拾弐ノ段
イメツムがすぐさま斬りかかろうとした刹那、ビンクスは森中に轟くであろうかというほどの奇声を発した。ビンクスは奇声を発したまま小刀の錆となったが、事態は明らかに悪い方向へと傾きつつあった。
「どうすんのよ! 早く逃げないと不味いんじゃないのこれ!」
「いや……もう遅いみたいだな」
慌てるフィアナを尻目に、イメツムは自分の前に現れたモノへ刀を構えた。それは森の巨木にも匹敵するほど巨体な怪鳥。
「ア……ア、アジダハカでつよおおおおお!」
三人の前に現れたアジダハカは、ゲッゲッと気色の悪い鳴き声を発しながら涎を滴らせていた。
「こいつがアジダハカか、孔雀に似ているな。もっとも美しさの欠片もないが」
「お、怒ってるでつよぉ……きっともう一匹を僕達が殺したと思ってるでつぅ」
「オマル下がって!」
フィアナの声と同時に、アジダハカがその長い首を鎌のように振り襲いかかってきた。
イメツムがオマルを抱きかかえ距離を取ると、怪鳥は雄叫び上げた。
「二人共隠れていろ。こいつは……拙が殺るッ!」
籠手と刀を交差させ身構えたイメツムから、フィアナが感じたことのないほど強い殺気が放たれた。その殺気すらも飲み込み、激情に駆られているアジダハカがイメツムへと突っ込んでくる。
「ゲヘェアアアアア――ッ!!」
アジダハカの体毛は一つ一つが棘のような鋭利なものになっており、首を物凄い速さで振るたびに辺りの木々を切り裂いていく。しかし、イメツムはそのすべての攻撃を紙一重で躱す。
「魔物といえど知能は低いようだな。攻撃が単調すぎる」
やがて懐に入り込んだイメツムはアジダハカの首の付け根めがけて刃を振り抜いた。
「むっ」
捉えたはずの急所に届いた刃が金属音と共に弾かれた。
(硬い……鋼の如き体毛か)
「イメツム!」
オマルが叫んだ直後、イメツムが斬りつけたアジダハカの首の根元から、もう一つの頭が飛び出してきた。
「首が生えた!?」
驚き声を上げるフィアナ――。その二つ目の首がイメツムの身体を貫いた。くの字に折れ曲がった身体が空中を舞い、そのままイメツムの上半身と下半身とを引き裂き、アジダハカは二つの首でその身体を喰い漁る。
「嘘……そんな、イメ……ツム」
「き、貴重な異世界人が……食べられてしまったでつよぉ!」
オマルが瞳を潤ませながら木の陰で怯えていた。そして、アジダハカがイメツムの死体を食い尽くすと、新たな獲物である二人を見つける。
ゲヘゲヘと品の悪い鳴き声を発しながらゆっくりと近づいてきたその怪鳥は、フィアナの鼻先まで二つの頭を寄せると品定めをするように目を細める。
イメツムがやられてしまったショックから、フィアナはその場から動けずにいた。
『莫迦者ッ!』
どこからともなく聞こえた声にフィアナが正気を取り戻した。刹那、眼前に迫るアジダハカのくちばしを抜いた剣の柄でカチ上げる。
そのまま後方へ下がったフィアナは辺りを見回して叫んだ。
「イメツム無事なの!? どこ!?」
――天凪流雷遁術〝
土中から姿を現したイメツムが小刀をアジダハカの腹部に突き刺さした。よく見ると小刀が紫色の電気を放ち、刺したアジダハカの腹の体毛が黒く焼け焦げている。
「ぬぅ……ん」
右手で小刀を逆手に持ち、柄頭を左手で押し込むようにして刃を腹部にめり込ませていく。
「づぇああああああ――――ッ!!」
持ち手を替え、そのまま腹から胸元へかけて裂くように刃を走らせる。後方へ振り抜いた刀身から稲妻の様な紫電の軌跡と共に鮮血が噴き出した。
「千姿万態……げに恐ろしき異形の獣か。多少、肝が冷えた」
アジダハカは血飛沫を撒き散らしながらその巨躯を踊らせ、ほどなくして力尽きた。
イメツムは息を一つ吐くと、小刀についた血を振り払い鞘へ納める。
アジダハカの死骸を挟んで、唖然とした表情のフィアナが立ち尽くしていた。
「あなた、さっき食べられて……」
「天凪流忍術〝躯変わり身〟。散らばっていた魔物の肉片で変わり身を作った。それにしても、お主少し呆け過ぎではないか?」
「ごめんなさい……魔物を見たの初めてだったの」
「拙とて初見だ。言い訳をするな」
イメツムはフィアナに対し腹を立てていた。使命があると言いつつ、アジダハカを前に戦意を喪失させ死を受け入れようとしていた彼女に対してだ。
「拙は確かにお主を守ると約束した。しかし、生きる意思のない者を守ることなどできん」
「――私は、私にはあなたみたいな戦闘の才能もないし、オマルのように知識もない。私は所詮、皇女の器にはほど遠い偽者なのよ」
そう言いながら俯いてしまったフィアナの顔を、木陰から出てきたオマルが下から覗き込む。拳を握り締め、彼女は下唇噛みながら悔しさに打ち震えていた。
「拙はお伽話の主役ではない。与えられた運命によって覇道を進む英傑など天才でもなんでもない。そんなものに憧れるのは阿呆だ。日々精進、日々努力、日々研鑽を積んでこそ
イメツムは決して自分を特別な人間だと思ったことはない。物心ついた頃から忍としての修行に励み、その途中で幾度となく死にかけた。だからイメツムは自分の築き上げてきた強さの源を、才能の一言で済まされることが嫌いだった。
「……イメツム」
「済まぬ、少し感情的になった」
「いやそうじゃなくて、あんた服着なさいよ。なんでまた素っ裸なのよ! 露出癖でもあるんじゃないの!?」
「変わり身で装束を脱いだだけだ。フリチンぐらいで大袈裟な」
彼ら三人が森を抜けたのは、それから二時間後のことだった。
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