★-4 舞台裏【動画じゃないぞ】ごめんなさい
「うん、オッケー!」
三号くんと一緒に無事アップロードを終えた。
彼と過ごすのはいつも、一号が失踪した白い部屋だ。
今回は過去動画を使わせてもらったから、三号くんもちょっと身体を休めることができたと思う。
動画をはじめてあんなに早く
一号と動画を撮っていた頃は、ずいぶん長くかかってしまったから。
やっぱり、霊感の素質にもよるんだろうか。
三号くんって、クールだけど一号みたいに「自分大好きっ」って感じではないし。
……まあ、僕なんかに心配されたくないだろうけど。
他人のことより自分のことをなんとかしろって感じだよね。
毎日、夢を見る。
一号が消えた時、実は僕もこの部屋にいた。
いつもは1人で動画を担当している一号が、何故かその日に限って
「見せたいものがある」
と言って僕を連れてきたのだ。
毎回一号に任せてばかりだし、たまには僕が動画に出るのも新鮮味があっていいかと思って二つ返事でついて行ったら……。
一号が……。
僕を押しのけて……。
彼の深く切りがちな爪が、ゴツゴツした男らしい指が、日に焼けた腕が、長く伸びた足が、ちょっと外側に反った耳が、切れ長の眼も、形のいい鼻も、広いおでこも、全部……黒い影と……。
だめだ。
これ以上は思い出したくない。
「………」
「浅葱さん? どうしたんですか? 顔色土ですけど」
僕の隣で体育座りしていた三号くんが訝しげに声をかけた。
「土気色ってことでしょ」
動画撮影中に使っていたライオンのハーフマスクを外す。
「僕、そんなに顔色悪い?」
「鏡、ドーゾ」
「……ありがと」
三号くんはいつもの黒いリュックサックから四角い鏡を取り出して僕に渡した。
確かにすごい色だ。
「キミ、鏡なんて持ち歩いてるの?」
「身だしなみですよ。それに、いざというときに役立ちます」
「どんな時?」
「野良幽霊に襲われそうになった時です。鏡を見せると、鏡に映らない自分を自覚して、もう死んでしまったんだと分かってくれるんですよ」
「へぇ、便利だね」
「ただ、それで逆上したり鏡を媒体に強くなったりする幽霊もいるので、気をつけないといけないですけど」
「だめじゃん!!」
「生きている時だって、色んな人間がいるじゃないですか。死んでしまったからといって全員が型に嵌まるわけがないでしょ。型破りな幽霊もいれば、お決まりの幽霊もいるってだけです」
「まぁ、それもそうか……」
「多様性の時代ですよ。本当は、一人一人にあった除霊でもしてあげたいんですけどね。そんなことしてたら三号の人生が足りなくなってしまうので、仕方なく全員に塩をぶっかけることになるんです。あれは最大公約数なので」
「ワイルド……」
「色んな人間がいるって言葉はしっくりきますけど、色んな幽霊がいるって言葉はしっくりこないみたいですね」
「死んじゃえばみんな同じって感じだね」
「違う世界に行くだけですよ。だから『この世』に幽霊はいないんです。たまたま『あの世』から、のぞいているだけです」
「その『この世』と『あの世』の考え方、イマイチ分からないなぁ」
「分かんなくていいですよ。三号だけのおまじないみたいなものです」
三号くんに鏡を返すと、リュックサックしまった。
参考書が三冊ほど見えたから、きっとこれから勉強しに行くのだろう。
「そうだ。三号くん」
「なんですか?」
あまり引き留めるのも悪いかと思って、いきなり本題に入る。
「知ってるかもしれないんだけど……」
「早く言って下さい」
「一号の弟、もう死んでるんだ」
「………」
「えっと、僕も詳しくは知らないんだけどね。七歳になる前に亡くなって、それが一号が会社を辞めてYouTuberになったキッカケっていうか……」
三号くんと一号の関係はよく知らないから、どこまで突っ込んでいいのかわからない。
つい目線が白い床に落ちる。
でもさっき動画を撮った様子だと、知らないみたいだったから伝えておこうと思った。
「……わかりました。それじゃあ、もうその話題については動画で触れないようにしますね」
「うん!」
分かってくれた! と思って顔を上げると、三号くんと眼が合った。
「……え?」
大きな黒いマスクのせいで表情はほとんど読めないけれど、ギュッと眉をしかめて、長い睫毛が震えて……まるで、泣き出してしまうのを我慢しているような……?
「三号くん?」
「なんでもありません。それより、またコメント欄で動画が黒くなっているって苦情があったんですけど」
「あ、ああ、それ? 何故か僕が確認すると普通に流れるんだよね……アプリの問題かもしれないから、ちょっと様子を見ようと思って……」
「そうですか。よろしくおねがいします」
三号くんはそう言って、黒いリュックサックを片手で握ったまま足早に白い部屋を出ていってしまった。
「あっ……気をつけて! ばいばい!」
「ばいばい」と返ってきた彼の声はとても小さくて、僕の耳に届く前にはほとんど消えてなくなっていた。
どうしたんだろう。
触れちゃいけない話題だったのかな……?
「う〜ん……」
僕って三号くんのこと、ほとんど何も知らないんだよな。
一号を助ける間だけの関係だし……あんまり踏み込むのも悪いかと思っていたけど……。
「だけど、相棒……だもんな」
年下の彼が言ってくれた甘い言葉に、背中がむず痒くなる。
相棒か。
こんな僕のことを、そう呼んでくれるのか。
「キミと三号くんって、どんな関係だったんだい?」
一号に聞いてみたけれど、もちろん返事なんてなかった。
こわいくらいに静かな白い部屋に、僕の独り言が沈んで溶けていく。
今日も、一号には会えない。
***
兄ちゃんが消えた白い部屋からの帰り道。
ショーウィンドゥに映る自分の姿に、フと足が止まった。
「………」
黒い服。
黒いキャップ。
黒いマスク。
そして金髪。
まるで別人みたいだ。
鏡を見る度に、自分自身も驚く。
いや、別人になりたかったんだから、これで良い。
長かった黒い髪も切って染めたし、兄ちゃんからもらった可愛い服もタンスの奥に仕舞って、全部黒くて生地の厚いものに変えた。
少しでも強く見えるように。
もう、幽霊に怯えて誰かに守ってもらうだけの自分じゃ嫌だ。
弱い自分は、もう捨てた。
ウスバカゲロウ三号なら、どんな幽霊だって涼しい顔で倒せるハズ。
兄ちゃんの言葉を思い出す。
【なゆ太、いいか?
『この世』に幽霊なんていないんだ!
幽霊が居るのは『あの世』!
お前が居るのは『この世』!
だからお前が怖がる必要はない!!
怖がれば怖がるほど、『あの世』と『この世』が繋がっちゃうぞ〜?
お前はたまたま、繋げやすい性質を持っているだけだから。
なにもおかしい所なんてない!
お前は普通の、可愛い俺の家族だ!
だから、大丈夫。
俺を信じてくれ。
俺もお前を信じる。】
「……よし」
幽霊なんていない。
ハッキリ見えるし感じるし聞こえるし匂うけど、それでも。
【幽霊なんて、いないんだ。】
そう信じるだけで、そう言ってくれた兄ちゃんを信じるだけで。
こわい気持ちが、軽くなる。
違う世界の住人に苛まれるなんて、ひどく馬鹿馬鹿しく感じられる。
もしも失踪したウスバカゲロウ一号が兄ちゃんだと言ったら、浅葱さんはどんな顔をするだろう。
兄ちゃんの失踪についてなんだか責任を感じているみたいだし、きっと気を使いまくって、今までのようにはなれないと思う。
兄ちゃんと浅葱さんの動画、すごく楽しそうに見えた。
自分の前だと頼もしいけど、いつもさみしそうだった兄ちゃんが。
自分も、浅葱さんと相棒になりたかった。
その為には『一号が兄ちゃんである』という肩書きが邪魔だった。
浅葱さんとは、対等でいたい。
だから、兄ちゃんと自分の関係は黙っていようと思う。
……他にも、なんか勝手に勘違いしてるみたいだけど。
失礼な話だよ、全く。
最初に「三号くん」って呼ばれた時に訂正しなかったせいもあるけどさ。
私は二号さんの前で一度も『僕』とか『俺』とか言ったことはないのに。
元々貧相な身体つきだから、仕方ないか。
ま、勘違いしてくれている方が必要以上に心配されなくていいけどね。
目的を達成できたら、その時は勘違いを指摘するかもしれないけど……今はいいや。
失踪した
七歳になる前に亡くなった、かわいそうな
待っててね。
なゆ太が……
そしてまた、一緒に暮らすんだ。
もう、あの頃みたいに二人に押しつけたりなんかしないから。
「……ごめんなさい」
って、今度こそちゃんと言えるかな。
浅葱さんが傍にいれば言える気がするけど……そこまで甘えていいんだろうか。
今はただ、共通の目的のために活動しよう。
えっと、次は『潜入不可能の部屋』だったっけ。
どうやって泊まるんだろう?
そんな部屋に。
ま、その辺りは浅葱さんに任せようっと。
ばいば〜い。
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