5-5 舞台裏 後編【ちょっと動画】一号からの動画



『おっ! ラフィ! 久しぶりだな〜元気にしてたか? えっ? なに? あ〜そっかぁ。アイツら、俺抜きでゴーストイーターやってんだな! ずるいなぁ。俺も後で見よーっと。一言くれって? そうだなぁ……。


コホン。


二号! 三号! って言えばいい?


浅葱〜、なゆ太〜! 久しぶり!


元気そうだな! 俺は死んじゃった!

そんなヘマしないと思ってたんだけどな〜。


しばらく【羅睺らごうの器】としてがんばりま〜す!


うっかりうっかり!

まぁ事故物件YouTuberとしては立派じゃない??



なんてな〜。



まぁ冗談はさておき……。


もうやめろよ、お前たち。


事故物件YouTuberなんて、危ないことやっても意味ないよ。


俺を助けるために危険なことするの、俺はかなしい。

てゆーか、俺はお前たちを危険な目に合わせないためにがんばってたのに!!


浅葱!

お前が自分を好きになれるように、一緒に楽しいことしようってYouTuberはじめたんじゃん!


なゆ太!

お前が家族の中で一番幽霊に好かれやすいから、お前の分まで俺らが引き受けて、さみしいけど遠くのじいちゃんばあちゃんの所に行ってもらったのに!

なんで戻ってきたんだよぉ〜、もぉ〜!!


二人が悪い幽霊たちの餌食にならないように、【羅睺の器】にならないように、色々頑張って励ましてやってきたのに、俺が羅睺の餌食になるって……もう、笑けてくるって。


あはははははは!!



……でも、俺は餌食になって当然の人間だったんだよ。



浅葱、俺の弟は【羅睺の器】になって死んだって話したよな。

俺の生まれ育った家はイエローハウスっていう地元じゃ有名な事故物件でな、家賃が安かったからついずっとそこに暮らしてたんだけど……まぁ結果は知っての通り。

一番弱くて、一番ケガレの溜まっていた弟が連れ去られた。


もう一度、事故物件に現れる羅睺らごうを呼び出して弟を取り戻したかった。


知ってた? 幽霊って人間に認識されると力を増すんだぜ?

……ま、お前たちは知ってるか。

俺が教えたんだもんな。

結構効くだろ?

あえて「信じない」って気持ち。


俺もそう。

基本的に信じないから、俺だけがいくら事故物件を巡っても羅睺は現れなかった。


そこで!!


事故物件の動画をYouTubeで配信すれば、幽霊を信じる不特定多数の目に触れて、羅睺を呼び出すためのケガレが早く溜まるんじゃないかと事故物件YouTuberをはじめたわけですが!!


……弟を取り戻すためには、もうひとつ条件があったんだ。


代わりの【羅睺の器】がいる。

そう、身代わりだ。

だから俺は、コンビを組んだ。



……ここまで言えば、もう分かるよな?



俺はそーゆー奴なんだよ。

だまされた? だまされちゃった??




あはは!!!




えっと……だからその、ごめんな。


ごめんなさい。


……うん。

身代わりが必要だって、気づくのが遅すぎた。

最初から知ってたら、絶対、浅葱のことは誘わなかったのに。


……なんてな。

冗談だよ、冗談。

信じるなよぉ〜? お人好しなんだから。


だから、俺のことはもう忘れてくれ。

俺なんか助けたって、意味ないよ。



なゆ太も、せめてお前ぐらいは普通に生きてくれ。

家族の幸せを願うのは、兄として当然だろ?

離れて暮らすようになってから、あんまり一緒にいれなくてごめんな。

お前の可愛い姿、もっと見たかったよ。



俺は死んだ。

それでいいじゃん。



じゃあな〜!


ルールを守って楽しいYouTuberライフ!

好きなことして、生きていこうぜ!!

俺はもうできないから! あはは!!



ばいば〜い!


あっ!

ごちそうさまでしたっ!!





***




「……こんな感じだヨ。綺麗に撮れてるでショ?」



 動画の一号は最後に両手を胸の前で合わせる『ごちそうさまでした』の形を作り、顔全体をくしゃっと歪めて笑った。


 あぁ、いつもの一号だ。

 間違いない。



「モザイクもかかってないし、途中で崩れたりもしないですね」


「ああ、アレ? 頑張ったんだけど、どうも冥界からのghost動画ってYouTubeにうまくアップロードできないんだよネ。電波って、ghostにsevereだから」


「冥界なんて嘘、やめてください」



 三号くんは毅然とした態度を保っているけれど、ちょっとだけ声が震えていた。

 そりゃそうだ。

 あんなに紛れもなく、一号なんだから。



「本当だヨ〜?」



 スカイプ画面のラフィの背後では、何か白い靄が蠢いている。

 また、別の事故物件に住んでいるんだろうか。



「ど、どうしてコレを最初から僕らに送ってくれなかったんですか……!!」


「せっかくだシ、YouTubeにあげたほうが有名になれるかなッテ。チャンネルの登録者数増やしたかったノ」


「と、登録者数……?」


「こんな活動してると、他人の目が必要な時もあるカラ。ケガレを溜めるには手っ取り早くてイイネ。YouTubeッテ」



 綺麗に整えた髭をゆっくり撫でながら、ウンウン、と自己完結するラフィ。



「そんな理由で……あんな悪趣味な動画、公開したんですか…!!」


「そうだケド?」


「アンタって人は……ッ!」



 パソコン画面に飛びかからんばかりの三号くんを、なんとか押しとどめる。



「三号くん、お、おち、落ち着いて……!」


「Why? イジワルやbad tasteはニンゲンの本能でショ? ニンゲンらしいって褒めて欲しいヨ。ガンバッテルのに」


「落ち着いてなんかいられませんっ!!」


「Mr.二号はgreatな事故物件の情報を提供してくれたし、Ms.三号はボクの【my god】とfriendになってくれたみたいだからネ。特別serviceだヨ。普通はやらないんだカラッ!」


「ラフィ! Ms.三号は失礼だって! 三号くんもMr.だから!!」


「……フフ、信じるも信じないもキミたち次第だからネ。好きにすればいいケド。Mr.一号の言っていたことは本当ダヨ。このままだとキミたち、どっちかを身代わりにしなきゃいけなくなる。ボクは親切のつもりで言ってるノ」


「そうですか……ご忠告ドーモ……」


「ラゴーに連れ去られたヒトって、しばらくすると消えてなくなっちゃうんダ。まだMr.一号の気配はあるけど……時間の問題だろうネ。彼のlittle brotherはもう跡形もないヨ」


「……ッ、この!!!!」


「あー!!!! ラフィ! ラフィ、ありがとう!!! だから今日の所はコレぐらいにしとこう!! うん! またスカイプしよ!? そうしよう!! 三号くんが僕のパソコン壊しちゃう前に!!!」


「ソウ? 夜はまだまだ長いケド……。それなら、またネ〜」


「待って下さい! 浅葱さん!! 話はまだ終わっていませんよ!?」


「ボクもラゴー探してるから、見つけたら教えてネ〜」


「ぜったい、教えませ……むぐっ!?」


「わかった! じゃあね!!」


「バイバ〜イ」



 一方的な会話だったけど、なんとか通話を終えた。



「はぁ〜……緊張した」


「むぐむぐ……」


「あっ、ゴメンね」



 羽交い締めにして口を塞いでいた三号くんから手を離す。

 解放された三号くんは、ズレた黒いマスクを直しながらジロリと僕を睨んだ。



「ハァ……全く。なんで通話切っちゃうんですか」


「だって……三号くん、ラフィの前だとちょっと短気だから。いつも冷静なのに」


「あのヒトの前だと、調子が狂うんですよ……どうにも、生きている人間の気がしないんです」


「そうなんだ……よく分かんないけど」



 僕の目には、ラフィはただのちょっと怪しいお髭の外国人に見える。



「……ところで、三号くん」


「なんですか」


「三号くんって……一号の弟なの?」



 どう聞いても、三号くんのことを『家族』と言っていた覚えがある。



「……それよりも、もっと重要なことを言っていたでしょう」


「いや、そうだけど!! えっ? でも、一号の弟って亡くなったんじゃ……??」


「……二人兄弟だって、一号さんは言っていましたか?」


「言って……ない、ね」


「三号は真ん中っ子なんですよ」


「そうなんだ……言ってくれれば良かったのに」


「三号が一号さんの身内だって言ったら、浅葱さんは気を使ったんじゃないですか? 事故物件YouTuberなんて危ないからやめろって言うでしょう」


「それはもちろんだよ! キミが一号の弟だって知った以上、一緒にコンビを続けるわけには……!!」


「一人で、『ゴーストイーター』できるんですか?」



 三号くんに鋭く切り込まれる。



「うっ……で、でき、ない、です……」


「三号も、一人じゃできないです。心配してくれる気持ちは有り難く受け取っておきますよ。でも今は、身内だろうが身内じゃなかろうが、一号さんを助けたいって気持ちの方が重要なんじゃないですか!? せっかく三号たち、相棒になったのに!!! 身内だからってそんな、つまんない理由で断らない下さい!! 浅葱さんはどう思っているんです? そっちのほうが大事でしょう!? 三号は、アナタと相棒でいたいです!!」



 早口で一気にそこまで喋った三号くんは、言い切ってから肩で息をしている。

 いつも涼しい顔をしている彼が時々見せる感情的な面には、未だ慣れない。

 なんだか必死で、そう、当たり前なんだけど年相応の子供に見えるから戸惑ってしまう。

 いくら大人ぶっていても、幽霊に強くても、彼はまだ十代で高校生なんだ。

 彼にばかり頼っていては駄目だ。

 それと同時に、彼を一人にしちゃいけないと思った。

 きっと、無茶をしてしまうだろうから。



「そりゃ、僕も三号くんとコンビのままでいたいけど……」


「それなら、いいじゃないですか。確かに、三号の兄は一号さんです。それより、どう考えます?」


「身代わりの話?」


「信じますか?」



 三号くんは少しだけ不安そうだ。

 そうだね……身代わり、か。



「正直、よく分からないよ……。もしも本当なら、余計にコンビでは居られないし」


「三号も、そんな条件があるなんて初めて聞きました」


「とりあえず、それに関しては保留でいいんじゃない?」


「保留……ですか?」



 頼むよ。

 動揺するな、自分。



「うん。一号は……そんな奴じゃない。一号とコンビ組んでいた僕が言うんだから間違いないよ。それにもし、身代わりが必要なら、僕がなるし」


「またすぐそうやってバカなことを言う」


「あはは、冗談だよ」


「笑えません」



 三号くんはプイと横を向いて立ち上がった。

 自分の黒いリュックサックを探している。



「じゃ、今度こそおじゃましました」


「気を付けて帰ってね」


「……浅葱さん、この白い部屋に住むの止めた方がいいんじゃないですか?」


「なんで? 家賃安いよ?」


「こんな場所に住んでるから、そうやってどんどん窶れていくんですよ」


「だって、僕が借りておかないと誰かが借りちゃうかもしれないでしょ?」


「それはそうですけど……」


「管理会社が隠していた、この部屋で起きた事件の真相もあと少しで分かりそうなんだ」


「やっぱり、事件でしたか」

 

「表向きは潔白そうなんだけどね。分かったら教えるよ」


「お願いします。それじゃあ、今日はこれで」


「ばいば〜い」


「ばいばい」



 三号くんの後ろ姿を、小さくなるまで見送った。

 後ろから見ると、彼の細い身体はリュックサックにほとんど隠れてしまっている。

 黒いキャップからのぞく金髪は、初めて会った時よりちょっと伸びただろうか。



「なんか、本当に女の子みたいだなぁ」



 ラフィにしつこく間違われるのも無理はない。

 今度、もうちょっと髪を短く切ったらどうかって言ってみようかな。


 

「ふぅ……」



 一人になると、考えるのはいつも一号のことだ。

 ……一号。

 そんなことで、悩んでいたのかい?


 身代わりが必要だなんて……そんなこと、

 それでも良いと思ったから、コンビYouTuberを続けていたのに。


 キミを取り戻すためなら、よろこんで身代わりになるよ。


 だけど……僕は、生きて君に会いたいだなんて思ってしまった。

 もしかしたら、身代わりをたてる以外の方法があるかもしれないと思って方々調べ回っているけれどまるで駄目だ。手がかりがない。



「ハァ〜……」



 でもなぁ、三号くんを身代わりにするなんて、とてもじゃないけどできないし。

 彼が一号の弟なら尚更だ。

 まだ弟がいたなんて初耳だよ。

 妹はいるって聞いたことがあるけど……。

 そう、写真も見せてもらったんだ。

 確か携帯の画像フォルダに……。



「んん……?」



 今は亡き弟を肩車してご機嫌な一号と、その横で一号にしがみついて笑う長い黒髪の女の子。



「三号くんに、似てる……かな?」



 髪色も長さも違うけど。

 なんというか、雰囲気が……?



「ま、兄弟なんだから当たり前か」



 きっと、この写真に写っていないのにも理由があるんだろう。

 聞かれたくないことかもしれないし、無理に聞くのは止めておこう。


 さて、次の動画は『正方形の部屋』か。

 他の住民も多いマンションだから、撮影時間には気を付けないとね。

 一号にはやめろと言われたけれど、それでハイそうですかと頷けるほど一号のことを軽く思っているわけじゃない。


 これは多分、執着だ。


 行き着くところまで行ってやるさ。

 三号くんはどこまでついてきてくれるだろう。

 本当に危なくなったら、逃げて欲しいんだけどな。

 それができないのなら、僕もやり方を考えないといけない。

 これ以上僕を、罪人にしないでほしい。

 

 じゃあ、次の動画でお会いしましょう。


 ばいば〜い。

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