ララのプライド

  ○  ○  ○





「くっ……!」





 ――こんなに強いモンスターがこの森にいるなんて……!





自分がこれまで見たことがあるものの十倍以上も大きい、ほとんど一軒家のような大きさのアラネア族。





 その身体は鉄鎧のような分厚い甲殻に覆われ、八本の足は岩をも砕き割るほど鋭く強い。十以上もある緑色の目玉はどんなに身を隠そうとこちらを正確に捕捉し、鋭い嗅覚か聴覚でも持っているようにしつこく追跡してくる。





 敵う気がしない。





 攻撃のタイミングなど全く見つけられず、ただ逃げることで精一杯だった。最近、なんだか妙に強くなったとも思っていたが、そんなのは狭い里の中だけの話、つまりは思い上がりでしかなかった。





――でも、ハルトなら……!





 あの変態を頼りにするなんて癪でしかない、そう思いつつも、ララは今その存在だけを希望として息も絶え絶えに走っていた。





 と、そのとき突然、





「え……?」





 木の陰から何かが飛び出して、ララとすれ違った。





 驚いて思わず振り返ると、そこにいたのはハルトを被ったセリア――ではなく、大きな体躯の黒い馬だった。





 なぜ? 思わずポカンとしたララの頬を叩くような声で、馬は怒鳴った。人の言葉で。





「何ボサッとしてんだ! ここはこのナイスガイに任せて、オマエは早く逃げろ!」


「ア、アンタは……?」


「オレか? オレはお前の親父に借りがある、ただのナイスガイだ」


「父さんに……?」





 とララが呟くが早いか、馬は大グモに向かって突進。直後、カッと眩い閃光が暗い森を照らし、





「ギィィィィィィィィィィィッ!」





 甲高い叫び声を上げて、大グモが後ろに仰け反っていた。おそらく電撃系の魔法で攻撃したのだろう。





――この馬……只者じゃない。





確かに、ここはこの馬に任せて逃げてしまえば、自分は生き延びることができそうだ。ララはようやく生きた心地がして安堵したが――しかし、





「グッ……!?」





大グモの反撃、鋭い爪の一撃を前足上部に受けながら飛び退く馬の姿を見て――すぐに腰の剣を引き抜いた。そして、





「あああああああああああああああああああああっ!」





 馬に追撃を加えようとしていた大グモに飛びかかり、その眼球の一つに剣を突き立てた。





 悲鳴を上げてもがく大グモから剣を引き抜きつつ飛び退き、馬の隣に並ぶ。





 馬は丸い目をさらに丸くして、





「流石はブレイクの娘――って、そんなこと言ってる場合じゃねえ! おい、聞こえなかったのか! オレは、オマエは早く逃げろって言ったんだよ!」


「イヤよ」


「へ? イ、イヤって……」


「だって、アンタは父さんに助けられたことがあるんでしょ? 父さんはアンタを助けられたのに、アタシにはそれができないなんて……そんなの悔しいじゃない」


「な、何をガキみてえなことを……」





馬は呟きながら、体勢を立て直し始めた大グモへ視線を戻す。





 と、直後、大グモがほとんど覆い被さるようにこちらへ飛びかかってきた。





「っ!」





 ララと馬は素早く後退。そしてすかさず、ララは左手へと跳躍。





 すると、大グモが攻撃を警戒してすぐさまこちらを向く。だが、これでいい。





 ――解ってるわよね、馬!





「ああ、もう知らねえぞっ!」





馬が、大グモの頭上へと大きく跳び上がり――そして、その上を通過しつつ、





ッドッゴオオオオオォォォォンッ!





 雷の一撃を大グモに落とす。





「やるじゃない、馬のクセに!」


「馬のクセにとはなんだ! オレにはバータルってナイスガイな名前が――」





 甲高い叫び声を上げていた大グモが、その口から白い糸を吐き出した。だが、それは苦し紛れのように狙いが定まらず、周囲の森へとただ無意味に放たれていく。繰り返し、繰り返し、ただ無意味に。





「……マ、マズい! 逃げろっ!」





 え? と、ララは糸から大グモ本体へと目を戻して――その瞬間、その巨体がブワリと空高く跳び上がった。





 ハッと息を呑む。





 ――まさか。





 周囲へ放たれていた糸は、決して無意味などではない。そう気づいた時には既に遅かった。





 大グモが跳び上がると同時、周囲から凄まじい音が響き、直後、四方八方から濁流のような勢いで木々が根こそぎ飛んできた。大グモがその糸で捕らえた木々が上空へ跳び上がった勢いで引き抜かれ、そして振り子のように中心点へと引き寄せられたのだ。





「――――」





動くこともできないまま、ララはその襲い来る木々に呑み込まれる。だが、





「ヌッ、ウウウウウウウウウウウウッ……!」


「アンタ……?」





 馬が素早くララの身体の前に入り込み、ララを直撃しようとしていた木を直前で押し留めた。





 どうやら一命は取り留めた。しかし、大グモがすぐ傍にドシンと着地し、頭上をほとんど覆った木々、そのわずかに空いた隙間から、緑色の目でこちらを覗き込んでくる。





 ――もう、ダメだ……。





 せっかく、これから『何か』が始まるところだったのに……! 人生が変わり始めた。そう思えてきたところだったのに、こんなところで……。





 取り落としていた剣を拾うことはおろか、立ち上がることもできない。





 ララはただ慄然としながら、屋根を剥ぎ取るようにして木の一本をその太い牙の生えた口でどけ、深くこちらを覗き込んできた大グモの目を見つめ返した。





 と、その時。





 ふと、ララの目の前に青い膜のようなものがかかって――直後、





ドドドンッ!





まるいで太い杭を木に打ち込むような音が響き、それから濃い血糊がドポッと小さな滝のように木々の隙間から流れ落ちてくる。





「キイイイィィィィィィィィィィィィィィッッ!」





 針のように鋭い大グモの叫び声が鼓膜を貫く。ララは思わず耳を押さえるが、





「ララ! 無事かっ!」


「ララちゃん、大丈夫っ!?」





 その声を――心待ちにしていたその声を、聞き逃しはしなかった。





「あ、アイツら、どうしてここに……?」





 バータルが苦悶を声に滲ませながら呟く。





「……そんなの決まってるでしょ、アタシ達を助けに来たのよ」


「でも、あんなヤツらが何を――」


「アンタ、上から流れてきてるものが何か解らないの?」





ララは思わず苦笑しながら言ったのだった。





「……強いわよ、アイツは。恐ろしいくらいに、ね」





  ○  ○  ○



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