トゥリーズの真珠part2

 少女は岩山のように動じないララの様子に一瞬、怯んだような色を顔に浮かべる。





 が、自分にそんな感情を抱かせたことを怒るように、先程までよりもさらに目を鋭くする。





「聞こえないのかしら? わたくしは『どきなさい』と言っていますのよ」


「はあ? うるさいわね。アンタがどけばいいじゃない」


「なぜこのわたくしがどかなきゃいけませんの? まさかあなた、このわたくしの名前を知らないというのではないでしょうね?『トゥリーズの真珠』と呼ばれ、去年はミス・トゥリーズを受賞したこのわたくし、エルマ・リヴェルタの名を」


「知るわけないでしょ、そんなの。これまでの人生で一度も、そんな名前なんて聞いたことないわ」





 流石はララ。臆することなく言い切る。





「な、なんですって!? そんなはずはないわ! わたくしはこのトゥリーズ有数の貿易商、ジーノ・ソルダーノの娘なんですのよ!? まさか、わたくしの父の名前さえも知らないなんてことは――」


「だから知らないって言ってんでしょ。っていうか、そんなことはどうでもいいから、さっさとどきなさいよ」





 なっ……。と少女――エルマは言葉に詰まる。





 が、どうにかと言った様子で、その口元に引きつった笑みを浮かべる。





「そ、そう。でも、それは仕方のないことかもしれませんわね。エルフなんて所詮は山奥に引きこもっている田舎者なんですもの。都会の事情なんて知りようもありませんわよね」





 正しくはハーフエルフ、もっと詳しく言えばハーフ・ダークエルフなんだが……。





 いや、それより大丈夫か? そろそろララの堪忍袋が爆発してもおかしくないような……。





 と思ったのだが、





「悪かったわね、田舎者で」





 ララはあっさりとそう言い、





『で?』





 冷然とエルマを見下ろす。





美人の冷たい目って、(色んな意味で)メチャクチャ胸に刺さるんだよな……。解る解る。





 ララに睨まれ、『うっ』という様子で黙り込むエルマに思わず同情してしまう。





 しかし、この少女、よっぽど負けず嫌いの性格らしい。





 そこだけはララに勝っている胸を反らすように張って、





「こ、ここにいるということは、あなたも明日のコンテストの参加者なのですわね?」


「……そうだけど」


「ふっ……それはご愁傷様。残念ですけれど、優勝するのはこのわたくしと、既にそう決まっていますのよ。ねえ、そうですわよね、皆さん?」





 と、エルマは背後を囲んでいる取り巻きたちを振り返る。





 だが、その誰も頷くことなく、女たちは気まずそうに何も言わず微笑み、男たちはニヤケながらララとセリアさんを見つめていた視線を慌てた様子で散らす。





「あなたたち……! よもや、わたくしよりこの女たちのほうが美しいと思っているのではないでしょうね!?」





 いやいや、そんなまさか! エルマ様最高! エルマ様お美しい! トゥリーズの真珠! 輝いてる、輝いてるよ!





慌てたように取り巻きたちが歓声を飛ばし――これで嬉しいのだろうか、いや嬉しいらしいな――エルマはむふんと得意げな笑みを浮かべて再びララを睨む。





「この通り、明日のわたくしの優勝は決定済みですわ。ま、まあ、確かに――」





 と、エルマはポカンと立ち尽くしているセリアへ目をやり、





「そっちのエルフは中々の強敵になるかもしれません。けれど……ふふっ、あなたごときでは、わたくしの敵になり得ませんわ。それがなぜかは解っていて?」





ララの目尻がピクリと動く。





「……何よ?」


「やはり解っていらっしゃらないのね。けれど、そうですわよね。でなければ、そんな格好で歩けるわけがありませんもの。確かに、あなたがコンテストに出るだけの美貌を持っていることは認めますわ。――でも、そのセンスでは……ねえ?」





 エルマは背後の女たちに目配せをして、そして皆でクスクスと笑い合う。





 その陰湿な視線を受けてしかし、ララは眉一つ動かさずに言う。





「何が言いたいのよ」


「はっきり言われなきゃ解りませんの? その頭に載せているバケツのことをわたくしは言っていますのよ。なんですの、それ? そんなダっサいモノを被って平気でいる時点で、あなたが下等なセンスの持ち主であることが――」





 ララがその腰の剣に手をかけた。





「アンタ……いい加減、そのやかましい口を閉じたらどう?」


「ララちゃん!」


「お、落ち着け! それはいかん!」





 セリアさんとガロン爺さんが慌てた様子でララを制止する。





 ギョッとしたように目を剥いていたエルマは、それでもその顔に勝ち気な笑みを作り直して、





「そ、その格好からして、あなたは冒険者ですわね? 武器も持っていない一般人に剣を向けようとするなんて……こ、これだから冒険者は野蛮で嫌いですわ!」





 明日はせいぜい恥を搔かないよう祈ることね!





 そう捨て台詞を吐きながらララを手で無理やり脇へ押し退け、エルマはズカズカと大会本部へと入っていった。

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