拾参ノ段


 黄昏時、アジダハカの森を抜けたイメツム達は、少し離れた場所にあった岩場で休憩をしていた。コルンがまだ彼らの下へ着いていないのだ。

「コルン、大丈夫かしら」

 フィアナが心配そうに呟いた。

「森まで僕たち乗せて走り通しだったでつからね。少し時間がかかるかもしれないでつ」

 オマルとフィアナが会話をしている最中、イメツムは腕立て伏せをしていた。

「四八八、四八九、四九〇、四九一――」

 汗を額から滴らせながら、乾いた大地と向き合う。

(やはり気になるな)

「五〇〇ッ!」

 日課を終えたイメツムが小刀を鞘から抜いた。そして、先のアジダハカとの戦いで見せた雷遁を再び小刀に纏わせる。バチバチと音を立て電気が迸り、刀身が紫色に明滅する。

「やはり」

「急にどうしたでつか?」

 オマルは突如として術を発動したイメツムに尋ねる。

 疾封塵雷は武器に電気を纏わせ、殺傷能力を上げる雷遁忍術である。しかしイメツムは雷遁が他の遁術よりも不得意だった。

「アジダハカと戦った際、疾封塵雷であの鋼皮を貫けるかは正直怪しいものだった。にも関わらず、容易く刀が急所に届くほど切れ味が増していたのだ」

「それってニンジュツの効果が増しているってことでつか?」

「そのようだな」

 イメツムの話を聞き、眉間にシワを寄せ少し考えるオマル。そんな二人の間に割って入ってきたフィアナがイメツムに尋ねた。

「そもそもイメツムの術ってどういうものなの?」

「む、そうさな……忍の術は奥拉オーラと呼ばれる力を体内で増幅し、術毎に定められた印を介して発動させるものだ」

「体内のエネルギーを使うんだ。じゃあ大気中のルーンを使う魔法とは、根本的な仕組みが違うのね」

「いや逆でつね。基本は同じなんだと思うでつ」

 オマルが地面の砂を一握りすくうと自らの推論を語りだした。

「イメツムが体内で作っているオーラというのは、おそらくルーンを魔力へと転換することに非常によく似た技術なんでつよ。でもイメツムの元いた世界には多分ルーンがほとんど無かった」

「どういうことなの?」

 フィアナが目を眇める。一握の砂を風に乗せたオマルが人差し指を立てて話を続けた。

「つまり掛け算なんでつよ! イメツムが作れる体内のオーラと、大気中に存在するルーンが合わさることで術の効果が倍増されたんだと思うでつ」

 アジダハカの森、そしてそこから距離の近いこの岩場もルーンがまだ薄い。だから術の効果はそれほど強くなってはないが、アーステアの空から落ちてきたイメツムが使った風遁の威力は、彼の体感で五倍近いものになっていた。そのせいで上手く制御しきれずに風に体を煽られてしまったわけだが。

「確かに、この世界に来てからずっと感じていた。何かこう力が湧き上がってくるような……そんな感覚を。それがルーンの影響に依るものか」

「だからその籠手をイメツムはきっと使いこなせるはずでつ。造った僕の先生に会えばそれも分かるんでつけど……」

「じきにコルンも来るであろう。待つ間に腹ごしらえをしとこうか」

 イメツムはそう言うと懐から葉に包まれた何かを取り出した。そしてその葉を開いた瞬間、フィアナとオマルは口角を引き上げ後ずさる。

「なっ!? なんでつかそれぇ!」「くっさ!」

「ん? あぁ、アジダハカの肉だ」

 その言葉を聞いた二人の顔が青くなっていく。

 イメツムはアジダハカを仕留めた際に、その肉の一部を持ってきていた。

「た、食べるんでつかそれ……。色おかしいんでつけど」

「魔物とはいえ命を奪ったからにはな。さすがにあの巨体を運ぶのは無理だったので一部だけ切り取ってきたのだ」

 オマルの後ろではフィアナが口を押さえ、必死に喉元を駆け上がってくる吐き気と闘っていた。

「ど、毒とかあったらどうするんでつか?」

「火を十分に通せば問題あるまい。意外にこういうゲテモノが美味かったりするものだ」

 イメツムは枯れ木を集め焚き火を作ると、アジダハカの肉を適当な棒切れに刺し焼き始めた。

そしてその肉は三つに切り分けられていた。

「わ、私は絶ッ対に食べないからね!」

「僕も遠慮するでつ……」

「だだ、誰もお主達に食わせてやるなど言ってないではないか! 勘違いするでない!」

 顔を赤らめ二人に言い放ったイメツムだったが、焚き火を見つめる背中がどこか寂しげだった。そして待つこと五分。

 焼けたアジダハカの肉を手に取ったイメツムは臭いを嗅いでみる。

「独特の臭みだな。猪にも似ているが」

 その様子を少し離れて見ていたオマルとフィアナは、かなり不安そうな顔していた。

「それでは頂きます」

 イメツムは魔物の肉をまじまじと見つめている。

「オマル、あなたキュリオン使える?」

 フィアナが小声で解毒魔法であるキュリオンを習得しているかオマルへ尋ねる。

「使えまつけど……もし致死性の毒だったら意味無いでつよ」

 両手を合わせ、肉にかぶりついたイメツム。次の瞬間、彼の眼が大きく見開かれた。

「んんんッ!!」

「ちょっとイメツム!」

 顔を空へ向け固まったイメツムのもとへフィアナが焦って駆けよる。

「う……うぅ――――美味いゾォ!!」

「へっ?」

「何なのだこれは、鳥のような食感に牛の如き重厚な脂の旨味、これが魔物の味かッ!」

 夢中で肉を貪った彼はあっという間に三つの肉を平らげた。

「あ、あなた体なんともないの?」

「いや、今のところは別段異常はないな」

「ホントに食べやがったでつ……」

 アーステアの長い歴史において、魔物の肉を食べたことのある人間が初めて誕生した瞬間だった。無論、イメツム達がそんなことを知る由もないことだが――。

 

 その後、イメツムは焚き火の後始末をしていた。

 フィアナは剣の手入れをし、オマルは本を読むなど各々の時間を過ごしている時だった。

 突然イメツムが地面へ伏した。

「イメツム? あなたやっぱりお腹壊したんじゃ」

「違う、近づいてくる……足音からしてコルンだと思うが」

 イメツムは大地に耳をそばだてる。

「待て……っ! 追われているな。コルン以外の足音が三つ、いや四つある」

「そんな! 一体誰に!?」

「そこまでは判らぬが、人ではない。方角は向こうだ」

 立ち上がり北西を指差す。その方角は森を迂回してくるルートより少しだけズレているようだった。

 イメツムは口布を上げると、焚き火の燻りを足で踏みつけ消火する。

「助けに行くのだろ? 早く仕度を済ませよう」

「えぇ、急ぎましょう」

「厄介事は勘弁して欲しいのでつが、仕方ないでつね」

 コルンがいる方角へ走り出した三人だったが、足の速さではイメツムに残りの二人が追いつくことが出来ない。

「イメツム、私達に合わせなくていいから先にコルンのところへ行って!」

「承知した」

 荒野を疾走する黒い影はまたたく間にフィアナ達を置き去りにした。

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