アルバの森part4

「恩?」





 ああ、と馬はまだ鼻をムズムズ動かしながら、





「ああ、そうだ! オマエら姉妹がいるってことは……まさかブレイクも一緒に来てるのか!? ヤツはどこにいる!?」


「……解りません」


「解らない?」


「はい。父はもう十年近く前に里を出て行って以来、戻ってきていません。既にどこかで命を落としたという噂も出ていて……。わたしも、つい最近まではそう――」


「死んだ……だと?」





 よろめくように後ずさりながら、馬は目を剥く。





「あ、ありえない! あの野郎が……ブレイクが死んだなんて、そんなことがあるはずがねえ! あの男はたとえマグマに落ちようが無傷で帰ってくるようなヤツだ! そんな男が――」


「だから近寄るなって言ってんだろ」





 黒魔法ギガフレイムを極小で放つ。





「あぎゃあああああああああああああああっ!? オレのたてがみが! ナイスガイなたてがみが燃えるっ!」





 馬はブンブンと首を振って火を消して、





「おいテメエ、いい加減にしろ! オレの命より大事なたてがみに――い、いや、今はそれよりもだ! 本当なのか、おい! あの化け物が……ブレイクが死んだってのは!」


「わたしにもよく解りません。でも、ハルト君が言うには、まだどこかで生きていると……」


「そ、そうか……ああ、そうだよな、オレもそう思うぜ。アイツがそう簡単に死ぬはずがねえ。ってか、さっき言ってたのはマジなのか? アイツはもう十年近くも前に、また旅に出たと……?」


「はい、本当ですが……」


「バカな。アイツはオレと一緒にここへ来た時、『また旅に出るまで、ここで待っていてくれ』ってオレに言ったんだぞ? 自分からそう言っておきながら、一人で旅に出ていくなんて……そんなことがあるのかよ?」


「さ、さあ……」





 と曖昧に返すしかないセリアさんに、俺は小声で言う。





「セリアさん……ところで、どうします? こいつが目的のモンスターですよね? 俺とララが旅に出るには、コイツを討伐して報酬を得る必要があるわけですが……なんていうか……」





 かつてはブレイクの仲間で、なのに置いてけぼりにされた可哀想なヤツで、しかもセリアさんを助けてくれた恩人である。こうして会話をして、否が応にも情が湧いてしまったというのもあるし……クエストだからといって、今さらコイツを殺すというのは精神的に厳しいものがある。





「ええ……」





 同感らしく、困った様子のセリアさんに俺は続ける。





「でもコイツ、ギルドに討伐依頼が出されるってことは、何か人を困らせることはしてたんですよね?」


「そうは見えないけれど……」





 それも同感だ。ナイスガイだのなんだのとうるさいヤツではあるが……俺の目にも、コイツが人を無闇に襲うようには見えない。





 となれば……ここはもう正面から訊いてみるしかないか。





「おい、馬」


「あん? それはオレのことか? オレの名前は『馬』じゃねえ。オレ様には『バータル』ってれっきとした名前があるんだぜ」


「そうか、それは悪かった。じゃあ、バータル、一つ訊きたいことがあるんだが……その前にセリアさん、クエストの張り紙をバータルに見せてやってください」





 俺が言うと、セリアさんはカゴからそれを取り出し、バータルへ向けて広げて見せる。





「これはお前なのか? お前はこれまで、何人もの人を襲ってきたのか?」





尋ねると、バータルはじっとその黒い両目を張り紙へ注いでから、ふと視線を落とし、





「ああ……確かにこれはオレのことだろうな」


「なぜ? なぜあなたが人を……? わたしのことは助けてくれたのに……」


「単純な話だ。オマエを助けてやろうと思ったのは、ここがオレ様のテリトリーじゃないからだ。じゃあ逆に訊かせてもらうが、オマエらは他人にズカズカ家に上がり込まれて、それで怒りもしないのか? ソイツが家で何をしようが、じっと隠れて黙ってるってのか?」





 と、バータルはどこか目を冷たくして言う。





 ……なるほど、そういうことだったか。





と納得できたのはよかったが……これからどうすればいいのか、いっそう解らなくなってしまった。





 自然と人間の共存ならぬ、モンスターと人間の共存。





 そんな共存があるのかという話だが、モンスターのほうが分別を持って自分のテリトリーを守っているのなら、人間もそれ相応の対応をして然るべき――とも俺は思うんだが、どうなんだろうな?





 ここは一つセリアさんの意見も、と俺は思ったのだが、





「あの……少し話は変わるのですが、わたしも一つ伺ってもよいでしょうか?」


「……ん? ああ、なんだ?」


「あなたはもう長くここに住んでいるんですよね? なら、今から十年ほど前に、ここへ一人でやって来た女の子のことを知りませんか?」


「女の子……?」





 意外な質問だったようにバータルはパチパチと瞬きして、それから少し考えるように間を置いてから、





「ああ、いたな。だが、しかし……」


「……大丈夫です」





 どこか気まずそうに言葉を切ったバータルに、セリアさんはか細い声で言う。





「もう……解っていますから。十年も帰ってこなければ、つまりそういうことなんだって……」


「セリアさん……。セリアさんは、もしかして……それを調べるためにここへ?」





 俺の問いに、ええ、とセリアさんは頷く。





「彼女は――クロエはわたしの大切な友人だったの。だから、彼女がどうなったのか……ちゃんと確かめなきゃいけないと思って……」





 なるほど、とバータル。





「つまりは、オマエの妹が冒険者で、クエストを受けてオレを討伐に。そしてオマエはそれに同行して、ここへ友人の最期を確かめに来た、ってことか……」





ふーむ、とバータルは考え込むように鼻息を噴いて、





「……しょうがねえな。バータルの娘だから特別だ、案内してやるよ」


「いいのか? 俺達はお前を討伐しに来たんでもあるんだぞ?」


「だとしても、友人を悼みに来たヤツを追い返すようなマネは、ナイスガイなオレにはできねえことだ。それに、オレはお前達なんぞにやられるようなヤワな男じゃねえよ」





 ああそうかい。でも、たてがみがチリチリの状態でそんなこと言っても全然カッコよくないぞ。





「さあ、長話はここまでだ。ついてこい」





 バータルはニヤリと歯を見せながら常足なみあしで歩き出し、セリアさんと俺はそれに従ったのだった。

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