豪炎のガロン
「あの、すみません……」
四畳半ほどの広さしかないギルドの中へと入り、無人のカウンター奥へと向かってセリアさんが人を呼ぶ。
が、反応はなし。返ってくるのはひっそりとした静寂だけ。
「あの――」
「はいはい、聞こえとるよ」
と、年老いた男性の声が奥から聞こえてきて、それからほどなく、ヨロヨロと杖をつきながら一人の老人が現れた。
よれた麻のローブに、禿頭に長く白いヒゲ。そんな、まるで仙人のような身なりの老人である。
昼寝でもしていたのか、目をしょぼしょぼさせながら、
「何か用かの? ギルドのクエストを探すなら、分所のここより本部に行ったほう――ンヌヌヌヌヌッ!?」
突然、カッ! と老人の目が見開かれた。
生けるミイラのごとく生気がなかったその顔がみるみる紅潮し若返っていき、心なしか曲がっていた腰まで真っ直ぐに伸び始める。
老人はセリアさんとララを交互に見つめながら、
「お前さんたちは、まさか……! 水着コンテストに応募をしに来てくれたのか!?」
「はい、そうです。わたしと妹の二人をエントリーさせていただきたいと思って」
セリアさんは斜め後ろにふくれっ面で立っているララをちらと見ながら言う。
と、老人は泡食った様子でカウンターの下から一枚の紙を取り出して、
「じゃ、じゃったら、この紙に二人の名前を書いてくれ」
セリアさんにペンを渡しながら言って、それから子供のようにキラキラした目をしながら言う。
「いや、これはこれは……まさかエルフがこの街の水着コンテストに参加してくれる日が来るとは思わなんだ……。長生きはしてみるもんじゃなぁ……」
「ちょっと、いくらなんでもジロジロ見過ぎだと思うんだけど……」
ララがムッと老人を睨みつける。
すると、老人は「ん?」と視線を上げて、ララの頭上にいる俺を目に留める。
「お前さん……妙なものを被っておるの」
「え? べ、別に……ただの兜よ」
「いや、それはただの兜ではない」
老人の目が、急に鋭さを増す。筆のように長い眉毛の下から、凄みを感じさせる青い瞳が俺を射貫く。
……その威圧感と沈黙に押し出されるように、俺は思わず尋ねる。
「爺さん……俺が解るのか?」
「しゃ、喋った!?」
ガタガタンッ! 老人は後ろにあったイスを蹴飛ばすような勢いで退く。
俺は俺でそのリアクションに驚きながら、
「な、なんだよ、爺さん。俺に気づいてたんじゃなかったのか?」
「い、いや……確かに凄まじい魔力は感じておったが、まさか喋り出すとは……! 娘さんたちよ、こんなモノ、一体どこで手に入れたんじゃ? このワシもかつては名の知れた魔法の使い手――『豪炎のガロン』としてブイブイ言わせとったもんじゃが、こんな珍しい装備品は一度も――」
「そんなことより、これでエントリーは済んだのか?」
ジジイに見つめられて喜ぶ趣味はない。
セリアさんが自分とララの名前を紙に記入し終えたのを見つつそう言うと、爺さん――どうやらガロンという名らしい――は慌てたようにその紙を手に取って、
「あ、ああ、確かに、ワシが責任をもって受け取った。これでエントリーは完了じゃ。だが、どうじゃ? これからワシは大会の本部にこれを持っていくんじゃが、二人もそこへ来んか? 大会は明日じゃ。もうステージは作られとるじゃろうし、他の参加者も下見に来とるかもしれんぞ」
「なるほど……。まあ、二人どっちかの優勝は間違いないでしょうが、様子見をしておくに越したことはないかもしれませんね、セリアさん」
「そうね……。ララちゃんはどう思う?」
「まあ、暇潰しにはなるんじゃない?」
掲示板のクエスト張り紙を見ながらララがそう答えると、ガロン爺さんは嬉しそうにカウンターから出てきて、
「そうじゃそうじゃ、それがいい。では、一緒に会場へ――おっと足が!」
と、急にふらついた――という風を装って、セリアさんの尻へ手を伸ばしてきた。だが、
――させるかっ!
男の勘と言うべきか、その動きを読んでいた俺は、手がセリアさんに触れる前にブロック。そして、
「アババババババババババババババババババババババババババババッ!?」
強烈な電撃をお見舞いしてやった。
「ん? どうしたガロン爺さん? 急に叫んだりして」
「い、今のはお主が……? フ、フフ……少しはやるようではないか」
「まあ、この程度のことができなきゃ、ここにいる意味はないからな」
「何をこの程度で偉ぶりおって……。食人鬼オーガに尻を食いちぎられようと二日間戦いきったこの『豪炎のガロン』が……これしきの魔法で怖じ気づくと思うてか?」
フフフ……。
フフフ……。
俺と爺さんは互いに牽制して笑い合う。
このクソジジイ、一時も目を離すわけにはいかない。
――セリアさんの尻は、俺が守る。
そう決意を固める俺のすぐ下で、ララが大きな溜息をつく。
「はぁ……ホント、バカばっかり」
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