猫に小判

nobuotto

第1話

 次元物性研究所のタイムマシーン開発が第二フェーズに進んだ矢先に、研究所は国防省配下となり、全てがトップ・シークレットになった。

 研究員が恐れていた最悪の事態、C国への戦争兵器への利用が決定したのであった。

 すぐに所長のフォン教授は、大統領と国防省幹部がいる大統領執務室に呼び出された。

「所長、最短でいつ実施できるかね」

「転送可能なエネルギーが十分に貯まるまで半年はかかります。短期化研究は始めたばかりです」

「分かった。では、作戦実施は半年後だな」

 軍部はその作戦を「歴史からのC国抹殺」と呼んでいた。馬に乗り、刀で戦っている時代の先祖にレーザー銃を送り込む作戦である。この時代まで遡れば歴史にも残らない。数千年続いたC国との戦争を過去で集結させる狙いである。

 半年後大量のレーザー銃がタイムマシーンで送られた。転送した瞬間にC国の記録も記憶も消えると思ったが、何も変わらなかった。今でもC国は小さな領土侵犯を相変わらず繰り返している。タイムマシーン自体が失敗していたのではという、研究所に対する責任問題が軍部の苛立ちの中で持ち上がり始めていた。

 転送可能なエネルギーが蓄積された半年後、原因追求のため、同じ時代にカメラが送られた。転送されたカメラは直ぐに映像を送ってきた。タイムマシーン自体は問題なかったことがこれで明らかになった。

 大統領執務室のプロジェクターに祖先とC国との戦闘シーンが映しだされた。タイムマシーンで送ったレーザー銃を祖先の戦士達は確かに活用しているようであった。

 ただ、こちらが期待した使い方ではない。    

 戦士達はレーザー銃でC国戦士を必死になって叩いていた。この時代では最強の硬さであるレーザー銃でC国戦士の刀を真っ二つに割り、刀を失った敵を一生懸命に叩くのであった。C国戦士も非常に痛そうであるが堪えに堪え、残った力で相手に挑みかかっていく。

 呆然として見ていた大統領が呟いた。

「我が先祖に言いたくないが、馬鹿かこいつら。猫に小判とはこの事だ」

 国防省幹部達からもため息が漏れる。

 大統領執務室から戻ってきたフォン教授は研究員を集め結果を報告した。

 少なくとも研究所は存続することにみんなは安堵する。

「しかし、猫に小判という大統領の言い草ですが、たかがレーザー銃を送るためだけにタイムマシーンを使う政府の方が猫に小判じゃないですか」

 ノイ助教授が吐き出すように言うと研究員から「そうだ、そうだ」の声があがった。

「あっ」

 ノイ助教授が席から立ち上がった。

「フォン教授。この話しで気がついたのですが、未来工学社の原料・・・」

 研究初期の試験稼働中、タイムマシーンに深緑色の金属がどこからか送られてきた。非常に柔らかくまるで粘土のように形を変えることができ、その形状によって自由な色の光を作り出せることができた。研究所は不足がちな予算を補填するために、この金属を使った装飾品の製造技術を発案し、ベンチャー会社を作り販売していたのであった。

「あれですが、以前も話題になったように、ほんの少量でも光の集積率、そして拡大率を飛躍的にあげることできます。つまり、現在のレーザー砲に搭載すれば、軽量でも破壊的なエネルギーを出すことが可能になる。それを私達は、装飾品づくりに使った。今回と同じで我々も猫に小判というのをやってしまったのではないですか」

 武器化案を出したのは、ノイ助教授だったが、フォン教授が取り合おうとはしなかった。フォン教授を責めているようでもあった。

 静かに話を聞いていたフォン教授が急に「ニャー」と鳴き出した。この間の心労で天才の頭脳の歯車が壊れたに違いないとノイ助教授は思った。

 フォン教授はにっこり笑って言った。

「となると、今の大統領と同じように、未来の大統領も悔しがってるでしょうね」

 またニャーと鳴くフォン教授である。

「猫になるのもいいものです。ひょっとしたら、昔も誰かが猫になってくれたのかもしれないですね」

 ノイ助教授は「なるほど、そういうことですね」と言うと大きな声で「ニャー」と鳴いた。

 そして誰もが楽しそうに声を合わせて「ニャー」と鳴くのであった。

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