2-4舞台裏【動画じゃないです】一号からの手紙
「ハイ、おっけー!」
ウスバカゲロウ一号が消えた白い部屋で編集作業を終えて、アップロードのボタンを押す。
うんうん、ジワジワだけど伸びてるな。
「おつかれさまです」
三号くんは動画編集が終わった途端に首から吊した三角巾を外してしまった。
「あっ! だめだよ〜三号くん! ちゃんと固定しておかないと!」
「別にいいですよ。こんな大げさなの。骨にヒビも入っていないただの打撲ですし」
「いや、僕の責任だよ。本当にごめんね」
「しつこいなぁ。本当は、浅葱さんが二号を庇って足首捻ってるのに」
「えっ!? そっ、そんなことないけど????」
「……嘘つくの、下手ですね」
「あはは、よく言われるよ。まあ、サムネイル的にはインパクト出たでしょ? 三角巾って」
「動画に身体張らなくてもいいじゃないですか」
三号くんは呆れたようにため息をつく。
黒いマスク越しだからわかりにくいけれど、相当大きなため息だと思う。
「ん〜……でもさぁ、僕がちょっと身体を張ることで視聴者さんが増えて、たくさんのケガレがこの部屋に溜まればいいと思わない? 一号に早く会えるかも」
「……確かに、不特定多数の人間の目に多く触れることでケガレは早く溜まりますけど。そんな考えだと、仮に一号が帰ってきても代わりに浅葱さんが連れ去られてしまいますよ」
それは、別に構わないんだよ。
僕みたいな、マトモな社会人としてたった4年しか働くことができなかった人間よりも。
きっと一号みたいな、なんでもできて明るい人間の方がこの世に求められている。
僕は必要とされていないんだ。
一号が消えて僕が残るなんて、そもそも間違っている。
その間違いを正すだけだよ、三号くん。
……以前そんなことを三号くんに言ったら、頭を思いっきりグーで殴られてしまったので二度は言わないことにする。
でもね、僕は本当にそう思っているんだよ。
一号がいなかったら、僕は今頃死んでいたはずなんだ。
車が突っ込んできた時も特に恐怖はなかったし、得体の知れない身元不明の三号くんのことを特に詮索しないのだって、一号のいない世界に執着がないからだと思う。
「………」
黙り込んでしまった僕の脳内をジッと見透かすように、色素の薄いきれいな瞳を縦に細めて三号くんは言った。
「お詫び」
「えっ?」
「怪我のお詫び、してくれるんでしょう?」
「もちろん! 何が良いかな? あんまり高いものは無理だけど……」
「じゃあ、コレ」
三号くんは立ち上がって黒いリュックサックの中からコンビニの袋を取り出した。
「わっ」
そのまま投げて座ったままの僕に渡す。
「それ、あげます」
中身はクッキーやゼリーの形をした栄養補助食品だった。
それぞれ3つずつある。
「食べて下さい」
「えっと……キミへのお詫びなのに僕がもらって良いのかな?」
「食べたくないのに食べることを強いているんですよ? 罰ゲームみたいなものです」
「ちゃんと食べてるよもぅ〜。もうおじさんだからね、貧相にみえるのかもしれないけど……」
「嘘です」
黒いキャップの下から三号くんの鋭い視線が僕を射抜いた。
うん。
そうだね。
嘘、ついてるよ。
だって本当のことなんて、言えないじゃないか。
「浅葱さんは嘘が下手くそだって、さっき言ったことをもう忘れたんですか」
「三号くん……」
「食べないと、人間は死んでしまうんですよ」
「ごめん……」
「味がしなくても、食べて下さい。三号だって、浅葱さんがいないと『ゴーストイーター』の活動はできないんですから」
「いや、僕くらいの編集技術ならそこら辺に転がって……」
「浅葱さん!! いい加減にして下さい!!!」
三号くんは一件目の事故物件で「うるせぇ!」と怒鳴った時と同じぐらいドスのきいた大きな声を出した。
「ヒエッ!」
「あのですね……三号だって、浅葱さんと一緒だからYouTuberやろうと思ったんです」
「えっ?」
「誰でもいいなら、浅葱さんみたいな中途半端な人間に声かけないですよ」
「うぐっ……」
三号くんは膝を折って僕と目線を合わせる。
黒いマスクの隙間からのぞく白い肌は僕よりもずっとぴかぴかで張りがあって……こんなに年下の彼に諭されるなんて、情けない。
「……もう、馬鹿なこと言わないで下さいね」
「わかっ、た……」
僕がしっかりと頷いたのを見届けると、三号くんは僕に背を向けて黒いリュックサックを背負った。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。そろそろ時間なので」
「あっ、うん……気をつけて!」
「ばいばい」
「ばいば〜い……」
扉が閉まる。
僕は白い部屋に一人取り残されてしまった。
半ば強引に押しつけられたコンビニ袋から伝わる微かな重さと冷たさが僕を責めるようだ。
三号くんは不思議な子だから、ひょっとしたらなんでもお見通しなのかもしれない。
僕のこの、浅はかな考えだって見抜いているのかもしれない。
僕と一号の関係だって。
その上で、僕に生きろと言う。
「それはちょっと……残酷じゃない?」
僕からこぼれ落ちた呟きは、誰にも聞かれないまま白い部屋に溶けてしまった。
***
「……浅葱さんに、境界標を持たせない方がよかったな」
塾に行くまでの途中で、そんな考えが頭をよぎる。
あの幽霊は境界標に執着していたから、浅葱さんを囮にしてやろうと思って渡したけど、あそこまで生に執着がないとは思わなかった。
少しでも生にしがみつく気持ちがあれば車に気づけたはずだ。
つい、手を出して助けてしまったけれど……。
「怪我、させちゃうし」
そんなつもりじゃなかったのに。
結局、突き飛ばしたのに庇われちゃうし。
いつもはノロいのに、その時だけやけに俊敏な動きだったし。
「……兄ちゃんが気にかけてた理由が分かるな」
黒いマスクが鬱陶しい。
はぎ取って近くのゴミ箱に捨てた。
「ふぅ……」
黒いパーカーのポケットに手を突っ込んで、最近いつも持ち歩いている手紙を取り出す。
【なゆ太 へ
元気か?
俺は元気だぞ!
最近、事故物件に一日だけ泊まってYouTubeで動画配信するアルバイトはじめました!!
YouTuberデビューです!
いえ〜い!^^
すごい?
これで、YouTubeに繋げばいつでも俺の姿が見られるぞ!!
よろこんでくれ。
しかも、友達ができたんだ。
俺の元同僚なんだけど、勤めてる時はそんなに仲良くなかったのにな笑
ネガティブで暗くって後ろ向きな奴なんだけどさ〜
良い奴なんだよ。
やさしいんだ。
こんな俺にも。
浅葱って名前なんだけど、ソイツとコンビ組んでます!
昔、なゆ太が怖がってたユーレイ系の動画になるから、気が向いたらっつーか俺に会いたくなったら動画見てくれよな!
あと、俺になんかあったら浅葱のこと頼む。
アイツならたぶん大丈夫だろうけど、落ち込むだろうから。
まぁそんなヘマはやらないけどな!!
俺だし!!!
高校の入学式の写真送ってくれてありがとう!!
また一段と可愛くなったな!
お前なら俺のことわかってくれるって、信じてるぞ。
俺もお前のこと、信じてるからな。
がんばれよ】
「………」
何度も目を通した文面だから、あっという間に読み終わってしまう。
それでも、読み直さずにはいられない。
大事な兄ちゃんからの、最後の手紙だから。
兄ちゃんが友達の話をするなんて珍しい、と思っていたらこの手紙を受け取った直後に音信不通になってしまった。
手紙に書いてあった『ゴーストイーター』という単語でYouTubeを検索して、出てきたのがあの男。
アイツのせいで兄ちゃんが……と最初は憎い気持ちもあったけど、実際に交流を持ってみると浅葱さん……浅葱優斗はたしかにお人好しだった。
それと同時に、不器用な人間だと思う。
しかしまだ、兄ちゃんが言うほどの人間か?という疑問がある。
動画の中では必死にテンションあげてるけど、本当は根暗な匂いがプンプンする。
自分がそうだから、よくわかる。
でも兄ちゃんはなんの考えもなしに無茶をするような人間じゃない。
きっと、なにか兄ちゃんを助ける手段があるはずだ。
【浅葱のこと頼む】
この一文がなかったら、自分は一人で兄ちゃんを探していただろう。
だけどもしも一人なら、たぶん無茶をしすぎてしまったと思う。
兄ちゃんのことだから、自分のこんな性分を見抜いて浅葱さんとコンビを組ませるように仕向けたのかもしれない。
「兄ちゃん、待っててね……」
殺しても死なないような兄だから、本当に死んだなんて思っていない。
とは言え、簡単に救出できるような状況だとも思っていない。
自分に出来ることは、日々の生活を続けて動画を積み上げるだけだ。
そうすればきっと、兄ちゃんを助ける道が開ける。
あと、浅葱さんのことも勝手に死なないように見張っとかないとな。
放っておいたら死んじゃいそうだし。
一緒じゃないと、YouTuberできないし。
一応、庇ってくれたし。
それに兄ちゃんが選んだ人なら、たぶん大丈夫だろう。
「……よし」
もうすぐ塾が見える。
頭を切り替えて、ゆっくりとひとつ瞬きをすると目の前を蠢いていた魑魅魍魎たちが一瞬で消え去った。
普通の人は、いつでもこんな視界なのか。
「……ズルいよなぁ……」
自分は精神統一してようやく三時間くらいしか、幽霊を遮断できないのに。
まあ、この力のおかげでYouTuberできているんだから、役に立つこともあるものだ。
次は『いつでも死ねる家』だったかな。
次回もよろしくお願いしますっと。
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