『異世館デパート!-Different World Department-』

mod

『東京吉祥寺、異世館、ある職員の日常』

 ここは東京吉祥寺の異世界にある異世館デパート、今日もこのデパートでは、愉快で変わった仲間たちが日々切磋琢磨して働いています。 


「おおおおおおーー!!」


 けたたましい女の声が室内に響く。

 それを、劈く、という風に眉をゆがませ、け白いソファーに寝転がってふんぞり返

る小太郎はその手に携帯ゲーム機を持っている。

「ああん……?」

 小太郎はけたたましい女、ことりに訝しげな視線を送る。

 真っ白な幅100メートル×縦200メートルのフロアに、まるで図書館の様に本

が並ぶ、そこはあるデパートの本売り場である。

 ぽかんと、紙切れを頭上に上げながら見ることりは、小太郎の態度の悪さには慣れ

ていた。

「これ、座長さんからなんですけど、今日の臨時バイトの話題に使えって、なんでし

ょうかー、えーと、お題?」

 座長とは、この異世館デパートの支配人のことであるが、そう呼んでいるのはこ

とりだけだ。ことりは紙切れをくるくると回したり、ライターであぶったりしはじめ

た。小太郎はしばらくしてため息をつくと、携帯ゲーム機をパタンと閉じる。

「仕事しろ、あと座長じゃなくて支配人な」

 とりわけ今日は不機嫌な小太郎がことりから白紙をとりあげる。

 さっきまで携帯ゲーム機で遊んでたのは貴方ですか?と言わんばかりのことりの目が点になっている。

 ことりの視線に耐え切れず、今日は暇だしな……、と呟いて、小太郎はしぶしぶ紙

切れを見た。

 すでにくしゃくしゃになったそのよれよれの紙切れには、こう書かれていた。

「……」

 いや、そこには何も書かれてなどいなかった。それはただのくしゃくしゃの白紙の

紙だ。

「おい、ことり、この白紙、何も書いてないぞ」

 そんな悪態をついてことりを見る小太郎だったが、ことりはレジカウンターから移

動していた。

「ファハ!想像力が足りないぞ小太郎」

 その代わりにいたのは、メガネで長身の、バーテンダーでもやってればいいのに、

そんな感想しか湧かない風体のコーザイルが遅刻して本の仕分け表を見ていた。

「コザル、遅刻しておいてしれっと仕事場にまじるな」

 コザルとは、コーザイルのことで、これは支配人がつけた愛称のようなもので小太

郎は便乗している。

「コーザイルだ」

 コーザイルはメガネのセンターを押さえると、小太郎を見てクールに語り始める。

「ことり君はおやつの時間だそうだ、つまり、今ここには、僕と君しかいない、それ

が白紙である理由は己たちで考えるしかないわけだ」

 ことりのおやつ症候群は今に始まったことではなかったが、それはいつも小太郎が

飴をあたえて防いでいた。今日は白紙に注意がいってそれができなかったのだ。

 小太郎は「くだらない」と言って白紙をゴミ箱に捨てようとしたが、それをコーザ

イルが言葉で制する。

「やめたまえ、君、それを捨ててしまうということは、ことり君に劣るということだ

よ、つまり、君はことり君のことを、これからことりさんと敬意を払う必要がだね」

「はあ?」

 小太郎は相変わらずの呆れ顔だ。

 コーザイル・バルトフェンダー、生まれは日本、ロシア人、謎が好物、よく遅刻す

る。

「馬鹿だな君は、僕にはわかるよ、それが白紙の理由がね」

 む、とかなり苛立ちを覚える小太郎。

「ヤッホーー!!」

 その二人の殺伐とした空気を蹴破る声がこだまする。まっピンクの髪の毛を肩でカ

ールさせた学生服の女子と、シロクマのきぐるみを着た何かがやってきたのだ。

「やあ、なっちゃん、と、誰そのきぐるみ君」

 コーザイルがなっちゃん(ピンク)ときぐるみに挨拶をする。

 なっちゃんと呼ばれた女は、実はこのデパートの常連客で、かつて一騒動をこのデパートに持ち込んだトラブルメーカーだ。

「いやーメガネんごぶさたごぶさた、ことにゃんいる~??今日バイトって聞いてた

からおいしいシュークリームとかもってきちゃってサー、なんならコタローとメガネ

んもいっしょたべよーぜい☆」

 ぺろっと舌を出して超絶ウィンクをするなっちゃん。

「いやーごめんね、ことり君いま出かけてるんだが、すぐに帰ってくると思うから、

ちょっとまっててよ」

 コーザイルがどこかからカシスオレンジ(ノンアルコール)を入れてなっちゃんと

シロクマに渡す。

「そかそか、にゃんにゃん☆ことにゃんのためなら待つよ~、ごくごく、んーうめー、なこれー!!」

 なっちゃんがカシスオレンジ(ノンアルコール)を一気に飲み干す。

 シロクマは声をださず、メモ帳に自らの意図を指し示し、コーザイルにストローを

要求し、ストローを手にいれていた。なっちゃんとシロクマはこの本屋のレジ隣にあ

る読書スペースに腰を下ろし、各自それぞれ本を読みはじめる。

「なっちゃん、この白紙、実は謎があるんだが、何かわかるかい?」

 コーザイルがなっちゃんにくしゃくしゃの白紙をそっと目の前に出して見せる。

「ん~?」

 なっちゃんは数秒考え。

「わかんね」

 全く興味のない感じで答えた。

「全く、相変わらず騒々しい娘だ」

 どこからか声がする、と思ったら、それは一同全員注目の読書スペースの居候の主、しゃべる黒猫だった。

「なになに、じゃあクロにゃんはわかるわけー??」

 なっちゃんがコーザイルから白紙を没収して黒猫にねこじゃらしをちらつかせるよ

うに見せる。

 このしゃべる黒猫に順応するのは、すなわち、このメンバーがしゃべる黒猫に免疫

があるからである。この黒猫もまた、この奇妙なデパートの常連、いや、住人の一人、ひと、猫である。

「ふん、私にはわかっている、だがそれを猫である私が答えてやるのも人間の威厳に

水を指すというものだ」

 あくびをしながら黒猫はそう言った。

「うわー、クロちゃんなまいきー、威厳とかいいからおしえちゃいなよー♪」

 笑顔でなっちゃんが黒猫をぐりぐりと撫で回している間に、一方コーザイルが再び

小太郎に絡み始める。

「小太郎、これからその白紙について少し討論してみようじゃないか」

 コーザイルがなっちゃんの持つ白紙に目をやり、にやりと笑みを浮かべる。

 でた、と小太郎は思い、ため息をついてそれをOKする。

 なぜなら、こうなったコーザイルを止めるのはかえって面倒であることを、これま

での経験上小太郎は知っていたのだ。

「まず、ことり君についてだ、彼女は何故白紙の紙を君に渡した後、すぐにこの場所

を離れたのか?」

 コーザイルが問い1、だというように右手の指の人差し指を立てる。

「何言ってんだ、お前がおやつの時間だ、などと言ってたんじゃないか」

 コーザイルが、ふん、とうなずき、同時に答える。

「確かに僕はおやつの時間だそうだ、と君に述べた、そしてそれはことり君自身から

聞いた話だと君に断言しよう、しかしだ、今は午後1時、彼女のいつものおやつの時

間は何時だったかな」

 コーザイルが腕の時計を見る。

 小太郎も、ふむ、と考える、ことりのおやつ症候群は実に正確でいつもは午後3時

きっかりであると。

「確かに、ことりのおやつ症候群は決まって午後3時だ、今日に関しては2時間も誤

差が生じている」

「だがしかし、おやつをことりが今日に限って持ってき忘れたとしたら、あいつはい

つも自分専用のおかしを自作する大の甘いもの好きだったはずだ」

 なるほど、とコーザイルがうなずく。

 そして、問い2、だ、といわんばかりに、客観的にはピースをしている状態のよう

なコーザイル。

「では白紙について、ことり君が渡した例の白紙、あれは何故白紙であったのか?」

 小太郎が書棚を整理していた本をコーザイルに向けて抗議するような形で本を向け

る。

「おいおい、それ言ったらこの討論が終わるだろう」

 コーザイルが馬鹿にした様な顔で肩をすくめる。

「あー馬鹿馬鹿しい、やってられるか、正直どうでもいいことだ」

 小太郎がコーザイルとのやりとりに飽きてきたとき、控えめな声が小太郎に聞こえ

た。

「あの、ご無沙汰してます、遠野です、取り寄せをお願いしていた本が今日届くとこ

とりさんの電話で聞いたのですが……」

 小太郎が顔をしかめて遠野を見る。

「久しぶりだな遠野、で、なんて本だ?応対をしたことりが今で払ってる」

 小太郎がそそくさとレジカウンター側まで戻る。コーザイルはニコニコとした顔で

遠野を迎える。

「やあ、遠野ちゃん、お久しぶり」

 遠野がちょこんとお辞儀をする。その小柄な体格から、コーザイルはちゃん付けで

彼女を呼んでいた。彼女はことりが通う学校の中等部で、このデパートの時計エリア

の担当者の子供だ。コーザイルの妙な親近感はこのあたりからくるものである。

「エリーゼ・アルシアの『白紙の十か条』という本なのですが……」

 白紙、という単語を聞いて小太郎がうんざりした顔をする。

 コーザイルがにまにましていると、遠野が怪訝な顔で二人を見ている。

 小太郎がばたばたと入荷した本のありかを探す。

「……ないな、きてないぞ」

 遠野がそれを聞いてより怪訝な顔をする。

「えーと、ことりさんからは、何分特殊な本みたいで、今日取りに来てほしいと言わ

れて……」

 特殊な本、というのは、このデパートの存在意義に関することなので、ここについては誰もつっこまない。

「ことりから電話があったのはいつだ?」

 小太郎が気だるそうに遠野に質問する。

「ことりさんから、10分前くらいですけれど、電話ではとてもあせっていたようで、少し心配だったので来てみたのですけれど」

 小太郎が訝しげな表情をする。白紙を見てからのことりの行動の不自然さに何か嫌な予感がしているのだ。それはこのデパートの職員ならたびたび感じることであった。

「ことりの様子がおかしいな、携帯にかけてみるか」

 小太郎が携帯を取り出し、ことりの番号にかける。するとどこかで聞いた3分クッ

キングの音が鳴り出す。

「あいつ、外に出る時は持っていけとあれほど……」

ことりの携帯電話は本屋内に放置してあり、連絡はつかないようだ。そうこうしてい

る間に、またコーザイルが白紙をやってきた遠野にみせている。

「どうだい、遠野ちゃん」

 コーザイルが白紙を遠野に手渡して、遠野は説明を聞くといくつかの質問をしてい

る様だった。

「はあ、簡単ですよ、この紙かりますね」

 遠野は奥の部屋、このデパートの階層ごとにある管理室の貯蔵庫を少し借りますと

言いだした。このデパートは有事の際のために、しばらく暮らせるだけの特殊な設備

があった。

 遠野はしばらくするとその管理室から出てきて、その手に白紙はなかった。

「おい遠野、くしゃくしゃの白紙はどうした」

 小太郎がそういうと遠野は何食わぬ顔で言った。

「少し時間がかかると思います、でもそれを待つより、あれです、再構築してみたら

どうですか?ことりさんの行動を」

 でた、職権乱用と、小太郎は思った。

 このデパートは異常だが、その異常な体験をここにいるだれもがしている。

 再構築とは、この本屋に常に書き込まれている本屋の記憶を立体映像として構築す

る技術だ。それは実に魔法のような代物で、まるでSF映画のような設備だ。

「そんなくだらないことのために……」

 そう小太郎が言う前に、コーザイルが記録本を持ってにやりと笑っている。

 ああ、どいつもこいつも馬鹿だ、小太郎は思った。

 ぶわり、とコーザイルの持っている本から青白い光があふれ、そこにわずか数分前

のことりが擬似映像として3次元で投影される。半透明になっていなければ実物と見

分けがつかない。それはことりが丁度各スタッフ宛のポストからまだくしゃくしゃに

なる前の白い紙を手に取ったところだった。

「ふむ、やっぱりか、なるほど」

 コーザイルはことりが手にしている白い紙をみてにやにやしている。

 なになに~と、なっちゃん、黒ねこ、そしてきぐるみまでがその白紙を見にやって

くる。なっちゃんはどさくさにまぎれてことりのスカートを覗いていたが。

「おい、たかってないで、オレにもみせろ」

 ひとだかり、とくにきぐるみが邪魔でことりがもっている白紙が良く見えない。

 小太郎が近づくと、なぜかみんなが地蔵のような顔になって小太郎を見るのだった。

「なになに、コタローもことにゃんのぱんつみたいの??」

 なんだか卑猥なことを言ってくるやつがいる。

 小太郎がふざけるなとなっちゃんを押しのけたとき、本屋に声がこだまする。

「ちょっとーー!!なにしてるのーー!!」

 それは、黒いくまのきぐるみだった。小太郎が、その黒いくまのきぐるみに近づく。

「……誰?」

 そういうとくろいきぐるみはもふもふとなにか言っているようだが、声がくぐもっ

ていてよく聞き取れない。小太郎がくろいきぐるみの頭を取ってやると、そこには汗

だくのことりが。

「私ですよーー!!なに記録映像で遊んでるんですか!!小太郎君はそんなにわた、

わたしの……!!」

 そう言ったところでことりが顔を真っ赤にして倒れる。

「ありゃー、ことにゃん相変わらずピュアだあ、いいじゃんぱんつくらい」

 小太郎がすかさずなっちゃんにちょっぷをしてことりを本屋の読書スペースに寝か

せる。

「なんでこんなもの着てるんだ」

 そう小太郎は思った。そして見た。さきほどから実に馴染んでいる、その見知らぬ

きぐるみを。

「お前だれだ」

 びくり!といわないばかりに小太郎にガンを飛ばされたきぐるみが震えだす。

 壊れたロボットのようにカクカクと動き出す。

「いや、怖いから普通に怯えろよ!」

 小太郎が一括すると、きぐるみは再び落ち着きを取り戻す。

 一同が読書スペースにあつまり、事の発端であろう白紙についての小太郎の言及について答える。


 証言1。

「いやー、ことにゃんのぱんつばっかり見てておぼえてないな~」


 論外。


 証言2。

「私は見てないぞ、なにせ猫の背丈だからな」


 でもカウンターにのってみてたような気が?するんだけど!


 証言3。

「科学的な顕著に基づき、貴方は検証するべきです」


 意味不明。


 証言4。

「あれだな、なんだか急にイタリア料理が食べたくなったな」


 イタリア料理を要求してくる馬鹿がひとり。


 あまりにもあてにならない証言者たちを無視して、小太郎はことりの行動を再構築

し始めていた。

 再度立体映像をみればそれでいいような気もしたが、またことりに妙な勘違いをさ

れてはたまらない。

 さきほど予測した、ことりがおやつを取りに言った件は違った。なにせことりがな

にもそれらしいものを持っていなかったからであり、ことりのバッグをみると、そこ

におやつ用のばなながすこしばかり見えていたからだ。

 ならことりがこの本屋を急に出た理由を発想してみようと小太郎は考えた。

 オレに白紙をもたせ、注意をそらせ店を後にする……、駄目だ、ことりがそんな小

ざかしいまねをするはずかない。白紙から焦点をそらしては駄目だ。

 ぶんぶんと頭をふる小太郎。

 そうだ、と、小太郎は思い出す。そもそもことりはなんと言っていた?

(これ、座長さんからなんですけど、今日の臨時バイトの話題に使えって、なんでし

ょうかー、えーと、お題?)

 なにかを読んでいたのだ、つまり、あれは白紙ではないはずだ。

 もちろん、ことりの演技、またはオレに違う紙を渡した可能性は否めないが、それ

は遠野が言っていたことが正しいと小太郎は思った。


(科学的な顕著に基づき、貴方は検証するべきです)


 ことりはなにをしていた?紙切れをくるくるとまわしたり、ライターであぶるとい

う怪行動をしていたではないか。

 小太郎はさらに思い出す。遠野が簡単だと言った意味。

 小太郎は、はっとして、さきほど遠野が管理室の冷凍貯蔵庫に持っていた白紙を取

り出す。そこには白紙にうっすらと渦巻状に描かれた小さな文字が浮かんでいた。

 遠野がすぐ小太郎の後ろに来ていた。

「あ、どうやら出てきたようですね」

 遠野はさも興味なさそうに言った。

 なるほど、ことりはライターであぶっていたのだ。

 なぜ?それはその文字情報に書いてあった。


 本日のお題、ことり君、君はこの文章を読み終わったら以下のことを実行せよ。

 1、ポストに同封したライターで文字を綺麗に文字上からあぶり、文字を消すこと。

 2、文字を消したら白紙を小太郎に渡し、小太郎の注意がそれたところで本屋を脱

 走、(その際におやつの時間だとかなんとか言えばより良い、推奨)。

 3、脱走後、時計屋の娘、遠野に『白紙の十条』という本を今日中に取りにこさせ

 る理由を適当につけて呼び寄せること。

 4、デパート最上階にある黒いくまのきぐるみを着て、デパート一階から最上階ま

 で2回全速力で駆け上がること。

 5、そのきぐるみを着たまま本屋に帰還せよ。


 はっきり言って長い。これを瞬時に覚えたことりは相変わらずの記憶力だ。

「消せるボールペンですね」

 遠野がなんでもないように言った。

 そうだ、問題は簡単だったのだ、単に消せるボールペンで書かれただけだったのだ。

消せるボールペンは約60度以上の熱で透明化する、もちろんそれはライターなどで

あぶっても消せる。そしてこの消せるボールペンのインク成分は、マイナス10度以

下で再度発色することを小太郎は知っていた。

 そう、これは『白紙の十か条』に書いてあったのだ。

『白紙の十か条』には、相手を騙す初歩的なテクニックとしてこれが紹介されていた。

 実のところ、小太郎はこの『白紙の十か条』を昨日保持してたのだが、暇つぶしに

読んでいたところいつものぐるぐるがやってきたのだ。

 ぐるぐるとは小太郎が抱える独自の特性で、本を読むと起こる現象である。そのぐ

るぐる後、眠気で眠ってしまい、気がつくと本は忽然と消えていたのだ。そこで実費

で再発注をかけていたのでコーザイルやことりにも黙っていたことだった。

「あの、小太郎さん、顔色がすぐれないようですけれど?」

 小太郎は思った。これは、本をなくしたことが、記録映像でばれていると、それに

座長が怒って、ことりに意味のわからない苦行を押し付け、やがてこれに気がつくで

あろう小太郎に、罪悪感というプレッシャーを与えようとしているのだと。

 小太郎がぶるぶると小刻みに震える。

 やばい、バイト代…、減給される……!!

「あの、小太郎さん、その白紙の裏、まだなにか浮かび上がってますよ?これ、さっ

きことりさんが擬似映像で持っていたときにはなかった文字です」

 遠野が白紙の裏を見て言う。

 小太郎はびくりとした。そうなのだ、遠野はさきほどことりの再構築映像を見て、

白紙の裏側も確認していたのだ。なのに、それにはなにも書かれていなかった。

つまり、もともとことりが手にした時点で、すでに消されていた文字があったのだ…

!!

 もちろんこれはことりも見ていない、このことにすぐに気がつく、小太郎宛、白紙

を冷やし、一番最初に目にする小太郎に向けた、『白紙の十か条』を紛失した罰が書

かれているに違いないのだ!

 やられた……!!と小太郎は思った、とんだところに書いてやがったものだ。

 消された文字は予想できても、元々消されている文字があることまで、おそらく気

がつかなかったろう。ことりの一連の行動は、これを気がつかせないための布石にす

ぎなかったのだ。

 ここには携帯電話を持っていかないで、というような記述がない。

 おそらくは、小太郎がことりに連絡を入れることを予想をして、あのようなよくわ

からない指示が書いてあったのだろう。思考のかく乱もここにはたくみに用意されて

いたのだ。

 小太郎は意を決し、恐る恐る、それを見る。

 ゆっくりと裏側にかかれたそれには、こう書いてあった。


(小太郎、お前がなくした『白紙の十か条』の件だが……)

 

 ぎゃーー!!

 小太郎はげんなりとした気でそれを読み進めた。


(あれはお前の今近くにいる、きぐるみがもっているぞ、黒くないほうの、な、あれ

を持っていった犯人は、あいつだ!!)


「な、何だとーー!!」


 小太郎の口から大声が上がる。

 遠野はぽかんとしてそれを見るが、小太郎はすぐさま本屋のカウンターに戻り、な

ぜかそこになじみまくっている謎のきぐるみの胸ぐらを掴んだ。

「おいきぐるみてめえ、いや、そもそも誰か知らんがてめえ、あれどこやった、あれ

だよあれ」

 小太郎がじりじりときぐるみにつめよる。きぐるみは観念したのか、両手をあげる。

「そうか、覚悟はいいようだな、言え、ブツをどうしたんだ、オレをはめて、どうす

るつもりだったんだ?つか、馴染みまくってるけど、そもそもお前は一体誰なん

よ!!」

 その小太郎の怒鳴り声とともに、パーンという、パーティ会場で使われるクラッカーがきぐるみから放たれる。きぐるみがいつのまにかクラッカーを持っていて、すぐに周りが(猫ですら)クラッカーを連続でならす。

 「誕生日おめでとーー!!」

 小太郎の周りから一斉に大きな声が上がる。

 小太郎があっけにとられていると、きぐるみはその頭をぱかりととる。

「やあ、コタロー、実は君に内緒でサプライズパーティをしようと思ってね、今日はあれだろ、君のバースデー、はははは」

 きぐるみの中にいたのはこのいかれたデパートの支配人、ガブリエル田中だった。金髪の美人で、なぜそんなふざけた名前なのかいまだ謎だ。

 え?え?とクラッカーの音で目を覚ましたことりが実に哀れだ。

 てめえらグルだったのか、小太郎が周りを見回す、特にコーザイルと、黒猫を睨む。

 コーザイルがふん、と仕方ないポーズをする。

「支配人から昨日メールがきてね、余興に付き合え、とあったものだから、あんな白

紙なんて、普通ならすぐに捨てるよ、僕の不自然な行動にも気がつかないで、君った

ら」

 ぷぷと、笑うコーザイル。そして黒猫も笑っている。猫が笑うと不気味すぎると小

太郎は思った。

 にしし、となっちゃんも得意げだ。

「君が無くした『白紙の十か条』、コタロー、私からのバースデープレゼントだ!!ありがたく思いたまえ!!」

 そう支配人が言い飛ばした。

「結局どこ行ったんだ!オレの無くした方の『白紙の十か条』は!!なんか気になってきただろ!!」

 はははは、と支配人が笑う、もしかしてそれを気にさせることが本当の目的だったのかもしれない。

 確かに、勝手に変わりを頼めば言いと思った、小太郎への確実な罰なのかもしれな

い。いや、この誕生日自体が、そもそも、罰なのだ。

 小太郎たちは一騒ぎした後、小太郎はデパートの屋上に出た。外は月明かりで明る

く、けれど夜をはっきりとあらわしていた。

 小太郎のすぐ後ろからことりが現れる。実におせっかいだなと、小太郎は思った。

「大丈夫ですか?」

 小太郎を心配げにことりは見た。

 小太郎がこのデパートと出会ったあの出来事で、ことりには小太郎の過去を知られ

てしまっていて、それがどうしようもなく影を落とすものだから、ことりは心配して

いるのだ。

「全く、ふざけた、くだらないパーティだ」

 小太郎は夜空を見て笑った。

 小太郎の誕生日、それは双子の弟と母親の命日だった。

 生まれて生きられたのは小太郎だけった。それにはこのデパートに関与することに

なった小太郎の秘密があるのだが、それはまたの別のお話。

「でも、不器用ですけれど、退屈だけはしなかったんじゃないですか?」

 ことりは小太郎を見てにっこりと笑った。それはとてもやさしい笑顔だった。

 ああ、そうだ。

 小太郎は舌打ちした。支配人の本当の狙いは……。

「なーに青春してんだ」

 こつんと支配人に不意に角ばったもので小突かれた。

 『白紙の十か条』がもう一冊、それは小太郎が無くした方の『白紙の十か条』だった。

「エリーゼ・アルシア、君の親だろう、君を見限った、な」

 支配人には本当に嘘がつけない。小太郎はそう思った。

 エリーゼ・アルシア、本名 霧名将は小太郎の父親だった。

 こんなどうでもよさそうな本を読んだのは他でもない、知りたかったのだ。

 自分を捨てた、父親のことを。

「それでも親父なんだ、オレも本好きだし、将来は作家になりたい」

 小太郎にしては実に素直な言葉だった。

「そうか」

 支配人は手をひらひらとさせてその場から立ち去ろうとしたが、何か思い出したように小太郎の前に歩いてきた。

「その本は君にやる」

 支配人が手にしていた『白紙の十か条』を小太郎に手渡す。

「ま、職員とはいえ、求める者に求める品を、がこのデパートのモットーだからな」

 支配人はそう言って誕生日会場に戻って言った。残されたのは小太郎とことり。手渡された本の裏には、支配人の言葉が乱雑にマーカーで記されていた。


(戯言も楽しめ、戯言もまた戯言を生むのだ)


「意味わかんね」


 小太郎はそう言ったが、本を持つその手は震えていた。

 季節は春。小太郎がこのかくもおかしなデパートに来てから、丁度一年目の出来事

だった。

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