八ノ段

「けふっ……な、何が起きたんでつか?」

 オマルが土煙の中でむせていると、目の前にある人影がよろめいた。

「オマル、大丈夫か?」

 そこには、自らの身体を盾にして爆発からオマルと女の双剣使いを守ったイメツムがいた。

「イメツム……イメツム!」

 背中に火傷を負い、膝を突いたイメツムが苦々しく顔を歪める。

「くっ……!」

 オマルはイメツムへと駆け寄ると、治癒魔法・ハイドレンジアを焼けた背中へとかける。

「何でわざわざその女の人まで庇ったんでつか!」

 確かにイメツムの速さならオマルだけを抱え、爆発の範囲外へと退避することも可能だった。しかし、そうすれば女は爆発に巻き込まれ確実に死んでいただろう。

「こやつは操られているだけだ。見殺しにはできんよ」

「でも……もう! イメツムはお人好し過ぎるでつよ!」

 オマルの言葉にイメツムは小さく鼻を鳴らして微笑んだ。彼は自分でもつくづく甘いと思っていた。忍としては欠陥品――、母から聞かされた師の言葉が脳裏をよぎる。

(返す言葉もないな……)

 イメツムが女の安否を確認しようと視線を移す。すると、土中に埋まっていた彼女が目から涙を流していた。嗚咽もなく、ただ真っ直ぐな視線を爆発した仲間へと向け涙を流していたのだ。

「操られてはいても仲間の死に心を傷めるか。心はちゃんと残っているのだな」

「この人、どうするんでつか?」

 イメツムは顎に手をやり少し考えた末に口を開いた。

「これは推測だが……意識を断つと体内にある何かが爆発するように仕掛けられている」

「それって……」

「ベイルの蟲だろうな。爆散した二人の男たちの骸の近くに、昆虫の足のような物があった」

 三人の刺客、その体内に入っている蟲は〝バグセクト〟。別名、燃光蟲(ねんこうちゅう)と呼ばれる虫であり、虫でありながら魔物に分類されている。

「どうするんでつか? 土から出したらきっとすぐに襲い掛かってくるでつよ」

「そうだな、かと言って正気に戻そうと気絶させれば蟲が爆発してしまう」

 イメツムは目を閉じ、何か助ける方法がないかと思考した。

「気絶してから爆発するまでに少し猶予があったな」

 確かに、二人の男はイメツムの攻撃で意識を失ってからすぐには爆発しなかった。蟲が宿主である人間の意識がなくなったと感知してから一〇秒、それが爆発までの猶予だった。

「無理でつよ! そんなちょっとの時間で何をするんでつか!」

「蟲を閉じ込める」

 先ほどの戦いで地面に落ちていた苦無を手に取り、イメツムは言った。

「閉じ込める?」

 怪訝な表情でオマルが聞き返す。蟲を体内から取り出すというのならまだしも、閉じ込めるという言葉の意味が理解できなかった。

「問題は体内のどこにいるかだな」

 オマルの問いに答えることなく、イメツムは再び思考する。蟲を仕掛けるのなら身体のどこか? それを考えてはみたが、爆発の威力からしてどこに仕掛けても致命傷足り得る。

「きっと胸の中……心臓の近くでつ」

「む? なぜ分かるのだ?」

 オマルは深刻な顔をしながら話し出す。

「ベイルが船でユウタに同じ蟲を入れて……その時に言ってたんでつ。心臓に向かう習性のある蟲なんだって」

「……そうか」

 イメツムもユウタの骸を見ている。あの吐き気のするような人間の壊し方を――、あれはまるで人間を壊すことになど何の感傷も持たない昆虫のようだった。

「とにかく、今はこやつを救おう」

「でも、このまま此処に置いていけば安全なんじゃないでつか? 別に危険を冒してまで蟲を取り除かなくても」

 無理をして爆発に巻き込まれる可能性があるのなら、放置していくという選択肢も確かにないではない。しかし、イメツムはそれを否定した。

「それは出来ない。おそらく体内にいる蟲はベイルを倒しても消えたりしないだろう。放置して何かの拍子に気を失うことも有り得るしな」

 さらに言えば、森の中に潜む獣や魔物に襲われる可能性、この女が自力で土中から抜けて追撃される可能性、そうした状況を考慮すれば、ここで蟲を取り除くことが一番その後の危険を回避できるとイメツムは考えていた。

「何か手立てがあるんでつか?」

「ある……と言っても、かなり危険な賭けにはなるがな」

 イメツムの言葉を聞き、オマルは諦めたように大きく息を吐く。

「何か僕にできることはありまつか?」

「そうだな、周囲の警戒だけしておいてくれ。邪魔が入ると集中できん」

 オマルは無言で頷いた。

「それでは始めるぞ」

 ――天凪流〝土壌返しの術〟!

 イメツムが大地を掌で叩くと、埋もれていた女が土中から解放される。そして即座に彼女の背後から手刀を浴びせ気絶させた。

「やるぞ!」

 イメツムは女を仰向けに寝かせて胸に耳を当てる。

(蟲の正確な位置、大きさは……)

 鼓動の中に微かに混じる蟲の動く音、それを捉え位置を把握する。

 ――三秒経過。

(心臓の下部、横隔膜中央……大きさは先ほどの死骸を見るに一寸程度)

 ――五秒経過。

「ここか」

 イメツムは左手に握っていた苦無を女の胸に向かって振り下ろすと、同時に右手で印を組む。

 ――天凪流錬金術〝鉄真石彫てっしんせきちょう〟!

 苦無が女の胸に突き刺さる直前、尖端から粒子のように分解され消えていく。そして、そのまま苦無を押し込む。

 ――七秒経過。

(間に合えッ!)

 苦無の刃部分がすべて消えたところで、イメツムは手を止めた。極限まで高めた集中力によって額から汗が滲みでる。


 ――一〇経過。


 垂れ落ちた汗が大地に吸われていく。そして訪れた静寂の果てに、蟲の爆発を阻止したと確信したイメツムは深く大きく息を吐いた。

「ふぅー……上手くいったようだな」

「蟲はどうなったんでつか?」

 イメツムは女の腹部を軽く押し込む。すると、咳き込んだ拍子に女は口から小さな黒い玉を吐き出した。

「それは?」

「この中に閉じ込めた。苦無の鉄分を分解し、女の体内で蟲を閉じ込めるための玉にして再錬成したのだ」

 幸いだったのは、蟲が玉に閉じ込められた時点で自爆することを止めていたことだ。しかし、イメツムは黒い鉄の玉を体内で錬成するにあたり、仮に爆発しても砕けないよう五層もの鉄の膜を造っていた。

「じゃあ、まだその中の蟲は生きてるんでつね」

「うむ、これはこれで何かに使えるかもしれん」

 イメツムはそう言い、玉を懐へとしまった。

 ほどなくして女が目を覚ました。

「こ……ここは?」

 虚ろな意識の中、目の前に立っていたイメツムとオマルを見て怪訝そうな表情を浮かべる。

「気がついたようだな」

「大丈夫でつか?」

 女はまだ意識が混濁しているらしく、周囲を見渡し状況を確認しながら過去の記憶をたどっていた。

「私は……島に来て…………敵に。あっ! そうよ、ベイルジェイルとかいう蟲使いに捕まって! チャベスとゼトも」

 女は悪夢を思い出したかのように肩を抱きながら体を強張らせた。

「すまぬ、お主の仲間は助けてやれなんだ」

「……君は?」

「拙はイメツム、こっちは仲間のオマルだ」

 差し伸べられたイメツムの手を見つめ、少し遠慮がちに手を握り女は立ち上がった。

「私はドレイク王国の騎士、オルレア・レミンスキール」

「オルレア? ではオルバス殿が言っていたのはお主のことだったのか」

 イメツムの言葉を聞いたオルレアが目をぱちくりとさせた。そして、イメツムの顔をまじまじと見つめ顔を近づける。

「な……なんだ?」

「君がオルバス兄さんの言っていた子なんだね」

「兄さん?」

 オルレアと名乗った女騎士は体についた土を払いながら語りだした。

「ドレイク王オルバスは腹違いの兄、私は前国王の第三王妃の娘なの。この島にはオルバス兄さんの命令でゼクスカリバーの調査に来ていたんだけど……」

 それからオルレアはこのエルドラドでベイルジェイルの襲撃に遭い、島への侵入者を排除するよう魔法で洗脳されていた。

「王族の身でありながら何故お主がこんな辺境の島へ?」

「んー、まぁ修行も兼ねてかな。私の本当の目的はオルバス兄さんに勝つことだし」

 オルバスと同じく、このオルレアも根っからの武人。前王ガリュンオルドから脈々と受け継がれた強者を求める血統、オルレアは女性でありながら騎士の道を選び、剣を極めんとしていた。

「兄妹そろって血の気が多いでつね……」

「あっはははは! よく言われるねソレ」

 けらけらと笑いオマルの頭を叩くオルレアは、先ほどとは違った幼い印象を受ける。その大らかさはオルバスを彷彿とさせるものだった。

「とにかく拙たちは先を急がねばならない。オルレア殿はドレイクへ戻られるがよい」

「んにゃ、私も君に着いていくよ。あと私のことはレアって呼んでね」

 双剣を鞘に収めたレアがにっこりと微笑みながら言った。その言葉にイメツムは腕を組み目を閉じる。

「……レア殿、悪いが」

「殿とか付けなくていいから! さっ、行くわよ」

 イメツムはレアの同行を拒もうとしたが、彼女はそそくさと森の奥へと歩き出してしまった。正直なところレアの腕ではこの先に待つであろうベイルジェイルに対し足手まといになる。そう考えていたが、有無を言わせない彼女の言動に調子が狂ってしまった。

(やれやれ、女子おなごというのは何故こうも扱いづらいのかのう)

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