第2話




「あたしねえ、もう一目でピーンと来たわけ。あ、この子、海だ、って。ホントよー。え? 酔っ払ってるんだろって? そんなわけないでしょ!? だいたい酔ってたって、もっとマシな嘘をつくわよ。トムヒがうちに来たーとか、ジョニデが店の前に倒れてたーとか、そういう夢のあるやつよ。とにかくあんた手が空いたらでいいから、うちに来て。相談に乗ってほしいのよ……うん、よろしく」


 一目というのは嘘だろう、とソファ下にいた海が喉を鳴らすと、足を組んでソファに座っていたダークブルーのドレスの人・梓は「わかったわよ、見栄をはったわよ」と、やさしく虎の頭を撫でた。

 梓は、ニューハーフ・バーのママだった。自らはもう舞台には立たないが、余興でトークを披露し場を盛り上げるなどしている、それなりの経験を積んだニューハーフだった。海と面識のあった梓は、閉店中のバーに彼を入れ、匿ってくれた。

 海が梓と初めて出会ったのは、一年前、海が今の高校に入って間もなくの頃だ。


 海は、特別頭が悪い、ということはない。

 けれど、彼は学校に行くと、いつも言いようのない倦怠感と、投げやりな気持ちに支配された。頭は悪くないので、勉強ができないからつまらない、というわけでもないのだが、いくら難問を解いても達成感は感じられない。クラスメイトと会話はできなくはないのだが、いくら相手を笑わせても、ちっとも面白くない。そんなある日、彼はふらっと学校をサボり、歓楽街に足を運んだのだった。

 海はそして、特別腕っ節が強い、ということもない。

 そのため、夜の街で不良に絡まれ、路地裏に追いやられた。

 そんな時、助けてくれたのが梓だった。


「ねえ、それにしてもあんた、一体全体どうしてそんなことになっちゃったわけ? 変な治験のバイトでもやったんじゃないでしょうね?」

 梓に言われ、「どんなバイトだ……」と海は思い、小さく唸った。

「でも虎になっちゃうなんて、あれみたいね、山月記。『おおその声は我が友、李徴子ではないか?』ってあれ。そういえば、高校の時習ったっきり読んでないわね古典とか。今度読んでみようかしら」

 キャットフードとかでいい? やっぱ肉? それとも魚? あーわかんないから全部買ってくるわ! と言いながら梓が買い出しに出かけてしまうと、海も少し疲労と眠気を感じ、目を閉じた。


 やがて、梓ではない別のニューハーフの「げ。本当に虎いるよ、ちょっと」という声で、海は目を覚ます。 


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