職人の衝動(パトス)part1
ガロン爺さんは、入り組んだ路地の中にあったとある家の前に立つと、ノックもせずに扉を開けて中へ入った。
「リベリオ、おるかの?」
「……なんの用だ」
薄暗い、物置のような部屋だった。
どうやら服飾に関する店であることは間違いないらしく、壁のほとんどは大きなタンスに埋め尽くされ、部屋の奥には長い作業机もあるにはあった。
が、そのどれもがホコリを被ったように色がくすんでいる。
ホントにここが水着屋……なのか?
作業机の前に座り、酒瓶を片手にこちらを睨む男の様子からも、全くそうは思えない。
ひょっとして、職人の奥さんに逃げられたのか?
なんて勘ぐってしまっていると、ガロン爺さんが気軽な様子で男へ歩み寄って、
「ちょっとお前さんに頼みがあってな。明日の水着コンテストまでに、この二人の水着を作ってはくれんか?」
「……そう言うと思ったぜ」
男――リベリオは、まだ一度も目を上げないまま、俯いて呟く。
禿頭に黒々としたヒゲを蓄えた、五十代ほどの男だった。
その左目の眼帯と、腕まくりをしているシャツから出たガッシリとした腕からすると、この男は元冒険者なのかもしれない。それでガロン爺さんと親しいのかも。
リベリオは酒瓶を直接口へ運んでから、
「くだらねえ……何が水着コンテストだ。あんな猿の行列を見て何が楽しい」
「フッ……じゃが、今年は違うぞ」
「その言葉は聞き飽きた。アンタはコンテストの度にそう言って、くだらねえ奴をここに連れてきやがる」
「いや、しかし今年は本当じゃ。なんなら、妥当な金額の二倍……いや三倍をワシが払ってもいい。じゃから、頼むからどうかこの老い先短いワシにお前さんの水着を着たこの二人の姿を――」
「くどいぞ」
ドン! とリベリオが酒瓶を叩きつけるように机に置く。
「第一、俺は金なんかに動かされたりはしねえ! 俺は、俺の衝動パトスに従うだけだ! 作りたい物は作るが、作りたくねえものは死んでも作らん! 金があるなら、どこぞのスバラシイ職人でも頼んでハァンッ!?」
頼んでハン?
こちらをチラと見たその刹那、奇っ怪な声を発しながらリベリオが硬直した。
目玉が飛び出すのではないかと思うほどその目を丸くして、玄関先で居心地悪そうに佇むララとセリアさんを凝視する。
「イ……」
「……い?」
ララが首を傾げる。と、
「イ――イマジネェェェショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンッ!」
火山が噴火するような咆哮をリベリオが発した。
ララとセリアさんは驚いたように二人で抱き合い、そしてガロン爺さんは嬉しそうに微笑する。
「……やはり、始まったようじゃな」
『始まった』? 何がだ……?
俺は困惑したが、確かに既に『始まって』いるようだった。
先程までは酒に溺れた駄目人間だったリベリオが、まるで掻き込み時の料理人のように慌ただしく部屋を駆け回りながら、猛然と作業をし始めている。
ガロン爺さんがララとセリアさんの傍へと戻ると、セリアさんがポカンとした様子で尋ねる。
「あの……彼は一体……?」
「火が点いたんじゃよ、奴の職人魂にな。こうなったら、もう誰にも奴は止められん。狂った魔物のように、寝食を忘れてひたすら作品を作り続ける。恐ろしい速度でな」
「フハハハハハハッ! これはイイぞ! どうだ!」
「流石じゃ。もう作り終えたようじゃな」
「え!? も、もう!? サイズも何も測ってないのに……?」
ララは愕然とした顔をするが、リベリオは確かに、既にその両手に水着らしき物を持っている。
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