第4話




 人間としての海は、ルックスのいい方ではない。でも、この夜だけは違った。虎になった海は、自らが舞台裏の全身鏡で見ても認めざるを得ぬほどに、美しい獣だった。

 普段、こっそりバーまで来て、舞台で踊るニューハーフを眺めることになら慣れていたが、自分が舞台上に登るなど考えたこともなかった。海は最初少し戸惑ったが、梓の「あら綺麗!」という声に励まされ、決心して舞台に立った。


 一段高いところに登り、青いスポットライトに照らされると、奇妙な感じがした。


 海はこれまでの人生、「自分がただそこにいるだけ」で喜ばれたことなどなかった。けれど、美しい虎になっている今だけは、皆、自分の姿を見るだけで喜んでくれた。それは、勉強して難問を解いたり、人を笑わせたり、そんなつまらないことをしている時よりずっと幸福な時間に思えた。いつもお世話になっている梓たちに恩返しできて嬉しい、という気持ちももちろんあった。でも、なぜだか彼は、「これが本来の自分の姿なのだ」という気がしてならなかった。心がとても落ち着いて、凪いだ海のように静かだった。

 やがて、梓の

「すっかり見惚れちゃったわ。さ、記念撮影よ!」

 という掛け声と共に、ライトがギラギラした色に変わり、弾けた音楽が流れ出す。


 

 夜が明けると、海の体はうそのように人間に戻っていた。

 梓たちは「あら。戻っちゃったのね」と残念そうに笑って、彼を店から送り出した。結局誰一人として、彼のことを恐れることはなかった。

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