拾陸ノ段
「なんで…………。こん……なこと、嘘でつよ。こんなの……夢でつよ」
目の前の惨状を信じられないオマルが途切れ途切れに呟く。数時間前まで希望に満ち溢れていた少女の笑顔が今は石のように固まっていた。
「誰か……生きている者がまだいるかもしれん。探してみよう」
イメツムがオマルを気遣うように肩に手をおくと、彼女は無言で頷いた。その肩は恐怖と憤りで震えていた。
「オマル……」
そんなオマルにかける言葉が見つからず、フィアナはただ抱きしめる。今にも泣き出しそうな顔を自分の胸に埋めて悲しみを押し殺した。
村の中は入り口から見えた惨状そのままに、人間だったものの塊が散らばっているだけだった。腐臭はまだ漂ってはいない。死んでからそう時間が経っていないことが窺える。
それでも血の臭いは村全体に広がっており、目に映る骸は嫌悪感を駆り立てるには十分すぎるものだった。しかし、アジダハカの森で吐き気を催すほど気分を悪くしていたフィアナが、この惨状を前に冷然とした表情を保っている。いや、その胸の内に秘めた怒りの矛先を向けられる、〝敵〟の存在を彼女は今見つけようと冷静な自分を装っていた。そんなフィアナを横目で見ていたイメツムが諭すように声をかける。
「フィアナ、敵の姿を勝手に想像すると見えるものも見えなくなる。落ち着け」
「わかってるわよ……」
それからコルンを入り口で待たせ、三人が村の中央付近まで歩を進めた時だった。
オマルが一軒の家に向かい走り出した。
「先生! 先生ッ! 帰ってきたでつ! 言われた通り全部できたでつよ!」
大きな音を立てて開いた扉の先には誰もいない。
「先生! どこでつか!?」
そう広くはない室内を隅々まで探すが、どこにも誰もいなかった。それでもこの場に死体が無いことで、オマルは少し安堵したような表情を見せる。
「野盗か魔物あたりに襲撃されたのかもしれないわね」
フィアナがそう言うと、イメツムが目を伏せながら否定をした。
「違うな。これは野盗の類ではない。野盗ならばまず村に火を放つだろうし、女は殺すより連れ去っていく可能性の方が高い。それに魔物なら村人は胃袋の中に収まっているはず」
「先生は、いや機巧魔士の皆は凄く強いでつ……。野盗なんかに油断してたって殺されたりしないでつ! この辺りにいる魔物にだって負けるはずないんでつ……」
オマルの言うとおり、この村周辺にいる魔物はどれもアジダハカに比べると弱い種類のものばかりだった。それに魔物はあまり群れで行動をしない為、村落のような人間が密集している場所を襲撃したりはしない習性がある。つまり、ポンデ村を襲い村人を虐殺したのは野盗でもなければ魔物でもない。導き出された結論と新たに浮かび上がる疑問。
「だったら、一体誰がこんな惨いことをしたのよ」
村人の死体はどれも何かに切り裂かれたようにバラバラになっていた。そしてイメツムはそのことに思い当たる節がある。義手となった自らの左腕を見つめて彼は呟く。
「風の魔法使い……」
それはオウギュスト山脈の山賊達のアジト、その奥にいた人物。決して確証などはなかった。しかし確信めいた何かが、彼の今はもう失ったはずの左腕を疼かせていた。
「他の場所も探してみましょう」
フィアナがそう言うと、三人は家屋で出て村のさらに奥へと歩き出した。すると、歩き出してすぐにイメツムがある物に気づいた。
「あれは何だ?」
彼が指差した先には、長い柱のようなオブジェクトがあった。
「あれはポンデ村の守り神である魔を祓う柱神〝エル・ディマティル〟を祀っている彫刻柱でつ。あれのおかげで魔物があまり村へ寄ってこないんでつ」
「神を祀っている柱か……」
そして、その柱が立てられている村の広場へ三人は来た。
「――ッ!?」
柱の下に一人の男が立っていた。濃紺の修道服に身を包み、年の頃は三〇代中盤ぐらい、モミアゲから金色の顎鬚が繋がっており、左耳には銀十字のピアスを二つしている。
両手を後ろで組みながら直立していたその男が、目を眇めイメツム達を見ていた。
「お主は……何者だ?」
男は冷笑を湛えながら、手を胸の前にあてイメツムの問いに答えた。
「お初にお目にかかりますフィアナ皇女殿下。私は異端神問会に所属しておりますバランシュナイヴ・ゼクロニウムと申します。以後お見知りおきを」
「い……異端神問会!?」
異端神問会。それはアーステアにかつて存在していた国家・虚空連邦アーカーシャにあった組織。アーカーシャが唯一神と崇めたアーステア五大神の一つ〝天のガガナ〟の天啓を絶対正義とした異能集団である。
「アーカーシャは一〇〇年以上も前に滅んだはずじゃ……」
「確かに、祖国は滅びました。それでも私の信じる神は滅びてはいないのです」
「馬鹿げてる! 今更そんな大昔の神にすがって何になるのよ!」
にんまりと笑みを浮かべたバランシュナイヴは、手を広げて天を仰いだ。
「これは手痛いお言葉ですな。信仰心はいつの世も、人が生きていくためには必要不可欠なものでしょうに」
「そんなことどうでもいいでつ!!」
二人の会話を黙って聞いていたオマルが痺れを切らしたように声を上げた。
「村の……村の皆を殺したのはお前なんでつか!? 先生は、先生をどこへやったんでつ!!」
「先生? その方がどなたかは存じ上げませんが――」
それはバランシュナイヴの言葉の途中だった。
空から落ちてきた何かが、どしゃっと音を立てて地面に叩きつけられた。
イメツム、フィアナ、オマルの三人は慄然とした表情を浮かべながら〝それ〟に目を向ける。
「――――先……生」
「え?」「ッ!?」
地面へ叩きつけられた衝撃から芋虫のように蠢くそれを見てオマルは言った。その言葉にフィアナとイメツムは戦慄する。
身体中の骨が折れているようで、足や腕は普段は絶対に曲がらない方向へ曲がっている。
「あぁ、彼があなたの先生だったんですか」
バランシュナイヴは悪びれた様子もなく淡々と喋りだした。
「中々に手強い方だったもので、私も久しぶりに少し本気になりましたよ。いるものですねぇ、こんな辺境にもお強い人が」
「おまえぇ――――――ッ!!」
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