拾伍ノ段

「つ、疲れたでつ……ぜぇぜぇ」

 荒野を歩く三人と一匹の中でオマルだけが大分遅れていた。

「うむ、ここらで野宿とするか」

 イメツムはいつものように手際よく焚き火を起こすと、道中で仕留めた兎のような動物〈ピグラット〉を捌きだした。

「随分と手馴れてるのね」

「里では自給自足が基本だったのでな。身の回りのことは全部自分でやっていた」

「僕の村もそうでつよ。先生に色々教えてもらってたでつ」

 機巧魔士たちは自らが造る道具は貴重な金属や、魔物の素材を使うことが多く、そうした物を集めるために狩りなども自分達で行うことも珍しくない。故に個々の戦闘能力も高い。

「僕の先生はめちゃめちゃ強いでつ! 直接見たわけじゃないでつけど、その昔にドラゴンの鱗を手に入れる為に竜峰バハルスに行ったことがあるとか」

 オマルの話を聞いてフィアナが目を点にした。

「バ、バハルスって……エンシェントドラゴンがうじゃうじゃいるっていう禁踏地の?」

「そうでつ」

 にわかには信じ難い話だとフィアナは思った。バハルスは人間達が決して足を踏み入れないドラゴンの棲み処としてアーステアでは有名な場所で、この世界の子供たちは皆親に叱られる時に「悪い子はバハルスに連れていかれる」と言われて育つ。それほどポピュラーな脅し文句であり、恐ろしい場所として語り継がれているほどだ。

「あなたの先生って何者なのよ……」

「先生は捨てられてた僕を育ててくれた恩人でつ」

 イメツムがピグラットを焚き火で焼きながらオマルに語りかける。

「お主、孤児だったのか?」

「……僕、小さい頃の記憶がほとんどないんでつよ」

 オマルは笑いながら答えた。イメツムからは別に無理して笑っているようには見えない。しかし、それはオマル自身がそういう笑い方を作っているようにも思えた。

「そうか、済まぬ」

「別に気にしてないでつよ。先生や村の皆は優しいでつし、過去なんかなくても別に気にしないでつよ」

 尚も笑いながら応えたオマルを横目で見ながら、イメツムはピグラットの肉を彼女へ放った。それをあたふたとしながら受け取る。

「それでも、親はこの世にたった二人しかおらん。望む望まないとに関わらずな」

 イメツムの言った言葉に対し、横で聞いていたフィアナは何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。親は自分が皇女に仕えることになった日に何処かへ行った。でも自分は両親にすがらなかった。その方がお互いの幸せの為だと彼女は考えたからだったが、本当なら「おいていかないで」と両親に泣きつくことが普通だったのかもしれない。そうしなかった理由をフィアナは何故だか思い出せなかった。

「まぁそんな辛気臭い話よりも、僕は今自分の夢を叶えることの方が先決なんでつ」

 もぐもぐと肉を頬張りながらオマルが言った。すると、イメツムが興味深げに聞き返す。

「ほほぉ、どんな夢なのだ?」

「それは勿論、先生に認められて一人前の機巧魔士になることでつ!」

「ふむ……確かに己の夢や目標は、周りの人間に認められてこそ栄えあるもの。拙もまだ修行中の身なれど、その気持ちは痛いほど解る。叶うと良いな」

 感心したように頷きを繰り返すイメツム。

「夢か……私は考えたこともなかったな」

 フィアナが小さく呟く。そしてまた頭がずきりと鈍く痛んでいた。

 それからオマルは機巧魔士のこと、先生や村の仲間のことを楽しそうに話しだした。イメツムもまだまだ自分の知らない知識や風習があるアーステアのことを、オマルやフィアナに訊いたりしていた。まったく違う人生を歩んできた三人の談話は尽きることがなかった。それでも一日の疲れが溜まっていたのか、オマルが次第に目をしばたかせ眠たそうに欠伸をする。

「さて、今日はもう休みましょう」

 フィアナがそう言うと、近くで寝そべっていたコルンの下へオマルが歩き出した。

「うーん……おやふみでつぅ」

 そのままコルンのお腹へ倒れこむようにして寝息を立てていた。

「相当疲れていたようだな」

「私も正直くたくただわ。おやすみ……イメツム」

 フィアナはマントを毛布の代わりにしてうずくまる。

 そのまま目を瞑るとすぐに眠気が彼女の意識を暗闇へと落としていった――。

 二人の寝顔を見届けたイメツムは、淡く光る三つの月を見上げながら小さく息を吐く。

「夢か……拙にも見つけられるだろうか」


 翌朝、その日は太陽が出ているにも関わらず、やたらと風の冷たい日だった。

 一行はコルンの背に乗り走り、ポンデ村を目指す。

 オマルの話では一〇〇人足らずの村人が暮らしており、機巧魔士が二〇人ほどいるらしい。

「村へ着いたらご馳走するでつよ! 異世界人を連れてきたなんて言ったら皆大喜びするはずでつ!」

 オマルは寒風で鼻を赤くしながら笑顔で話す。まるで恋人を親に紹介する娘のように希望に満ちた笑顔だった。

「うーむ、そんな珍獣の如き扱いをされるのもなぁ」

 イメツムは口を尖らせながら呟いた。忍として生きてきた故か、他人に注目されることに慣れていない彼は自分が村でどんな奇異の目を向けられるのかと想像する。そうして難しい表情のままいると、フィアナが振り返り言った。

「別に取って喰われるわけじゃないんだから、適当に愛想良くしてなさい……まぁ、あなたに愛想を求めても無駄かもしれないけどね」

 言って言葉の最後に白い歯を見せて悪戯っぽく微笑む。そして途中で幾度か休憩を挟みつつ、走り出してから四時間ほど経ったぐらいで目的地のポンデ村に到着した。

「これは……」

 イメツムとフィアナは村の入り口で立ち尽くしていた。オマルはその場で膝をつき、ただ呆然とその光景を大きな瞳に映している。

 たくさんある木造家屋の多くが半壊しており、その木片のいたる所にドス黒い跡が残っている。それが乾いた血だと気づかせたのは、原型をとどめずに落ちていた肉の塊だった。

 血の海は乾いた大地へと染み、黒く変色した残滓だけが教えてくれる。ここに生きていた人間達の痕跡を――。もはや身体のどの部位なのかも判らないほど破壊された骸が、村の入り口からですらいくつも見えた。その中にはオマルくらいの小さな子供もいた。地獄というものが本当にあるとするなら正にここがそうなのだろう。

 むせ返るような血の臭いが村全体を包み込んでいた。

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