第3話



「あのね。私、あの話、すごい嫌いだったってことを思い出したのよ」


 太陽が真上に登った昼、安売りの牛肉切り落としを食べて腹が満たされ、ウトウトと眠りこける虎がテーブルの下にいようとも、梓たちのお喋りは全く止まらなかった。海は夢心地になりながらも、たとえ自分が人としての自我を失いニューハーフたちを食い殺そうとしたとしても、返り討ちにされてしまうに違いない、と思った。比喩やレトリックではなく、過去に「猟銃の免許をとった」と得意げに話していたニューハーフがいたのを、海は覚えていた。

 テーブルの上では、軽い食事を並べ、梓が商売仲間と話している。

「え? なに? なんの話?」

「山月記のこと。だって終わり方があんまり悲しくってさ。バカとは関わりたくないとかなんとかプライド高いやつが虎になっちゃうんでしょう? でもさ、別にいいじゃない、虎になったって。言うほど人間っていいもんでもないじゃない?」

「それもそうよねぇ」

「ねえ。悪酔いして他のお客さんにまで迷惑かける客が来た時なんかさ、動物以下だ、とさえ思えてくる時あるわよ。本能に忠実でさ、動物は言い訳しないだけ、潔いわよ」

「うーん、そーれはどうだろうかー……」

 すると突然、集まったニューハーフの中でも一番若くて美しい、れんという男が、ひょこっとテーブルの下を覗き込んだ。

「それにしてもすっごく綺麗よね、海ちゃん。毛並みツヤツヤで、顔も美人さんで」

「わかる。あ、そうだ、うちの舞台に立たせてみない?」

「え!? そんな違法なショーすんの!? 警察沙汰に巻き込まれるのはごめんよ!?」

「いやあね、身内だけのショーに決まってんでしょ。山月記・リバイバルショー。写真も撮りまくりましょうよ、この際」

「誰かに見られたらまずくない?」

「見られたってどうせ合成写真って思われるだけよ。今の写真合成技術がすごいのが救いね」

 そんな訳で、当の虎がよだれを垂れて熟睡している間に、奇妙なリバイバルショーの準備は進行していったのだった。

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