守りたいものpart2
「アンタは……!?」
ダークエルフが、わずかに緩めていた構えを固め直す。その問いに答えたのはアンズだった。
「っ、魔王……!」
アンズは震える声を出して、そして俺を頭から脱いでその胸に抱きしめつつ、大剣で左右を威嚇する。が、洞穴の壁に背をつけて慌ただしく顔を振るその姿は、まるで暴漢に囲まれて怯える少女のようだった。
「魔王? アンタが……?」
ダークエルフが、アンズを無視して魔王を見つめる。
魔王は黒いローブのフードの下から彼女を見て、暗い瞳で嘆息する。
「面倒臭い……。どいつもこいつも、本当に……」
その動きは――アンズよりもさらに速かった。
「なっ……!?」
俺は思わず驚きの声を漏らし、アンズは身動き一つ取れなかった。
なぜなら、『バリン!』と目の前で薄いガラスが割れたような音がしたと思ったその瞬間には既に、アンズはその首を魔王の右手で締め上げられていたからだ。
そして、もう片方の手では、既に俺をも掴み上げていた。
「バカな……?」
防御が――効かないだと? 困惑する俺を、ヴァン・ナビスは気怠げな黒瞳で見つめる。
「《シールド・ブレイク》……お前がこの魔法を弱点としていることは知っていたぞ。何せ、これに対抗する魔法はこの俺でさえ知らないんだからな」
「や……めて……! 返し、てっ……!」
「黙れ」
「ッ――――」
アンズの身体が、砕け散った。まるでその両腕と両足に、爆弾を埋め込まれていたかのように。
自らを支えるものを失ったアンズは、地面へと落下する。その瞬間はただ呆然としたような顔をしていたが、すぐに歯を食いしばって――しかし、
「え……どうして……?」
と、その顔に困惑の色を広げる。
「無駄だ」
ヴァン・ナビスは氷のような目でアンズを見下ろす。
「お前の腕部、脚部周囲の『時間を凍結』させた。だから、修復は行われない」
ヴァン・ナビスはアンズが取り落としていた大剣を拾い上げる。そして俺を見て、
「……お前たちは、俺の城で別々に封印をさせてもらう。決して誰の目にも触れない場所でな。そこで、せいぜい道具として大人しく――」
「ま、待ちなさい!」
呆然とその場に立ち尽くしていたダークエルフが、剣の震える切っ先をこちらへ突きつけた。
「その兜を返しなさい! それはアタシたちのものなんだから!」
「それはできない相談だ。これはお前たちが持つには危険すぎる」
「な、なんでそんなことアンタに決めつけられなきゃいけないのよ! ――っていうか、ハルト、アンタいつまでそこでボケッとしてんのよ! さっさとこっちに戻ってきなさいよ!」
「そう言われても……。というか、なぜ俺の名前を知っているんですか? あなたたちは誰ですか?」
顔も名前も知らない。会ったのも初めてだ。そういう人間に対してこの問いを向けるのは、そんなにもおかしなことだっただろうか?
そう思わず俺も驚いてしまうくらい、ダークエルフとエルフの二人は、愕然とした表情をその顔に広げた。
「ど、どうしたの、ハルト君……私たちのことを忘れたの?」
「まさか……そんなわけないじゃない。な、何よ、アンタ……アタシがアンタを見捨てるようなことしたからって、まだ怒ってるの?」
「……いいえ、違います。ハルくんは本当に何も憶えていないのです」
腕も足も失い、地面に転がったままのアンズが言う。
「あなた方のことは――いいえ、あなた方のことだけでなく過去の記憶はほとんど全て、私が彼から取り除きました。なのであなたの顔も名前も、これまであった様々なことも……自分の名前以外は何ひとつ憶えてはいません」
「何ひとつ、憶えてない……?」
エルフが、ランプの光でも解るほど蒼白になった顔で呟き、ダークエルフが言う。
「それってつまり、アンタは、アンタとハルトの間にあった記憶も……?」
「……はい」
「それで……そんなんでアンタは本当にいいの? それで……アンタは幸せなの?」
「何が幸せかなんて、それは私だけが決めることです。あなたに首を突っ込まれることではありません」
アンズは平淡に、しかし怒りを隠し切れないような語気でそう言い、
「私はハルくんの傍にいられるなら、それでいい。ハルくんには私以外の女なんて見てほしくない、一言でも話してほしくない。……でも」
と、アンズが言葉を途切れさせた直後だった。
千切れ飛んでいた手が不意に地面から跳び上がり、ヴァン・ナビスの手から俺を弾き落とした。
さらに、落ちていたもう一本の腕もまた動いて、ヴァン・ナビスに奪われていた剣をその手から奪い取った。
「今は話が別です! ハルくんを連れて早く逃げて! 絶対に、この男にだけはハルくんを――」
ドシャッ!
「黙れと言ったのを忘れたのか?」
アンズの頭を容赦なく踏み潰しながら、ヴァン・ナビスが言った。
半液体状に砕け散ったアンズの頭には目もくれず、
「大人しくそれを渡せ。でなければ、お前たちも殺す」
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