第二部 天道編
一ノ段
異世界・超大陸アーステア、そこは四つの大国が支配していた。火の王国ドレイク、風の皇国ラ・シル、地の帝国グノーム、水の神国オンディーヌ、それぞれの国家は過去幾度となくルーンと呼ばれる自然エネルギーが豊かな領土を奪い合い続けていた。しかし、現在ではそれも落ち着きを見せ始め、小競り合いこそあるものの戦争と呼べるほどの大規模な戦闘行為はなかった。
そして、戦国時代からこのアーステアへと迷い込んだ忍のイメツムは、紆余曲折を経て風の皇国の姫君であるフィアナ、機巧魔士のオマルと共に旅をしていた。
「不味い……」
イメツムは仕留めた魔獣の肉を頬張りながらぼやいた。
「当たり前でしょ……そんな緑色の肉が美味しいわけないじゃない」
フィアナがげっそりとした顔で言った。
「アジダハカの肉は美味かったのだが、このグーロとかいう魔獣は駄目だな」
「ははっ、魔獣ばっか食べてるといつかお腹壊すでつよー」
オマルはドレイクであらかじめ買っておいたパンを食べながら笑っている。
イメツムたち三人はドレイク王国から東へ二〇キロほど離れたところにある幽玄の谷・ゼフィロムという場所にいた。次の目的地へと向かうにはこの谷を越えなければならないからだ。
「それで、あとどれくらいかかるのだ? えっと……なんといったか」
「港町オフィリアね。このペースだと丸一日はかかりそうね」
三人がなぜオフィリアを目指しているのか。それは、ドレイク王国を離れる際に国王であるオルバスが言っていたことが発端だった。
『イメツム、役に立てなくて悪かったな』
城から立ち去るイメツムにオルバスは声をかけて呼び止めた。
『なに気にすることはない。元の世界へ帰る方法はゆっくりと探すことにする』
『そうか、これからどうするんだ?』
『ん? 特に決めていないが』
オルバスは顎鬚をさすりながら意味ありげな微笑を浮かべながら言った。
『それじゃあ俺の頼みをひとつ聞いちゃくれないか?』
『頼み?』
『俺の部下がある場所に行ったまま戻っていないんだ。安否を確かめてきてほしい。その者の名は――』
川沿いを歩きながらイメツムたち三人は歩く。ここまでの道のりですでに魔獣を一五匹打ち倒している。どれもイメツムが苦戦するレベルではなかったにしろ、フィアナとオマルには危険な生物ばかりだった。
「こんな危険な場所を通らないといけないなんて、オルバスの奴も面倒なことを押し付けてきたものね」
「まったくでつ。イメツムも何でこんな厄介事を引き受けたんでつか?」
「さぁ、なぜだろうな。むっ?」
薄く笑みを浮かべたイメツムはピタリと足を止めた。そして何かの気配を感じて周囲を見渡す。
「な、なんでつか?」
「また魔獣のようだ。気配が近づいている」
神経を研ぎ澄まして感じた気配の先、そこから小さな唸り声と共に茂みからグーロが顔を出した。
「またグーロ、本当にここは魔獣多いわね」
辟易とした表情でそう嘆いたフィアナが溜め息を漏らす。そして細剣を構えて迎撃の態勢を整えた。
次の瞬間、グーロの頭部が地面へとぼとりと落ちた。
「なッ!?」
フィアナとオマルの二人が状況を理解する前に、茂みの奥から幾本もの触手が広がり襲いかかってきた。
「ちょっ! 何なのよこれ!」
「二人とも下がれ!」
伸びる触手を小刀で切り裂き、二人の盾となったイメツムが顔をしかめて茂みを注視する。
やがて茂みから紫色の物体が蠢き、三人の前にその正体を現した。その物体を見たオマルが口を抑えながら慌てた声音で言った。
「ハ、ハーヴグーヴァ!?」
「はーぶぐーば?」
ハーヴグーヴァはアーステアに存在する水生魔獣の一種。普段は川や沼の中などに生息し、通りかかった獣や人間などを襲う魔獣である。
「タコにしか見えない分、食ったら美味そうだな」
「イメツム……あなた少し食から頭を離しなさいよ」
そんなフィアナの言葉も聞かずにイメツムは走り出した。迫る触手攻撃を華麗に避け、時には切り落とし一気に距離を詰める。
「とったッ!」
小刀を振り上げそう叫んだイメツムの前に、ハーヴグーヴァはその瓢箪のような筒状の口先を向けて毒液を飛ばす。しかし、その攻撃すら無駄なあがきとばかりに左腕の赫焉で払い除けて魔獣の体を真っ二つに切り裂いた。
「墨ではなく毒を吐くか。捌き方を考えねば食えんかもしれんな」
イメツムは黒々とした体液が付着した小刀を振り鞘に収める。
オルバスとの一戦以来、イメツムの強さはさらに確固たるものへとなっていた。一対一での戦いならばアーステアにおいても、敵となる者など数えるほどしか存在しないだろう。
「もう、早くこの谷抜けましょう。キリがないわ」
「賛成でつ……」
フィアナとオマルの二人が顔を見合わせて再び大きく息を吐いた。
「待て」
イメツムが冷たい声でそう呟く。感じていた敵の気配がまだ茂みの奥から完全に消えていなかったのだ。
そして、暗がりに無数の赤い点が浮かび上がった。それがすべてハーヴグーヴァの目であることに気づいた三人は戦慄する。
「お、多すぎるわよ! バカじゃないのこいつら! バカじゃないの!」
目視できるだけでも五〇匹以上、その奥にはさらに大小無数のハーヴグーヴァが控えていた。
オマルは絶望のあまり泡を吹いて立ったまま気を失っていた。
「むぅ……さすがにこれは。仕方ない」
イメツムは大地に手をあて、術を発動させた。
――天凪流忍術! 口寄せ・百騎夜降(ひゃっきやこう)〝天狼〟!
白煙と共に現れた巨躯の狼・コルンが遠吠えを上げる。同時にオマルを抱えたイメツムは、コルンの背中へと飛び乗った。
「フィアナ、逃げるぞ」
「ええ!」
三人を乗せたコルンは川を飛び越えて一目散にその場から逃げ出した。
† † †
「酷い目に遭ったわねコルン、よしよし」
湖畔で小休止をとっていたフィアナがコルンの喉をさすりながら笑いかけていた。ハーヴグーヴァの生息地から脱出した三人はこの湖の側で野宿することした。
ちなみに、元々フィアナの相棒であったコルンをイメツムが口寄せで呼び出せるようになったのは、この谷へ入る前のことだった。
「コルンとの契約は上手くいっていたようで良かった」
「当たり前じゃない。この子はすごく頭良いもの、それにあなたのこと好きみたいよ?」
湖の中へ水筒を入れて水を補給していたイメツムの背中に向かってフィアナはニヤけた顔で言った。
「拙もコルンは好きだ。勇ましい狼の姿は見ていて壮観だからな」
「コルンは雌なんだけど……」
「む? そうだったのか!」
振り返ったイメツムをジト目でフィアナは見ていた。そしてコルンもどことなく呆れたような眼差しをイメツムへと向けていた。
「それでオマルは?」
「まだ起きないな。もうこのまま寝かせておこう、どうせ今夜はここで野宿だ」
月が水面に写り、水鳥が羽を安めに小枝へととまる。そんな安らかな夜は次第に更けていき、どこからともなく聞こえる虫の鳴き声がイメツムには心地良かった。
(さて、明日はいったい何が待っているのだろうか)
翌日の明け方――。
「うわああああああああああああああッ!!」
空から突如として聞こえた叫び声に三人は目を覚ました。
「何事だ?」
「何よ?」
「何でつか?」
湖に何者かが落ち、高い水柱が上がった。そのすぐ後に水面から顔を出した人物が湖の中央で手をこれでもかというぐらいにバタつかせてもがいていた。
「溺れるぅ! 誰か助けてくれぇ! あぶっぶ」
必死な形相でもがいていた人物を助けるためにイメツムが湖へと飛び込んだ。溺れかけていた人物のもとへ泳ぎ、腕を肩に回して声をかける。
「もう大丈夫だ。しっかり掴まっておれ」
その様子を遠目から見ていたフィアナが眉間を抑えながら呟いた。
「この状況……なんか以前同じようなことがあったわね。デジャヴかしら」
息をぜぇぜぇと切らしながら陸へと上がったその人物は、黒い頭髪、そして黒い瞳に眼鏡をかけた小太りの男だった。
「だ、誰でつか? 何で空から落ちてきたんでつか」
その男は膝を突いた姿勢のまま着水した際に痛めた頭をさする。
「いてて、ここは……どこだお?」
「ここはアーステアにあるバリアントという地域よ。あなたもひょっとしてイメツムと同じ異世界から来た人間かしら?」
男の前に立ち、慣れた振る舞いで状況を説明し質問をするフィアナ。そして、男は目の前に立つフィアナを見上げて目を見開いた。
「お、おおッ!? これは……まさか」
さらにその横に立つオマルを目にし、興奮した様子で立ち上がった。
「金髪巨乳美少女にロリロリの幼女だお! このシチュは完璧に異世界転生という夢のような出来事が現実になったんだお! これでオイラはこの世界で勇者としてハーレムを築いてラッキースケベのフラグも立ち放題です! 本当にありがとうございました!」
フィアナとオマルは目の前の男が何を言っているのか理解できなかったが、得体の知れない嫌悪感を覚えてその場から数歩後ずさった。
「イメツム……こいつが何言ってるのか私には理解できないわ」
「……拙にも解らぬ」
イメツムは目を眇めて、その小太りの男を見定める。
(貌形は確かに日ノ本の人間だが……服装は見たこともないものだ。それになぜこうも肥えているのだ? 身分の高い人間には見えないが)
色々なことを頭に巡らせていたイメツムをよそに、オマルが恐る恐るその男へ尋ねる。
「お前、名前はなんていうでつか? 僕はオマルカ・ドラゴニャでつ」
「おほっ! ロリっ娘ちゃんが早速ボクの名前聞いてくるとかマジ胸熱すぎるんですけど!」
「……う、うぜぇでつ」
ぽっこりと出たお腹を前に突きだし、軍隊の敬礼ポーズしたその男は声も高らかに自己紹介を始めた。
「自分の名は田頭ユウタであります! 年齢は今年で一八歳! 趣味はアニメに漫画とギャルゲーを少々、好きなアイドルはニライカナイのサナちゃんです! あと彼女募集してまっす!」
「ユウタ? ではやはりお主は日ノ本の国出身か?」
オマルとの間に割って入ってきたイメツムに対し、ユウタは眉をひそめる。
「君は……忍者のコスプレしてるのかい?」
「忍のことも知っているのか、やはりお主は同郷の者だな。ん?」
イメツムの腕を引っ張りフィアナはその場から離れた。そして耳打ちをするようにひそひそと声をかける。
「ちょっと、あんたと同じ世界の人間にしては雰囲気違いすぎない? それに一八歳って私の一つ上には全然見えないんですけど。てっきりおっさんなのかと思ったわよ」
フィアナの言う通り、イメツムと同じ世界の人間にしては着ている服、話し方、立ち振る舞いにいたるまですべてが異なっている。イメツム自身、自分が忍という特殊な人種であることを差し引いてもやはりユウタはどこか異質だった。
「ま、まぁ老け顔なんだろう。それよりもぎゃるげいとは何だ?」
「私が知るわけないでしょ! あいつの言っている言葉半分も理解できないわよ!」
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