8-5 舞台裏 後編【動画はすこしだけ】一号の罰




 一号が残したカメラは、もう一号以外のものは映さなくなってしまった。

 確認したら、一号がコタツの上に座って喋っている映像だけが残っている。


 僕たちの声は、一切録音されていない。


 いや……また結構恥ずかしいこと言った気がするから、残ってなくてよかったのかも。

 あの廃病院で三号くんに言っちゃったクサい台詞、きっとこれからも言われ続けるんだろうなぁ……。



「どういう仕組みなんだろう?」


「おそらく、三号たちのなんらかの行動がスイッチになって、兄ちゃんが残したメッセージが再生されるようになっているんだと思います。たとえば、一回部屋に入って出ようとした時にさっきの伝言が流れるようになっていたとか……」


「そっか……。なんでそんな紛らわしいことをするのかな。普通に教えてくれればいいのに」


「……できれば、教えたくないからでしょう」



 三号くんはまだちょっとさっきの弱気を引きずっているのか、消え入りそうなほど小さな声で言う。



「教えたく……ない?」


「本当は、知らないまま……自分のことを忘れて生きて欲しかったんです。ただの行方不明者として」


「そ、そんなこと……できるわけないよ!」



 そうだ。

 だからこそ、僕たちはいま事故物件YouTuberなんてやってるわけだし……。

 でも、三号くんはやっぱり身内だから、一号のことが僕よりよく分かるんだろう。



「分かってます。私も同じです。だけど……」



 か細い声で喋っていた三号くんは一度しっかりと目を閉じて、それからまっすぐに僕を見た。

 色素の薄い瞳で射抜かれると、ちょっとドキドキしてしまう。



「霊感持ちが死ぬと厄介だって、言いましたよね」


「う、うん……、覚えてるよ」


「私たちみたいに霊感があると、生と死の境界が曖昧なんです。小さい頃は、死者と生者の違いが分からない時がありました。霊感なんてなかったら、目の前に肉体が『いる』か『いない』かで、その区別をつけることができるのに」


「言われてみれば……」


「肉体の死が『この世』の死なんです。どう足掻いても。羅睺らごうに魅入られた場合、肉体は器として残ることが多いから……或いは、と思ったんですが」


「えっと……もうちょっと、わかりやすく言って欲しいんだけど……」


「……兄ちゃんは、私たちを悩ませたくなかったんです」


「悩ませ……?」


「兄ちゃんは今、【羅睺らごうの器】として肉体を操られています。それはつまり『この世』でも『あの世』でもない『あわい』に落ちているということ。今までは羅睺らごうから肉体を取り返せば『この世』に帰ってくると思っていましたが……身代わりという条件は呑めませんし、兄ちゃんも望むところではないでしょう。それなら『あの世』に送り出すしかない」


「送り出す……って」


「肉体の破壊です」


「はかい」



 その単語は、驚くほど脳に届かなかった。

 言葉だけが宙に浮く。



「しっかり考えて下さい。浅葱さん、アナタは兄ちゃんの形をしたモノを傷つけるなんて出来ますか?」



 グイ、と三号くんに詰め寄られる。

 彼女の瞳の中に映った僕は、なんとも言えない困った表情をしていた。

 一号の姿形を、どれだけ留めているかによるけど……。

 一号のことを、僕よりも背の高い彼を、たとえばバッドで殴ったり、首を絞めたりとか?

 屋上から落ちたりナイフで刺されただけでもこんなに痛いのに?

 これを、一号に……?


 いや、でも。


 それが、本当に必要なことならできる……?

 それが、本当に大事な人を守るためならできる……?



「兄ちゃんは……本当に、忘れて欲しかったんですね」



 迷いを見透かされたのか、僕の答えを聞かずに三号くんが続ける。



「兄ちゃんを追えば、そのうち身代わりが必要だということが分かります。身代わりを立ててまで助かりたくはなかったし、私たちの手を血で染めてまで『あの世』に行きたくもないということでしょう。理想だけ言えば、ただの『行方不明者』になりたかったんです。兄ちゃんは」


「そ、それなら……僕たちがしてきたことって……」


「無駄。……と、一言で切り捨てることは簡単ですけどね」



 三号くんは部屋の中をぐるりと見渡して、テーブルの上に残された車のおもちゃを動かしてみたり、キッチンの蛇口を捻ったり冷蔵庫を叩いたりしている。



「私も浅葱さんも、ハイそうですか、と兄ちゃんの死を受け入れるなんてできなかったでしょう? 都合の悪いことに、霊感なんか持っているせいで諦めが悪い」


「まぁ……たしかにそうかもね。一号が居なくなった後も、時々気配は感じていたし」



 白い部屋で、時々語りかけちゃったよ。

 だから絶対、あの部屋にいると思ったんだけどなぁ……。



「言葉の説得だけじゃ、ダメなんです。特に私は頑固ですから。自分で行動して、自分で納得しないと、後悔しながら生きることになる……。その為に、兄ちゃんはあえて伝言という形で残したんでしょう。気になるなら探せばいいし、気にならないなら探さなくてもいい。最低限の身の安全はラフィに見守ってもらうことで確保する……。全く、結局兄ちゃんの手のひらの上で転がされていたんですね」


「僕も、そんなふうに思われていたのかな?」


「浅葱さんは単純素直バカで視野が狭いですから、なおさらでしょう」


「悪口じゃない? それ……」


「ただの感想です。その代わり、やさしいじゃないですか。兄ちゃんも、手紙で浅葱さんのことやさしいって言ってましたし……っと」


「ねぇ、さっきからなにしてるの?」


 

 三号くんは棚という棚をほとんど開けてしまって、次は小物に取りかかろうとしている。



「さっきみたいな、兄ちゃんの伝言を聞くためのスイッチがどこかにないかと思いまして」


「スイッチか……」


「浅葱さん、いま、何を考えていますか?」


「何を、って?」


「兄ちゃんのことです」



 両手にビニール製の恐竜を持ったまま、三号くんが聞く。



「……羅睺らごうに操られたままなんて、嫌だよ。せめて、解放してやりたい」


「私も同じです」


「でも……ごめん、今はまだ、一号を壊すことが出来るかどうか分からないんだ。破壊ってその……殴るとか、蹴るとか、そんなことでしょ?」


「バカですね。幽霊相手に物理攻撃が効くわけないじゃないですか」


「そ、そうなの?」


「鍛錬を積んで、体内エネルギーを霊体にぶつけることができる人なら話は別でしょうけど。私たちには無理なので、別のアプローチを探しましょう。兄ちゃんのことだから、私たちが最後まで悪足掻きする展開も見越しているはずです。浅葱さんも、なにかきっかけになりそうな場所を探して下さい」



 確か、一号からもらっていた除霊の札はもうないんだっけ……。

 アレがあれば、もっとどうにかなったかもしれないのになぁ……。



「……ん?」



 一号が座っていたコタツの辺り、やけに埃が舞っている。

 三号くんがさっきからバタバタとあちこちひっくり返しているせいかと思っていたけれど……もしかして。



「浅葱さん?」



 コタツ布団を持ち上げると、そこには溢れんばかりの手紙が入っていた。

 定番の白いものはもちろん、淡いピンクや個性的なキャラクター物やチラシの裏かな? みたいなものまで多種多様。

 束の中の一つを手に取って、内容を確認する。



「えっと……にいちゃんへ。なゆちゃんのおたんじょうびけーきはなまくりーむにいちごがのってるまるいやつをもってき……」


「……ッ!?」



 平仮名ばかりで読みにくかったからつい音読すると、横からすごい勢いで手紙を奪われてしまった。



「なっ……、なんで、コレがここに!?」



 三号くんは顔を真っ赤にして、手紙をグシャグシャと丸めてしまう。



「あっ! だめだよ! せっかくの手紙を……」


『俺から那由多なゆたへの手紙があるってことは、那由多なゆたから俺への手紙もあるってことだよな!!』



 再び、一号のビデオカメラが動き始める。

 カメラを動かすと、さっきと同じようにコタツの上に座っている姿が映った。



那由多なゆたってばビビりだからな〜。毎回俺が送った除霊パワー付きお手紙、すぐに使っちゃうんだよな!』


「え……? そうなの?」



 てっきり、一号からの手紙は一枚きりだと思っていた。

 三号くんは何かを言いたそうに口をパクパクさせているけれど、伝言の一号になにを言ったところで届かないと知っているから、グッと押し黙ってしまう。



『こんなにたくさんやり取りしたのに! ……で、せっかくだから全部集めて俺の力を込めてみました!! これだけあれば、もう大丈夫だろ?』


「ま、まぁ当時は三号くんも小さかったからさ……」


『中学三年生にもなって、ラップ音ぐらいでお札を使っちゃダメだぞ!!』


「えっと……」


「……うるさいですね!!」



 とうとう堪えきれなくなったのか、三号くんが僕を小突いた。



「なにも言ってないよ!?」


「そうですよ! 兄ちゃんからの連絡が途絶えるまで、私は今よりずっと小心者でした!! 兄ちゃんが居なくなったから、しっかりしようと思ったんです! 私だって変わりたかったし、私だって……一方的に、兄ちゃんに、寄りかかって……負担をかけていたんです……っ!! 浅葱さんばかりがお荷物だったなんて、思わないで下さい!!」


「お、お荷物って……!」



 確かにその通りだけれども!



『俺がいなくなっても、お前は大丈夫だよ。てゆーか、たぶん俺がいないほうがお前はしっかりすると思う! あはは!! 俺はちょっと過保護だから! 最後の餞別だよ、なゆちゃん?』


「兄ちゃん……」


『目に見えないものは、幽霊だけじゃないんだぞ?』



 今度の動画は短かった。

 ブツッと一方的に切られた電波はもう戻らない。

 三号くんは無言で手紙を一枚ずつ集め出した。



「僕も手伝……」


「手伝わなくていいです。手紙の内容を読んだら、ひっぱたきますよ……」


「睨まないで!?」


「ハァ……」



 呆れたようにため息をついて、三号くんは落ちてきた髪を耳にかける。



「なんでも知っているようでいて、自分のことだけは分からないんですね」


「誰のこと?」


「……私の周りの全員、と言いたいですが今回ばかりは兄ちゃんです」



 いつもの黒いリュックサックに、丁寧にまとめた手紙をぎゅうぎゅうに詰め込む。

 


「この手紙を使えば、羅睺らごうを封じることができるはずです」


「えっ! じゃあ、一号も……?」


「残念ですけど、兄ちゃんごと消すって意味です」


「そっか……」


「いつも通り、私が細々使うと思ったんでしょうけど……この手紙は、兄ちゃんを羅睺らごうから解放するために使いましょう。いいですね?」


「もちろんだよ!」



 殴る蹴るの暴行をしなくていいのなら、僕としてもありがたい。



「仕方がないので、最後まで面倒見てあげましょう。羅睺らごうでもなんでも、やってやりますよ」



 リュックサックを背負って、三号くんが立ち上がった。

 この家から出る、という合図だ。

 


「だって、家族だから」



 僕も辺りを見渡して、忘れ物がないか確認してからイエローハウスを後にした。







***






「ところで浅葱さん」



 イエローハウスでの回想に浸っていたら、三号くんに肩を叩かれる。



「最近、通帳の数字の増え方がおかしいんですけど」


「えっ!? ちゃんと振り込めてなかった?」


「桁、間違えていませんか?」


「そんなことないよ。ちゃんと二等分してるって」


「あんなにもらえるんですね」


「もらえるっていうか、お気持ちだけどね。一応アルバイトだから」


 最初は手渡しだったけど、だんだん額が増えてきたから口座振り込みに変えた。


 ……実は、三号くんの家に居候させてもらうようになってから、家賃や生活費のつもりで三号くんに多めに支払っている。

 だって、普通に渡しても絶対受け取ってもらえないから。



「YouTuberになってから、兄ちゃんの仕送りが増えた理由が分かりました」


「まぁ、毎月決まった額は振り込めないけどね」


「それでも、不動産仲介業をしていた時より多いですよ」


「やめて!! 今後、まともに働く意欲をなくしちゃう!!」


「……まともに働く気、あるんですか?」



 三号くんがちょっと驚いた顔をしている。



「あるよ!? でも、働くのは……ちょっとまだこわいけどさ」



 病みに病んで不動産屋さんを辞めた過去が一瞬頭をよぎる。

 それを振り切るように、貸会議室を片づけはじめた。来た時より綺麗にしたい。

 三号くんは黒い帽子と黒いリュックサックを身につけて、もうすっかり帰る準備は万端だ。


「私と一緒に、ずっとYouTuberすればいいじゃないですか」


「え〜? それができたら一番良いんだけどね〜」



 そうもいかないだろう。

 この件にケリがついたら、三号くんには未来があるわけだし……。

 あっ、別に自分を悲観してるわけじゃないよ?


 僕にだって未来はある!


 でも、きっとそれはYouTuberじゃないんだろうなぁと漠然と考える。

 やっぱり、僕はYouTuberやるならコンビでやりたいし。



「浅葱さん、帰りましょう」


「ちょっと待って! 今、行くよ!」



 入り口近くで待ってくれていた三号くんと一緒に、会議室を後にした。


 次は一号らしき人物の目撃情報が多発しているラーメン屋だ。

 大丈夫、落ち着いてやればきっと成功する。

 ……霊脈の上に建つ事故物件ってことを除けば。


 どうやら一号の形をした羅睺らごうは、霊脈をたどっているらしい。


 それなら、捕まえやすい。




 一号、キミの思惑通りじゃないのかもしれないけど、僕たちは本当にキミのことが大好きなんだ。


 生前のキミには、正しく伝わらなかったかもしれないけど……。


 全部背負わせてごめんね。

 頼ってばかりでごめんね。



 だから、今を全力で頑張るよ。

 最善を尽くして、キミを救ってみせる。



 キミの妹と、一緒に。




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