セリアの後悔

「このお墓は、バータルさんが……?」


「墓なんて大層なもんじゃねえ、ただ岩を載せたものに過ぎないがな」


「それでも、こうして弔ってくださっていたなんて……感謝の言葉しかありません。ありがとうございます、バータルさん」





 そう丁寧に頭を下げてから、セリアは崖のすぐ傍に置かれた、人の頭よりも一回り大きいほどの岩の前に屈み込む。





そして、両手を組み合わせてしばらくじっと俯いてから、やがてポツリと口を開いた。





「クロエは……とても優しい子でした。エルフの血を引いた『普通』とは違うわたしにも、分け隔てなく接してくれるような……」


「……そうですか。じゃあ、セリアさんとは似た者同士で気が合ったでしょうね」





いいえ、とセリアは軽く顔を横に振る。だが、その声はどこか明るかった。





「クロエはわたしとは全然似ていなくて……むしろララちゃんと似ていたわ。明るくて、男の子みたいに元気で……だからあの日も、一人でここに」


「一人で、ですか?」


「ええ。その日は彼女のお母さんが少し体調を崩して……それで、その薬になる薬草を採りに……」


「どうして子供がそんな無茶なことを……?」


「わたしも彼女にそう言ったわ。そうしたら、『そんなに心配なら一緒に来て』と彼女はわたしに言ったの。でも……臆病なわたしは、頷けなかった。クロエのお母さんには、わたしもたくさん恩があったのに……」


「でも、それはしょうがないですよ。こんな所、子供だけで来ていい場所じゃ――」


「違うの」





 セリアさんは墓の前に屈み込んだまま、静かな声で俺の言葉を断ち切った。





「わたしはただ怖かっただけじゃない。わたしは、どうせクロエがやってくれるからいいや、って……そう思っていたの。だから、彼女を本気で止めることはしなかった。いいえ、むしろわたしが彼女を行かせたの。こんな場所に、一人きりで……」


「セリアさん……」





 こんな時にかけるべき言葉を、俺は知らない。





 苔の生えた墓石を見つめ続けるセリアさんをただ見守ることしかできずにいると、やがてバータルが言った。





「さあ、もういいだろう。オマエらは早くここから去れ。そして里に帰って、オレのことはこの森から追い払ったとでも言えばいい」


「それは……お前はここから出て行く気だということか?」





 俺の問いに、ああ、とバータルはどこか寂しそうな目で頷く。





「オレがここに留まっていたのは、ブレイクとの約束を果たすためだ。だが、その約束が果たされることがなくなったんなら、ここに留まり続ける理由はねえよ」





 さあ、ついて来い。バータルはそう言って踵を返し、歩き出す。だが、





「待て」





 と俺はそれを引き止める。その、切り傷のような傷痕を全身に刻んだ後ろ姿を。





「そういえば……その傷痕、妙なところがあるな」


「……何がだ」


「お前はおそらく、この平和な地域では異常とも言えるほどの強さを持ったエクス族のはずだ。――なのに見た感じ、その傷痕には比較的新しいものもあるみたいだ」


「…………」





 バータルは振り返らず、何も答えない。俺は重ねて問う。





「ここには、お前よりも強いヤツがいる……。そうなのか?」


「…………」





 再び無言。つまり――そういうことなのだろう。





「お前みたいなヤツがクエストの対象になっていたのも……そのせいだな?」


「え? ハルト君、それは……どういうこと?」





 セリアさんが尋ねてくる。推測ですが、と俺は前置きして、





「コイツは、この森にいる危険なモンスターから人を遠ざけるために……そのために人を襲って、ここから追い払っていたのかもしれません。ララが、『このクエストではまだ死人が出ていない』と言っていたことには違和感があったんですが……それも、そう考えれば納得できます。――なあ、バータル、違うか?」





 バータルはまだ何も答えない。





俺は思わず軽く笑いながら、





「これもあくまで俺の推測なわけだが――バータル、『ナイスガイ』なお前のことだ、どうせその厄介なヤツを倒して、それからここを出ていこうとでも思ってるんじゃないのか? 違うなら別にそれでいい。でも、もし俺の推測が当たってたなら、俺に――というか、セリアさんについてこい」


「お前は……?」





 と、バータルはようやくこちらを振り向き、





「ブレイクの娘に――いや、こんな弱い女に何をさせるつもりだ? まさか、戦わせるなんてことは――」


「やっぱりいるんだな。お前よりも強いヤツが」





 バータルは狼狽えるように俺から視線を逸らし、ああ、と小さく頷く。





「ヤツは……オレがここへ来て少し経った頃に、どこからともなく現れた。いわゆる『突然変異』ってやつだろう。この森にもアラネア族はいるが、あんなに狂暴で、そして巨大なヤツは後にも先にも見たことがねえ」


「アラネア族……」





 つまり、クモ系のモンスターのことだ。





 割とどこのマップでも出現する、よく見るモンスター――でありながら、『名を持つ者』、いわゆる『中ボス』としてその地域に君臨していることも多いそれである。





突然変異……。なるほど、中ボスはそういう位置づけになるのか。まあ、確かにそうとしか言いようがないよな。





 納得しながらそう考えていると、バータルは焦れったそうに再びこちらへ尻を向ける。





「無理はするな。別れたっていう妹も、オレが捜しておいてやる。だから、オマエらはさっさとこの森を出ていけ。とにかく、この森に長居をするのはあまりにも危険だ。ヤツはオマエらの手に負えるような――」





 メキメキ……ドシンッ……!





 不意に、木が薙ぎ倒されるような轟音がやや遠くから響いてきた。その音は重なるように連続しながら、どうやらこちらへと近づいてきている。





「ヤツだ……! おい、解ったな! オマエらは早くここを離れろ!」





 バータルはそう言い、躊躇う様子もなく音のほうへと疾走していった。





「セリアさん」





 ええ、とセリアさんは頷き、





「もしかしたら、ララちゃんが危ないのかもしれない……! わたし達も行きましょう!」





 墓石の脇に置いたカゴもそのまま、バータルを追って走り始めた。





 ――ララ……無事でいてくれよ!

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