守りたいものpart1

「アンズ……本当にこのままでいいのか?」





 どこまでも続く、鏡と静寂の世界――





 そこに蹲り、眠ったように沈黙し続けているアンズに、俺は尋ねた。





 アンズは微かに瞼を開き、その豊かな胸の中に抱いている俺に微笑みかける。





「うん、いいの。ずっと、このままで……」





 その微笑には、諦めにも似た暗い影が隠しきれずに浮かんでいた。





 だが、アンズが構わないというのなら、それでいい。その所有物である俺には、何も言う権利はない。





 ……はずなのだが……なんだろう? やはり、妙な違和感が胸の奥にちらつく。





『思い出せ! ここは俺の居場所じゃない!』





 そんな思いがどこからともなく現れて、胸をざわつかせる。





でも――違う。そんなのは勘違いだ。なぜなら、俺はただの装備品に過ぎないのだから。





 物にとっては所有者の傍こそが居場所。それに、その所有者とて一人とは限らない。何人もの所有者の手を渡り歩いていくことも、物の運命さだめ。





 だから、『俺の居場所』なんていうものは存在しない。





 その場所以外にはありえない、そこ以外にはいたくない、そんなことを思う特別な場所はない……そのはずなのに、なぜ……。





「――――ぁぁぁぁぁああああああああああああっ!」





 唐突に、しかし遠くからゆっくりと近づいてくるように、その声は聞こえてきた。





 その直後、





 ピシッ――





 永遠の鏡の世界に、一気にヒビが走った。そして、





 バリーンッ!





全ての鏡が一斉に砕けて、その一方から、





「えっ? な、何? 今、なんかすごい割れた音がしたけど……!」





 そんな声がして、そこにポカンとしたような顔をした二人の女性が現れた。





 剣を持っているダークエルフと、ダークエルフの背後から目を丸くしてこちらを覗き込んでいるエルフ。その足元に置かれていたランプが、二人の姿を闇からぼんやりと照らし出していた。





 誰だ? いや、この際、誰でも構わない。とにかく助かった。





 俺は思わずそう安堵したが、アンズはハッとしたように立ち上がると、





「ど、どうしてここが……!? こ、来ないで! 私たちの邪魔をしないでっ!」





 なぜか、女性二人を睨みつけながらそう怒鳴った。





剣を構えている女性――長い銀髪のダークエルフは、驚きを広げていたその顔を引き締めて、ちらりと俺を見てから(そんな気がした)言った。





「そう言われて、大人しく退き下がると思ってんの? 確かに、さっきは黙ってアンタを行かせたけど……もうあんなことは絶対にしない。食らいついてでもハルトを取り返すから」


「……そうですか」





 取り乱した心を落ち着けようとするように小さく深呼吸してから、アンズは俺を頭に被り、静かに言った。





「なら、死んでもらいます」


「っ――」





 一瞬のことだった。





 いつその背中の大剣を握ったのか、その瞬間さえまともに視認できないうちに、アンズはその剣でダークエルフに突きの一撃を放っていた。見せかけではない、殺意の一撃。





 が、それは彼女には届かなかった。





なぜか――なぜか発動した俺のスキル・《自動防御》によって、二人の少女たちは守られたのだった。





「ど、どうして、ハルくん!? どうしてこの女たちを守るの!?」


「俺は……?」





 解らない。





 なぜ俺は名前も知らないこの女性たちのことを守っている? なぜ俺の《自動防御》は、彼女たちを守るように設定されている?





 解らない。頭が霧に包まれたようにボンヤリして、何も……。





アンズは動転した様子で、詰めていたダークエルフとの間合いを再び取る。と、





「何が起きたと思えば……お前たちか」





 背後の闇から、先ほど聞いたばかりの男の声がして、魔王ヴァン・ナビス――その幻が、再び姿を現した。


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