アルバの森part3
――コイツは……!
たぶん、いや絶対に間違いない。コイツがクエストのターゲット――『黒雷のエクス』だ。
数多くの戦いをくぐり抜けてきたことを思わせる、傷痕だらけの黒い肌、サリアさんの髪よりもやや黄色がかった金色のたてがみ、そして身長二メートル近くはあるベランジェの頭上からこちらを見下ろす、その巨大な体躯。
アルバの森に棲み着いたエクス族のモンスターとは、間違いなくコイツのことだ。
おそらくは気配を殺すスキルを持っていて、それを使って誰にも気づかれずここまで接近してきたのであろうことからも俺がそう思った直後、そのモンスターはベランジェの髪を容赦なく食はみ、そして勢いよく顔を横へ振る。
「ぎゃあっ!」
ベランジェはお手本のような悲鳴を上げながら地面を転がり、そして自分を見下ろす巨大なエクス族を見上げて、
「ひっ――ひいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」
情けない声を上げ、転びまろびつしながら一人で逃げていった。セリアさんを振り返ることなど、全くなく。
身体がデカいだけの、何かと悲鳴を上げる情けない男だ。
が、あんな小者のことなんてどうでもいい。問題はコイツだ。まあ、俺の《神層学習》のスキルがあれば相手ではないはずだが……。
とは思っても、まるで重戦車のような馬に、間近から血走った目で睨み下ろされれば、思わずうっと狼狽えてしまう。
いやいや、ここで尻込みしてどうする。俺はそう自分に鞭打って、
「セリアさん、大丈夫。落ち着いて、ここは俺に任せ――てっ?」
「あの……助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと、セリアさんが唐突に頭を下げた。
なぜ頭を下げる!? しかも馬に!? 俺は慌てて、
「セ、セリアさん!? 何してるんですか、早く離れて! コイツは言葉が通じるようなヤツじゃありません!」
「でも、いま助けてもらったのだし、お礼はちゃんと言わないと……。あ、そうだ。おやつのサンドイッチがあるので、お礼にこれでも……」
腕に下げていたカゴから弁当箱のような箱を出し、その蓋を開けながらモンスターに差し出す。
礼儀正しいにも程がある! 俺は慌ててスキル《広範囲防御》をセリアさんの前に展開しながら、
「ダ、ダメです、セリアさん! モンスターに食べ物なんて――」
「わ……」
と、馬が口を開いた。
わ?
「わ……ワリィ、ちょ、ちょっと急いで走ってきたから……少し休憩させてくれ……!」
そう確かに言った。モンスターが、人の言葉で。
「なっ……?」
モンスターが……喋っただと? 馬鹿な。そんなことは聞いたことがない。他のゲームではそういうこともあるが、この『ダーケスト・ヘヴン』はそういう世界観じゃなかったはずだ。
「大丈夫ですか、水、飲みますか?」
いやいや、セリアさん、あなたはちょっと驚かなさすぎじゃないですか? それとも、もしかして、この世界のモンスターは普通に喋るものなんですか?
ああ、いや、それはないはずだ。俺はララに拾われるまで色んなモンスターの唾液やら何やらにまみれてきたが、アイツらは人の言葉なんて話していなかった。
だが、今ここにいる馬はというと、
「いや、気遣いは結構。オマエこそ大丈夫だったか? 何やら男に襲われていたようだったが……ケガはないか?」
「は、はい、お陰様で……」
「そうか、そりゃよかった。……フッ、このナイスガイがオマエのような美女を助けられなかったとなれば、末代までの恥になるからな。安心したぜ」
と、馬は金色のたてがみをふぁさりと美麗になびかせて白い歯を見せる。なんなんだ、この馬は。
「ん?」
馬は何かに気がついたように、セリアさんを見つめる。
「んん? んんんんんっ?」
驚いたように目を見開きながら、その大きな長い顔を近づけてくる。
もしかして、コイツ……俺に気づいたのか? と思ったが、
「長い耳を守るようなその兜の形……もしかして、オマエはエルフ族か?」
「は、はあ。半分、その血が入っているようですが……」
「や、やはり! ってことは、オマエはあの時のブレイクの娘か!」
え? と今度はセリアさんが驚く。
「あなたは……父を知っているんですか?」
「知っているも何も、あの野郎と一緒にオマエをこの地に運んできたのはこのオレだ。が、まあ憶えてなくても無理ねえか。何せあの時オマエはかなり幼かったし、オレはまたすぐにブレイクと旅に出たからな。――ところで、妹は元気にしてるか? アイツもオレがサーマイズ近くまで送り届けたんだが……」
「は、はい、妹も――ララちゃんも元気です。ここへも一緒に来たんですが、さっきはぐれてしまって……」
「それは、あの落石の場所でだな。――ふむ、解った。ならば、オレの背に乗るがいい。オレが妹の所まで送り届けてやろう」
「おい、ちょっと待て」
と、俺。
「勝手に話を進めるな。その前に訊かせろ。お前は一体何者だ」
「なんだ? 今のは、この兜が喋ったのか?」
馬が再びこちらに顔を近づける。真っ黒な鼻はうっすらと濡れて、チクチクしそうなヒゲがまばらに生えている。生々しいから寄ってくるな。
はい、とセリアさんが頷いて、
「でも、兜ではなくて――いえ、兜なんですけど兜ではなくて、この中には『ハルト君』っていう人が入っているんです」
「人が? そんなバカな――アダッ!?」
「近い。鼻息を吹きかけるな」
俺は弱い電撃を馬の鼻にお見舞いする。と、馬は鼻先をブルブルと振ってから、
「な、何しやがる!? このナイスガイな鼻に傷がついたらどうしてくれる!」
「そんなことはどうでもいい。それより、俺の質問に答えろ。お前はエクス族だろ? なのに、どうして人を助ける?」
「それは……恩があるからだ」
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