phase1-1

マナミヤ ショウコ 様


はじめまして。

いきなり、見知らぬアドレスから怪しいメールがきて、驚いていることと思う。

もっと驚かせるようなことを言うけれど、このメールを君が読んでいるときには、送り主たるわたしはもう死んでいるんだ。

だから、はじめまして。そして、さようなら。


亡霊からのメールだなんて恐ろしいことを思わないで、気楽に読んでほしい。

このメールは、今こうして生きているわたしが書いた、いわば時限爆弾なんだ。わたしが死んで、3日後に爆発するように仕掛けるつもりだ。

どうして3日後か不思議に思うなら、君には少しばかり、一般的な宗教に関する知識が足りていないのだと思う。学んでおいて損はないから、この機会にちょっとでも、その手元の機械で調べてみると良い。

そもそも、どうしてわたしがこんな爆弾を仕掛けるにいたったのかも、君は不思議に思っているかもしれないね。

残念だけど、その理由をわたしはここに書いておくつもりはない。ただ、すべてが終わったときには、おぼろげに君には分かってしまうかもしれない。いや、分からないのかもしれないけど、どちらだっていい。どちらを期待するのも、わたしの勝手だから。


ところで、君はSNSというのを使っているかい?

そうそう、LINEとか、Facebookとか、Twitterとか、そういうのものこと。

使っているよね。だって、わたしが君のアドレスを手に入れたのもそれ経由だもの。

(君はきっと善意でものを譲るのだろうけど、そこに群がってくるのは同じく善意ばかりじゃないから、本名やメールアドレスを相手に渡すときには、充分に気を付けた方がいい。できればしないでおく方がもっといいだろう。)

君がこのメールを読んでいる時点でわたしはもう死んでいるのだけど、わたしのSNSのアカウントというのはまだ生きているんだ。

不思議なものだね。本体とは別に動いているんだから、トカゲのしっぽみたいなものなのかな。


わたしが君にメールを送ったのは、まだ生きている君に、まだ生きているわたしのことで、頼みごとがあるからだ。


君が知っている限りのSNSに、このメールの送信元のアドレスでログインしてみてほしい。

パスワードは、君が一度は呼ばれたことのあるはずのあだ名だ。読み間違えるな、と君は怒ったことがあるかもしれないけどね。

うまくいけば、多くのSNSで、あるアカウントにログイン出来るだろう。

そうしたら、このメールに添付されているテキストファイルの文章を、テキストファイルのファイル名の日時に、順に投稿していってほしい。


頼みごとはそれだけだ。

わたしが失敗していなければ、テキストファイルは3つ添付されているだろう。一週間足らずで終わる仕事だ。

もし、このメールを読んで君の気が向いたなら、わたしの頼みごとを受けてくれるととてもうれしい。

もう死んでる人間からそんなことを言われたって君はうれしくないだろうけど、見知らぬわたしの頼みごとを引き受けてくれる君がいる、という想像は、わたしを本当に慰めてくれるんだ。

勿論、このメールなんてなかったことにしてもいい。そのときにはちゃんと、メールを削除してしまってくれ。


最後に、見知らぬけれど親愛なる君へ。

君の人生のこれからに、幸多からんことを。


小宮 尚史


 一昨日のことだ。あたしのスマホに、へんてこりんな寄生虫が住み着いた。

 寄生虫はメールに乗ってやってきた。やってきて、あたしのスマホの容量の一部を食って、スマホの中に居着いている。何か悪さをするわけじゃないから放っておけばいいけど、スマホを触る度に気になってしまう。真っ青な寄生虫。

 一緒にファミレスに来たあたしの友達は、あたしのスマホにそんな珍事件が起こってるなんて知らないから、机の上で自分のスマホを触っている。画面の上に指を滑らせて、キャンディとキャンディをぶつける名手になっている。あたしだってそのゲームは得意だけど、今はする気になれない。寄生虫が動いているのを気付いてしまう。

「マナ、通知来てるよ」

 隣にいる友達があたしのスマホを指さしている。机の端に置いたスマホの画面の真ん中に、ぽっかりと白い四角が浮かび上がっている。四角の中に浮かび上がった宛先の名前はあたしのじゃなくて、寄生虫のだった。

「いいよ、放っといて」

「ほんと? カレシでしょ?」

「違うよ。こないだ別れたし」

「えっ」

 隣と向かいに座る友達が本気で驚く。しまった、これは言ってなかったっけ。言ってなかったんだろう。ああ、やだ、絶対説明しなくちゃいけない、メンドクサい。

「いつ?」

「こないだ。一昨日だよ、一昨日」

「ウッソー……マナ、何も言ってなかったじゃん……」

「ごめんごめん。別れたら、なんかどうでもよくなっちゃってさ。みんなに言うの忘れてた」

 対トモダチ用に作った笑顔で首を傾げる。ふたりとも、だったら仕方ないなあとか言って、机の上のスマホに目を落とす。きっと、あたしの打ち明け話をあたしの代わりに広めてくれている。それはそれで楽だし、別にいいやって思う。ウソをついた罪悪感がちょっぴりチクチクするけれど、これぐらいは許してやろう。そうでなくっちゃやってらんない。

 ホントは、カレシと別れたのを思いっきり愚痴るつもりだったのに、そのためにスマホの画面を点けたら、寄生虫の乗ったメールが届いていたので、はじめにスマホを触った目的はうやむやになってしまった。一昨日の夜、ベッドの上。スマホの画面がまぶしかった。あたしの名前がわざわざカタカナで書いてあるメールを無視できなくって、メールを開いた。突拍子も中身を読んでいるうちに、涙も引っ込んでしまった。そのとき、へんてこな寄生虫があたしのスマホに住み着いたんだと思う。

 新しい通知が届いた。スマホの画面に現れた四角の中には、またあたしのじゃない名前が宛先になっている。しつこいやつが居るもんだ、と思う。同じ送り主から何度も何度も同じ文章が送りつけられている。それが分かるのは、通知の中に送り主のアカウントが表示されるからだ。「letter_space」という名前のアカウントを色んなSNSで使ってるみたいで、通知の出るアプリは毎回違っている。ほんとに、しつこい。でも、うらやましい気もする。誰が? スマホの中の、真っ青な寄生虫が。

「ね、なんで別れたの?」

 友達の声が、好奇心丸出しであたしに尋ねる。ほらやっぱりメンドクサい。でも言わないほうがもっとメンドクサいことになる。トモダチ付き合いって難しいと思うけど、それなしでやってくのは考えられないし、続けていくのにこういうことって避けられない。「うーん」と、考えるフリをする。ひとつ年上のカレシと別れたわけを、あたしはまだよく分かっていない。

「なんか、合わなかったんだと思う」っていうのはあたしが何とか思いつく理由だけど、

「えー……」ふたりは納得してないみたいに、首を傾げる。「仲良さそうだったじゃん」

 じゃああんたはあたしが何を考えてカレシと居たのか全部知ってんのか。そう聞きたくなる。言わないけど、知ってるならあたしの考えていたことがどんなだったか教えてほしいし、知らないんなら余計なコトは言わないでほしい。そんな汚い言葉を隠して「そうかな」なんて俯いて、ちょっと寂しそうに見えるように笑ってみる。「そうだよ」ふたり分の声はあたしを責めてるみたいに聞こえた。

 カレシのことを嫌いになったんじゃないのは分かってる。カレシの顔は別れた後に思い出してもあたしの好みにぴったりの顔だったし、されたことを思い出してもひとつも嫌なことなんてなかった。あたしがひとつとはいえ年下だからなのか、カレシは何かにつけて慎重で、もどかしいぐらい優しかった。何でだろう、あえて言うなら? 子ども扱いされるのがイヤだった? そんなにはっきりした感じじゃなくって、でも、一緒に居ても何か物足りなかった。カレシだってそうだったんじゃないかって思う。だって、あたしが別れたいって言った後、止めたりなんかしなかった。

「まーもう別れちゃったなら仕方ないけど、もったいないなー。もったいない」

「もったいない?」

「あれだけカッコよくてやさしい人、そうそう居ないって」

 ため息まじりの声でそう言ってから、ふたりは「うちのカレシなんかさ」って、自分のカレシの話を始める。あたしはふたりの話に興味がわかなくって、暗くなったスマホの画面を見つめながら、内側にこもって考える。そうだよ、あたしのカレシは優しかったし、かっこよかった。そこら辺にいる同級生じゃ比べものにならないくらい。白馬の王子様ってやつに似てるかもしれない。女の子の理想ってやつだ。かっこよくて、優しくて、ガラス細工みたいに女の子を扱う人。でも、女の子って意外と強くて、少しぐらいひびが入っても平気だってことを、知らなかった人。王子様だって女の子の理想を描いてる。もうとっくにひびが入ったガラスの扱い方はきっと知らないんだ。

 スマホの画面が明るくなって、白い四角が表示される。通知はまた別なアプリからのもので、青い寄生虫に宛てた「letter_space」からのメッセージが届いたことを知らせている。本当にしつこい野郎だ、ひとつも返信なんかしてないのに一方的にずっとメッセージを送りつけてきやがる。そういうしつこいのが女の子に嫌われる原因だ、って教えてやった方が良いのかもしれない。あたしのカレシの爪を煎じて飲ませてやるのがいいのかも、でも、逆でもいいような気がする。

 スマホを手元に引き寄せて、スカートのポケットに滑り込ませる。ふたりはまだカレシの愚痴を言ってて、まだ終わりそうにない。先に帰ろうかななんて考えるけど、そういえばドリンクバーを一回も使ってないのを思い出して、椅子を引いて立ち上がる。「飲み物要る?」と聞いてみるけど、ふたりとも話すのに必死で、あたしの声は聞こえてないみたいだった。じゃあ、野菜ジュース三つだ、と決めて、あたしは三人で囲んでいたテーブルを離れた。

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