拾肆ノ段

 風を受けながら物凄い速さでコルンの下へ向かっていたイメツムは、一〇分ほど走ったところでその姿を視界に捉える。

「コルン! 無事だったか」

 息を切らして走り、イメツムの所へ辿り着いたコルンは後ろ足から血を流していた。

「怪我をしたのか……ッ!」

 コルンが来た方向から異様な気配を感じ取ったイメツムが刀に手をかける。

 そして現れたモノに対しイメツムは顔をしかめた。

「何だこやつ、カラクリか?」

 ドローミと同じ四足動物の様を呈しているそれは、全身を厚い装甲板のようなもので覆い、顔には機械で造られたと思しき一つの丸く赤いレンズがあり目の役割を果たしているようだった。そして背中には武器となる銃が固定されている。

「コルンはフィアナ達のところへ逃げろ。早く手当てした方が良い」

 ブルルンと鼻息を吹いたコルンは、イメツムが来た方向へと走っていった。

「ふっ、次から次へと拙の知らぬ怪物が出てくるものだ。魔物は美味かったが、お前たちは食えるところがあるようには見えないのだがな」

 不敵な笑みを浮かべ臨戦態勢に入ったイメツムを機械仕掛けの獣が取り囲んだ。機を窺うようにゆっくりとイメツムの周りを四匹が等間隔に周る。


 一方、フィアナとオマル――。

「コルンを追ってきたのって何なのかしら?」

「森の中以外だと、ドローミにちょっかい出すような獣はいないと思うんでつが」

「もしかしてガドラフ達が合流して……いえ、だとしても数が合わない」

「あっ! もしかしたらルーンマトンの一種かもしれないでつ」

「ルーンマトン?」

 走りながらフィアナが聞き覚えのある名前に記憶を探る。

「それ確かグノームの獣型魔導兵器じゃない!」

 ルーンマトンは地の帝国グノームが造り出した兵器の一つ。

 人型や牙獣型、鳥型などいくつか種類があり、コルンを追ってきたのは牙獣型のマーナガルムと呼ばれるタイプで、主に探索や陽動といった役割を与えられる無人兵器である。

「でもおかしいわよ。人間ならともかく何でコルンを襲うの?」

「そういえば何ででつかね。ドローミなんて珍しい動物でもないでつのに」

「そうなるとコルンを知っている……コルンの騎手が私だと知っていると考えるのが自然ね」

 胸に広がる暗い影を払い去るようにフィアナは走る速度を上げた。


 マーナガルムと対峙していたイメツムは、死角からの攻撃を警戒しながら敵の観察をしていた。

(背負っているのは長筒の類だな)

「ならばッ!」

 正面の一匹へと猛然と駆け出すイメツム。機械仕掛けの獣はそれに反応し、すぐさま背中の銃口から弾丸を連射する。その弾丸を籠手で全て弾き飛ばし軌道を逸らす。銃口の向きさえ確認出来ていれば、イメツムにとって弾丸は無力に等しい。そして走りながら印を組み、懐から苦無を四本取り出した。

「さすがに四方からの銃撃は厳しいからな。こちらも飛び道具を使わせてもらう!」

 ――天凪流火遁術〝器炎万杖きえんばんじょう〟!

 右手の指に挟んだ苦無が燃え出し溶岩の様に赤熱していく。その苦無をまずは正面の一匹に投げつけたが、あっさりと避けられ苦無が空を切った。そして背後から機銃が火を噴く音が鳴り響き、掃射された弾丸が地面から土埃を上げてイメツムの足元へ向かっていく。

「ほう、上半身は効かぬと学習したのか。機械だか獣だか分からぬが知能はあるようだな!」

 横っ飛びで体を転がし弾丸を回避したイメツムは起き上がると同時に二本の苦無をそれぞれ敵へと投げる。しかし、それも避けられ再び集中砲火が迫る。

 今度は上方へ跳躍して弾丸を躱す――。最後に残った苦無を空中から四匹目めがけて投擲した。それすらも紙一重で避けられ、地面へと苦無が刺さる。

「準備は整った。いくぞ!」

 ――天凪流奥義ッ! 〝龍縄虎縛りゅうじょうこばく〟!!

 イメツムが印を組んだ直後、地面に刺さっていた苦無から火柱が噴きあがり四匹の獣を囲む。そして右手で十字を切ると、火柱が龍となりマーナガルムへと襲いかかった。四頭の火龍はその長い胴をうねらせながら、逃げるマーナガルムを追う。

「無駄だ。その龍は獲物を捕らえるまで消えはしない!」

 機械で造られているからなのか、マーナガルムは火龍を避けるばかりで撤退しようとはしなかった。やがて四匹のマーナガルムを火龍が縛り上げ、その動きを封じた。

「天凪流忍術に死角は無い。相手が悪かったなカラクリの獣よ……爆滅ッ!」

 イメツムの掛け声と共に炎の龍が閃光を放ち爆散し、周囲は吹き飛んだ機械の破片がばらばらと音を立てて地面を転がっていた。イメツムはその破片を一つ拾い上げる。

「これは煮ても焼いても食えんな」

「イメツム!」

 背後からフィアナの呼ぶ声が聞こえ振り返ったイメツムは、軽く手を振り無事を伝えると、持っていたマーナガルムの破片を放り捨てた。

「やっぱりグノームの魔導兵器だったのね」

 フィアナはグノーム帝国の方角を眺め顔をしかめる。コルンや自分達を襲ってきた理由について考えていた。しかしそれもすべて推論に過ぎず、現状出来ることなど何一つない。

「フィアナ、どうする?」

「気掛かりなことはいくつかあるけど、今考えても仕方ないことばかりだわ。とにかくオマルの村へ行きましょう」

「コルンは後ろ足を怪我していたはずだが、大丈夫なのか?」

「止血はしたし、傷自体は浅かったから問題ないわ」

 オマルの話ではポンデ村は今いる場所から歩いて二日ほどらしい。コルンに乗ればもっと早く着けるが、追っ手から浅いとはいえ傷を負っている。

 三人で話し合った結果、今日一日は歩き、夜に野宿をして、明日の早朝からコルンに乗り移動することに決めた。

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