第1話
日が昇り、海の母親が何度呼んでも出てこない息子にしびれを切らして部屋に入った時には、海はもう部屋を抜け出していた。
朝異変に気づいてから、部屋の窓を開けて外へ出るまで、さほど時間はかからなかった。こういう時、海が頼る人物は一人しかいない。幸い、まだ薄暗い早朝に目覚めた彼は、早朝の青い街の中を、全力で走った。
向かった先は、歓楽街だった。
「なあにあんた。野良猫にしては、やたらでかいわねぇ」
その人は、早朝の荒みきった路地裏に、世にも美しい大きな虎が現れても驚かなかった。酔いが覚めきっていないのか、夜通し客の相手をして疲れきり、色々とどうでもよくなっているのか、海には判断がつかなかったが、とにかくダークブルーのドレスを纏ったその人は、変わり果てた海の姿を見ても、タバコ片手に「ふふん」と、ニヒルに笑っただけだった。
「ねえ、あんた、あたしを食べる気? 悪いことは言わないから、やめときなさい。酒で肝臓ボロッボロなんだから。こんなレバー食べたら、死ぬわよ。いやマジに」
そう言うと、その人は一人でゲラゲラと笑った。海はしばらくじっと路地裏の奥の方から見つめていたが、やがて、ドレスを着た人間が「ねえ……ちょっと!」と声を裏返した。
「もしかして、もしかしてあんた、海?!」
海は返事をするように、ゆっくりと目を細めて見せた。
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