仲裁したり、「うるせーなー、ほっといてくれよ」と、うんざりした風を装って楽しんだり、「あーなんでいっつもこうなるのかなー。まったり農家ライフするはずだったのが……」と、嬉しそうにため息をついていた。

 そこへボロボロの敗残者といった風体のリュードが現れたので、勇者達は目を剥いて一瞬凝視すると次の瞬間ゲラゲラ笑いだし、取り巻きの少女達も吹き出した。


「ぎゃーっはっはっはっは! リュード、何て格好だ。おめー最高だよーっ!」

「リュード君、それはアレか? チートなしで無双やろうとしたらボコられましたって奴か? 無謀だね。だが、その無駄な勇気は称賛に値するよ。一ミクロンくらいだけどね」

「ふ……勇者リュード、お前が勇者を名乗るにはまだ十年ほど早かったようだな」

「ま、待てお前ら。リ、リュードはきっと“敗北して追放されて成り上がった勇者ごっこ”をやりたかったのに、ち、違いな…プッ、ククククク!」


 何があったのか、真剣に問いただす者も、心配する者もいない。

 笑い者にされた当の本人は屈辱に身を震わせ、怒りのあまり思うような言葉が出てこなかった。


「手前ら……手前ら……」


 リュードにいつも纏わりついているお付きのメイドと姫とエルフは彼にどう接したら良いのかわからずオロオロしているが、勇者達は怒ったリュードを宥めようともしない。

 一人だけ……哄笑と苦笑と狼狽が入り混じった場の中で、リュードの姿を黙って見つめている異質な存在がいた。

 髪をツインテールに結び、色褪せた赤の古めかしいフリルドレスを身に纏った少女である。彼女は笑いもせず、同情する様子でもなく、窓際の安楽椅子からリュードを静かに見ていた。前髪に隠れかかった瞳が時折瞬きしていなければ、本物のアンティークドールと見間違えそうだった。

 だが、チート勇者達はその場に加わっているだけの彼女など眼中になく、リュードへ囃し立てた。


「“暇だから、防御力のスキルを外して遊んでみるか”で、うっかり痛い目に遭ったってとこだろ? だからってオレ達に八つ当たりすんなよ、リュードくん!」

「るっせえ!」

「逆ギレ勇者なんてみっともないぜ、リュードくん!」

「勝手なことをホザくな、クソ野郎ども!」


 怒鳴りつけたリュードは、ヘラヘラ笑っている勇者達へ宣言するように言い放った。


「いいか、戦車をお供にした、旅人みたいなガキを見つけたらオレに知らせろ! 絶対手を出すなよ。奴とは必ずケリをつけるからな。何があっても奴だけは絶対許さねえ。オレがコロす……」


 それだけ言うと、彼は足を引き摺って広間から出て行った。


「は? 何言ってんの、アイツ」


 その姿を見送った一人があきれたようにつぶやいた。


「リュードくん、何やら無駄に熱いことを語っていましたね」

「ふ……無理にクールを装っていたが化けの皮が剥がれただけのことよ。今更キャラを変えるなど片腹痛いわ」

「うーん、負けたのがよっぽど悔しかったんだろ」


 そう言った勇者が肩をすくめた。


「オレ達がお前の手下になった訳でもあるまいし、勝手に何をホザこうがハイそうですかとこっちが聞く訳ねえだろ、バーカ」

「だよな」

「一人でやってろっての」

「……と、いうことです。負け犬勇者、リュードくん!」


 鹿爪らしくまとめた一人に三人の哄笑が重なり、取り巻きの少女達が追従する。

 嘲笑の退場劇はそこで終わった

 だが、ささやかな一幕がそこに追加された。

 去っていったリュードを黙って見送っていたアンティークドールのような少女が勇者達が哄笑する中、ふらりと立ち上がったのだ。

 まるで、つまらない三文芝居に観劇を止め、席を立ったとでもいうように。

 彼女は自分へ言い聞かせるように「やっぱり、ここに私の“苗床”はいなかったわ」と、ため息をついた。


「もうすぐ見つかりそうな気がしてたのに……気のせいだったのね」

「は?」


 聞き返した勇者の一人へ、一瞬聞かれたくないものを聞かれたとでもいうように眉根を寄せた少女は「独り言ですわ。失礼」とそっけなく返した。


「あっそ」

「自称チート勇者の皆様方、わたくしもこれにてお暇させていただきますわ」

「へ? おいとま?」


 間抜けな返事を返した勇者へ彼女は舞うように会釈すると窓辺につと近寄った。束ねられていた豪華なカーテンへふうっと息を吹きかける。すると魔法のようにカーテンは風をはらんで拡がった。

 そして、それを身に纏うようにして彼女は帷帳の中へ入っていった。一瞬振り返った彼女は、まるで汚物でも見るような眼で勇者達を一瞥すると唇の端に蔑みの笑みを浮かべた。

 風が消えてカーテンが萎むと、そこにはもう人影はない。魔術でも使ったように少女は消えてしまった。


「何だ? アイツ、いなくなったぞ」


 不審そうに消えた少女を見て勇者は三人の仲間へ声をかけたが、リュードが退場間際に叩きつけるように閉めた扉を指差し笑っていた彼等は、そんなことなど気にも留めなかった。


「ほっとけほっとけ、どうせ『姫プレイ』みたいに、ちやほやされたくて今まで自分達に混ざってたんだろ。俺らが構おうとしなかったから諦めてどっかへ消えたんじゃねーの?」

「そうか」

「黙って付きまとっててウゼえと思ってたし、失せてくれて良かったじゃねえか」

「それもそうだな」


 一度は納得したが、彼はふと思った。


「そういやアイツ、何でつきまとってたんだろ。まるでオレ達をしてたみたいな……」


 だが「ご主人様ぁ、早く早くぅ」と、メイド達に引っ張られ、彼は「ま、いいか」と、肩をすくめた。

 この世界に何が起ころうと、自分達が懸念することは何もないのだ。敵対する全てを砕く力がこの身にあるのだから。

 彼は、そのまま仲間達と取り巻きが繰り広げる乱痴気ハーレムの輪に再び加わっていった……



**  **  **  **  **  **



「くそっ、あいつらもいつかツブしてやる」


 オロオロしながら付いて来る三人の少女を無視し、広間を出たリュードは悪態をつきながら廊下を歩いていた。

 と、出し抜けに背後から爆笑が聞こえてきた。それは地響きがするほどの笑い声だった。

 そこまで自分をバカにするのか! と、激昂したリュードは立ち止まった。怒りの赴くまま踵を返す。


(ナメやがって。オレを本気で怒らせたらどうなるか思い知らせてやる!)


 まだ体力が底を尽いた状態で喧嘩など売れば赤子の手を捻るようにやられるだろうに、そんなことも失念するほど彼は怒りで我を忘れていた。


(どいつもこいつもナメた真似しやがって……!)


 もう一度広間を向かおうとして、彼は気が付いた。……笑い声は消えたのに、地響きは続いている。そして次第に大きくなってゆく。立てなくなるほどの揺れではないが、大地を小刻みに震わせて、何かの轟音が次第に大きくなってゆく。

 さっきの笑い声は地響きするほどの爆笑ではなかったのだ。笑い声と別に地響きが重なっていたのだ。

 「地震か? 一体何が起こった!」と、うろたえるリュードに取り巻きの少女達が「ご主人様、怖い!」と縋り付いた。


「こ、これって何か天変地異の前触れですか?」

「お、オレに聞くなよ!」


 異変の正体が分からないので魔法で鎮められるのかも分からない。

 どうすることも出来ず、ただただ狼狽しながらリュードは、この轟音をどこかで聞いたような気がした。

 一方、広間の方でもリュードを嘲笑していた勇者達が轟音と震動に気が付き、周章狼狽していた。


「何だ!」

「何が起こった?」


 さすがに真顔になって彼等は顔を見合わせた。


「地震か?」

「このリアルリバーで地震なんて聞いたことねーぞ」

「異変の原因は外か?」


 轟音と地響きは突然止んだ。続いて、何かをこちらへゆっくりと向ける、鉄と鉄を擦り合わせたような音が聞こえてきた。


「一体……」


 一人が外の様子を見ようと大きく開いたバルコニーへ近づく。

 だが、彼が外へ出る前にバルコニーから目に見えない速さで「何か」が飛び込み、玉座の背後にある壁に命中して大爆発を起こした。


「わあああああっ!」


 突然のことに、勇者達は椅子ごとひっくり返ったり、ぶっ倒れたりした。

 大理石の欠片が兆弾のようにはじけ飛ぶ。木製の調度品は木っ端微塵になった。天井のシャンデリアが爆風に千切れて壁に叩きつけられ、派手な音を立てて砕け散る。

 さっきまで勇者と共にリュードを嘲笑していた少女達は「キャーーッ!」と黄色い悲鳴を上げた。もうもうと上がった埃に咳き込んだりしながら彼女達は我先に逃げ出してゆく。勇者を気遣う者など誰もいない。

 勇者の一人が「おい待て、ちょっとはオレの心配を……」と怒声を上げたとき、次の爆発が外壁で起こった。

 今度は柱が折れ、大量の埃と共に天井が崩れ落ちてくる。


「畜生、目にゴミが……前が見えねえ」

「ぶへっ、ゴホゴホッ、くっそー一体何だってんだ!」


 一人が片手を上げて「遮断空間形成!」と呪文を唱えると、透明な傘状のバリアが勇者達の周囲に浮かび上がった。落ちてくるガレキや埃が遮断された空間の中で、彼等はようやく息をつくことが出来た。


「ううッ、くそったれが。もしかして魔王が復活しやがったのか?」

「女共はみんな逃げやがった。あんなに好き好き言ってた癖に薄情な奴等め……」


 咳き込んだり、悪態をついたり、埃の入った目をこすったりしながら勇者達は「とにかく外に出よう」と、バリヤーの幕を被った状態でベランダへまろび出た。

 外はあたり一面に煙がもうもうと立ち込め、何も見えない。

 爆発は続いている。それは明らかに何か意図的なものだった。地下牢へ続く城壁の一角に爆発は集中していたが、しばらくするとピタリと収まった。

 同時に、崩れた城壁の向こう側へ幾つかの影が目立たぬようそっと忍び込んでゆく。勇者達は誰も気がつかなかった。


「止んだぞ」

「爆弾でも飛んできたのか? それとも砲撃か? 一体何だったんだ?」


 互いに顔を見合わせたが、無論正解を答えられる者などいるはずがない。たまりかねた一人が両手を広げて別の呪文を唱えた。


「全方位空間、視覚変換!」


 するとバリアを介した視界が夜のように暗くなり、煙に隠されたものが暗視スコープのように赤く照らされて浮かび上がった。


「何だ。戦車みたいな妙な奴が広場にいる……いや、戦車だ! キャタピラの跡がついてるから地響きの正体はアレだ。爆発もアイツが砲撃してきたんだ」

「おい、地下牢の魔物が逃げ出してるぞ!」

「何だと?」

「あの戦車が逃がしてるんだ!」


 気が付いた勇者が「空間浄化!」と新たな呪文を唱えた。大気の不純物を消去する呪文が感染するように広がり、埃と煙が消えてゆく。

 すると、それまで煙に遮られていた光景が彼等の前に次第に広がっていった。

 城門を破壊し、石畳を割りながら侵入した一台の巨大な戦車が広場の中央に陣取っている。

 戦車の前には一人の少年が立ち、おろおろした様子で手を振り回して懸命に呼びかけていた。


「さあ、はやくあっちへ! 家族や仲間が待ってるよ!」


 崩れた城門の彼方の森、少年の指差す方角へ向かって破壊された城壁の下から魔物達がわらわらと逃げ出していた。弱って歩けない魔物達は、救出の為に忍び込んだ数匹の屈強なオークが背負い出している。彼等の中に、王姫のアリスティアもいた。

 彼女は幼いゴブリンの子を背負い「みんな、こっちよ!」と、勇敢に魔物達の先頭に立って導いている。

 勇者の一人が少年へ向かって叫んだ。


「おい、貴様は誰だ? 勝手な真似をするな! そいつらはこの世界に仇なす悪の一族なんだぞ。そんな奴等に加担するなんて、平和な世に害悪を再び撒き散らすつもりか!」


 呼びかけられた少年はその声に顔を上げると、バルコニーの勇者をキッと睨んだ。


「何が悪の一族だ。お、お前等が勝手に決めつけただけじゃないか!」


 少年は怖じ気つきそうな心を奮い立たせてバルコニーのチート勇者達に叫び返し、チート勇者達は「は? 何言ってんの、コイツ」と、目を丸くした。


「誰か知らないが勝手な事をほざくな! オレ達チート勇者が取り戻した平和を乱す真似など許さんぞ!」

「勝手だと? 罪のない者をこんな目に遭わせておいて何が平和だ!」

「だ、黙れ! クソガキが」

「貴様らこそ黙れ、ニセ勇者が!」


 チート勇者の得手勝手な理屈に、怒りを抑えきれない少年は吼えるように叫んだ。

 自分達を悪のように罵られて「手前……」と、絶句した勇者達のうち一人がハッとなった。


「おい、もしかしてコイツじゃね? リュードが見つけたら知らせろとか抜かしていた野郎は」

「あ、そういえば……」


 落ち武者のような格好で逃げ帰って来た仲間の負け惜しみを三人は思い出した。


(いいか、戦車をお供にした、旅人みたいなガキを見つけたらオレに知らせろ!)


「なるほど、お前か。リュードを負け犬に落とした奴は……」


 もちろん、それと分かったところで彼等は動じたりなどしなかった。

 所詮自分達のチートにかなう相手ではあるまいと高を括っていたのである。一人が余裕綽々といった様子で顎を上げ、見下すように嘲った。


「誰か知らねえがせいぜい正義ぶってろ! オレ達はこの世界の如何なる敵も倒す力と資格があるんだ」


 相手が丸腰だと知ると彼はニヤリと笑って付け足した。


「例え、それがヒトモドキであってもな」

「やってみろ、うじ虫」


 少年は仁王立ちになった。勇者から間髪入れずに「爆熱高速撃!」と、炎の玉が放たれる。

 だが、命中する前に少年の前へ進み出た戦車が盾となって、その魔法弾をテニスボールのようにあさっての方向へ弾き飛ばした。

 この少年に危害など加えさせぬ、とでもいうように。


「何?」


 勇者達は驚愕して目を剥いた。今までどんな敵をも瞬殺してきた自分達の魔法が無効となったことなど、今まで一度だってなかったのに!

 少年の盾となった戦車を凝視して彼等は更に驚いた。


「キングタイガー?」

「タイガー戦車だと?」


 第二次世界大戦で伝説となったドイツの重戦車が何故こんな異世界に? と、虚を衝かれた彼等に向かって、ティーガーの戦車砲がお返しとばかりに火を吹く。

 魔法を放った勇者が砲弾をまともに受け、「グハッ!」と後ろの城壁に叩きつけられて宙を舞った。


「バ、バカな……チート勇者のこのオレがダメージを受けるなんて……」


 倒れた彼は半身を起こすと、震える手で己のステ-タス表を虚空に開く。万を超えていたはずのHP値は、マイナスを示していた。


「ウソだろ……」


 彼はそのまま消え始めた。回復アイテムを慌てて手にしようとしたが、透き通り始めたその手は虚しく宙を掴んだだけだった。


「嫌だ! 元の世界に戻るなんて嫌だ! オレはもっとここでチートハーレムを楽……」


 その声は小さくフェイドアウトしてゆき、彼の姿はかき消すようになくなった。

 凍り付いたようにその様子を見ていた三人の勇者は我に返ると顔を見合わせたが、肩をすくめると誰ともなくせせら笑った。


「おーやおや、消えちゃいました。さよーならー」

「防御をおろそかにして隙なんか見せるからだ。元の世界へとっとと帰れ、バーカ」

「奴は我らの中でも所詮最弱の格下。ま、こうなって当然か」


 これが、気心の知れた仲間であったら「おのれ、仲間の仇だ!」と彼等は激昂したことだろう。

 だが、彼等の間には友情などなかった。チートハーレムの享楽を共有しているだけの集まりでしかなかったのだ。

 そんなことより、彼等達には守らねばならないものがあった。

 余裕。圧倒的な力に裏打ちされた不遜な態度を失ってはいけない。

 彼等には消えた仲間より、そちらが大事なことだった。チート勇者は、刃向かう存在がどんな力を持っていようとそれを歯牙にもかけず一笑しなければならないのだ。

 そんな勇者達は、もしかして消えた勇者は死んだのかと青ざめた顔の少年へ向かって、その無知を笑ったのだった。


「お前、何にも知らないんだな。教えてやるよ。チート勇者同士が戦ったりして消えたら元の世界に還るのさ」

「そういう訳なんで足手まといを減らしてくれてありがとよ」

「だけどお前はチート勇者じゃないからな。死んでも知ったことじゃないし、どうなるか身をもって体験してくれ」


 そういって笑った一人が「誰か、奴と遊んでやれよ」と煽り立てたが、残った二人はもう一度肩をすくめた。最強の勇者は最後の最後に出番となる。三人は当然、それが自分だとそれぞれが思っていた。

 お前が行けよ、いやお前が……と目配せし合った挙句、ようやく一人が気障に前髪をかき上げて進み出た。

 しょうがない、真打ちのはずだがここは貧乏くじを引いてやるか……というように。


「仕方ないですね。では拙者がお相手仕りましょう」


 クールに捻り潰すつもりらしく、バルコニーから降り立った彼は「ではよろしく」と、小馬鹿にしたようにお辞儀すると右手を高々と上げ、呪文を唱えだした。

 一方、対峙する少年は、砲塔のハッチから顔を出して後ろを見ていたドワーフから呼びかけられた。


「テツオ。みんな、城の外に逃げられたみたいだ」

「そうか、よかった」

「直接魔法を喰らったら危ない。テツオも早くこの中へ」

「うん、ありがとう」


 頷いてティーガーによじ登った少年は、砲塔のキューポラへ身を滑り込ませるとハッチを閉めた。

 それを見て勇者は「気の毒に。隠れても無駄です。何故ならその戦車はこれからお前の棺となるんですから」と上から目線で嘲った。


「圧縮冷凍波! 忌まわしき鉄獣よ、私からの手向けだ。絶対零度の中で黄泉路へ旅立ってゆくがいい」


 氷雪の渦巻く空間を球体状に切り取ったような魔法弾を宙に浮かべ、呪文を唱え終わった勇者は「凍れ!」とティーガーへ投げつけた。

 だが……その魔法弾はティーガーの前面装甲に命中すると、ただの氷のようにあっけなく砕け散って消えてしまった。


「れ、冷凍魔法を受け付けない? そんなバカな!」


 アゴを落とした勇者はティーガーの砲塔がゆっくりと旋回し、砲口が自分へ照準しているのを見て、それまでクールを装っていた表情をかなぐり捨てて悲鳴のように呪文を繰り返した。


「氷鋼厚壁! 二重! 三重! 四重! 五重!」


 魔法によって鉄より硬い氷の壁が虚空から現われ、彼の前に幾つも幾つも突き立った。


「ハ、ハハハ……さて、そっちの攻撃も通用しますかね? その鉄の砲弾でこれが貫けるかどうか、ま、試して見て下さい。無駄でしょうけど」


 一瞬冷汗をかいたものの、余裕を取り戻した勇者は顎を上げて嘯いた。


「さて、凍らせるのはダメ? じゃあ、別の方法で試してみま……」


 新たな魔法を呼び出そうとする勇者へ向かって、ティーガーの八八ミリ戦車砲が轟然と火を吹く。

 その砲弾は……まるで紙のように全ての壁をやすやすと貫き、呪文を唱えかけていた勇者を反対側の氷の壁ごと吹き飛ばして城壁に叩きつけた。


「バ、バカな……こんなバカな……」


 もんどりうって倒れた勇者は「か、回復魔法を……」と唱えかけたが、魔法で追いつかない程のダメージだったらしく、そのまま消え去ってしまった。

 残った勇者達は二人。

 手も足も出ずに敗れ去った二人の末路を見て、彼等はもう一度顔を見合わせあった。

 今度は明らかにさっきより顔が強張っている。

 ティーガーの砲塔からハッチが開き、キューポラから上半身を現わした少年が呼び掛けた。


「もうやめよう。これ以上戦って何になる」

「……」

「虐殺や狩りみたいなことはもうやめよう。昔は酷いことをしたというけど……いま、魔物がこの世界の人間に何をしている? もう何もしてないじゃないか」

「う、うるせえ……」

「人じゃないから、異形だから……それが何だっていうんだ。彼等にだって生きる権利はあるだろう?」


 勇者を倒した少年は、残った二人へ共感を求めるように静かに語り掛け、彼等の間違いを諭そうとした。


「なあ、もうやめよう。魔物をイジメるような真似なんて……」

「フザけんな!」


 カッとなった片方の勇者が火炎弾を投げつける。少年は悲しそうな顔から転瞬、二人の勇者を睨みつけて砲塔の中へ姿を消した。火炎弾はティーガーの砲塔に命中したが、魔法を受け付けない装甲に砕け散って消えた。


「……てめーが正義じゃねえ、てめー如きが正義を語るな。オレ達が正義なんだ! 勇者面して偉そうに説教なんかするんじゃねえ!」

「悪の象徴みたいなナチの戦車に乗って、オレ達を悪者みたいに語るとは何様だクソ野郎! 身の程知らずめが!」


 チート勇者達は、少年が上から目線で説教し自分達の正義を覆したのがどうしても許せなかった。

 正義を語り、敵に情をかける……それは自分達チート勇者にだけ許された特権なのだ。

 相手が誰だろうとチートハーレムの異世界は絶対に変えさせない! と、頷き合った二人はまだ強気だった。


(いくら何でも最強魔法の協力プレイなら、戦車ともども生意気なアイツを葬り去ることが出来るだろう……)


「しょうがねえな。んじゃ、そろそろ本気出すか」

「やれやれ、あんな時代遅れの戦車とクソガキに負けるようじゃ話にならないな。真打登場と参りますか」


 一人が両手を振り上げ「冥月召還!」と、呪文を唱えると空の色が変わった。空を覆いつくすほどの巨大で真っ黒な球体が浮かび上がる。

 続いてもう一人が「破砕雷撃!」と空に青白い雷光を立て、それを束ねてゆく。


「お前ごときにチート魔法なんぞ使いたくなかったがな。ナメた真似をしたことを後悔するがいい。跡形もなしに葬ってやる」


 嘯く二人の勇者に対し、ティーガーは一歩も引く気はないと言わんばかりの態度で悠々と進んで来た。山のような威容が彼等の視野をうずめ、振りかざされた長大な砲身が向けられる。


「いい度胸だ。最大魔力開放、地獄へ逝け!」


 喚き声と共に目も眩むばかりの閃光が辺りを覆い、雷鳴が響き渡る。

 大地が激しく揺れ、大気が震えた。この世の終わりのように。

 そして怒りの雄叫びを思わせる咆哮と共に、傲慢なチート勇者へ向かって鋼鉄の王虎からも鉄槌の砲弾が放たれた……

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