その罪、万死に値する。part1
「返事はない……ですが、あの中からララの話し声が聞こえます。だから、たぶん無事のはずです」
俺はスキル《超聴覚》で二人の小さな声を聞き取って、それから驚きながらセリアさんに尋ねる。
「と、ところでセリアさん、今のは……?」
鋭い氷の矢を放つ、黒魔法アイスアロー。
つい先程その魔法を放ったのは、俺ではない。セリアさんだった。
しかも《アイスアロー》を放つ直前、氷属性の魔法を無効化するバリアまで、あの木が折り重なった中に正確に展開していた。
――セリアさん、こんな強力な魔法を覚えてたのか……?
いや、違う。もしそうなら、セリアさんが始めて俺を被った時に、俺はその魔法を《学習》していたはずだ。なのに、今、
『白魔法アイスバリア――ダウンロード成功』
俺がこの魔法を《学習》できたということは、セリアさん自身も今しがたこの魔法を習得したということだ。
だが――なぜ? 今レベルが上がったってわけでもないのに……。
そう考えて、俺はとある仮説を思いつく。
もしかして……セリアさんは自分自身をも騙していたのか?
自分にはきっと何もできない。いや、絶対できるはずがない。そう思い込んでいたことで、エルフの血ゆえに既に習得していた魔法を、自分の奥深くに封じてしまっていたのか?
だが、追い詰められたこの状況が、そのセリアさんの眠っていた力を引き出させた……のだろうか? なんの根拠もない推測だが。
「ララちゃんから離れて……」
その負い瞳で大グモを睨みつけながら、これまで聞いたことのない、敵意を露わにした声でセリアさんが言う。
そして、前へ突き出した両手の前に再び《アイスアロー》の気配を漂わせるが、
「っ……」
膝から力が抜けたように、その場に崩れ落ちる。
「セリアさん、大丈夫ですか!?」
大丈夫、とセリアさんは顔を苦しみに歪めながら立ち上がり、再び両手を前へ出す。
「ダ、ダメです。セリアさん、無茶しないでください!」
《アイスバリア》と《アイスアロー》は、MP消費の高い高度な魔法だ。エルフゆえに使うことができる――否、使えてしまうのであろうその魔法は、今のセリアさんにはあまりにも負担が大きすぎる。が、
「それじゃダメなの!」
セリアさんは怒鳴るように言い、その両手から再び複数の《アイスアロー》を放つ。鋭い氷の矢は大グモに命中し、うち一本が甲殻を突き破ってその身体に打ち込まれる。
「わたしは、もう……後悔したくないの」
「後悔……?」
「わたしは……わたしはこれまで、色んな人に守られてきた。そして、わたしはそれに甘え続けてきた。『どうせ何できないから』。『足を引っ張るだけだから』。そんな理由をつけて……みんなに辛さを押しつけてきた。でも――それじゃいけないの。変わりたいの、わたしは」
「セリアさん……」
俺は思わず言葉を失って、それからハッと気づく。
「もしかして、そう思っていたから、ダミアンの時もあんな危険なことを……」
セリアさんは頷いて、その眉間の皺を深める。
「でも、あの時もまた守られてしまった……。わたしが、ちゃんとみんなの――ララちゃんの気持ちを考えていなかったから……」
だけど、とセリアさんは、よろめきながら起き上がる大グモを青火のような瞳で睨みつける。
「今は考える必要なんて何もない。今度こそ、わたしがララちゃんを守る。お父さんとも、そう約束したから……!」
言って、再び《アイスアロー》を放とうとするが、やはり再び崩れ落ちてしまう。そして、そんなセリアさんに追い打ちをかけるようなことが起こる。
失われていた大グモの足が、瞬く間に綺麗に生え替わったのだ。新品の足が、その根元から勢いよく飛び出してきたのだった。
「嘘……?」
セリアさんの表情に絶望が浮かぶ。
大グモは足元にいるララとバータルよりも、こちらを先に処理すべきと判断したらしい。巨大なたき火のような形に折り重なっている木々から下りて、こちらへと向かってくる。
俺、クモ苦手なんだよな……。あのわきわき動く足が苦手で、見てると全身が痒くなってくる。
ってわけで、さっさと片づけちまおうか。
「セリアさん」
セリアさんは強い。この状況でもまだ諦めず、逃げようともせず、歯を食いしばって立ち向かおうとしている。
俺はその心意気に胸が熱くなるのを感じながら言う。
「ここから先は引き受けます。あとは休んでいてください」
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