エピローグ



 丸一日いなくなったため、両親は愛がないなりに激怒し、当分の間、登校以外の外出を禁止したので、海がリバイバルショーの写真を見に梓のバーを訪ねたのは、それから一ヶ月後のことだった。

 海はいつにもまして生き生きとした表情で、心を弾ませて、店まで二本足で走った。こんなに心が軽いと感じたのはいつ以来だろう、と思いながら店のドアを叩いたが、そこに、梓の姿はなかった。

 やがて海は、やって来た知らないニューハーフから、梓が死んだことを知らされた。


 梓はもともと難病持ちで、余命宣告をされていたのだと、火葬場で海はそう蓮に教えられた。

「みんなには秘密にしてって言われてたのよ。湿っぽいのは嫌だからって。いい人に囲まれて、梓さんも幸せだったと思うわ」

 蓮は、海にスマホを差し出した。そこには、虎になっていた時の美しい自分と一緒に、変顔やキメ顔で映る梓たちの写真が入っていた。

「海ちゃんが虎になったのは、結局なんでかはわからなかったけど、でも、梓さんとても喜んでたわ。生きてる間に、こんな綺麗な虎を撫でられるなんてね、って……」

 蓮はそこで言葉を切った。海が、声をあげて泣き出したからだった。そのまま彼は語り始めた。これまで、一度も人に話したことのないことだった。

 昔、親友と呼んでいた少年がいたこと。彼だけが自分のことを理解してくれていたこと。けれど両親に「もう会うな」と脅すように言われたこと。会えないでいる間に、彼は持病の心臓疾患で亡くなってしまったこと。両親は「そんな病とは知らなかった」と言い、「今頃蒸し返したって意味がないだろう」とその話をするのを避けるようになったこと。それから一言だって、謝ってくれなかったこと。

 全てを話し終えたとき、蓮が海を抱きしめた。

「ねえ、海ちゃん。梓さんはいなくなっても、あたしたちは絶対いなくならないわ。もう二度と、あんたを一人ぼっちになんてさせないんだから」


 そのあと海は家から喪服を持ち出して、葬式に参加した。参加者は知り合いだけのささやかなもので、しんみりした空気はなく、皆が皆陽気に酒を飲み、けれど時折、誰かの泣き声が聞こえてきた。

 注いでもらったジュースを片手に、ひとりぼんやりと昼間の空を眺めていた海は、ふと、自分がまた涙を流していることに気がついた。ぐっと涙を拭う彼を、既に白く光を失った月が、どこまでも優しく見守っていた。



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山月記リバイバル 名取 @sweepblack3

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