惚れ薬を開発中の悪役令嬢、実験に失敗して偶然にも万病に効く良薬を作る。だが、その薬は突如ムラムラする副作用のある強烈な媚薬でもあった

桜草 野和

短編小説

「ああんっ。あっ、ああーんっ」





 街の至る所から、愛し合う男女の声が聞こえてくる。


 夜道を散策すれば、野外でお楽しみ中の男女と遭遇することも珍しくはない。


 白昼でさえ、私の作った薬のせいで、ムラムラを抑えられずに、教会、花屋、図書館、場所を選ばず愛し合う男女たちがいた。





 子供ができても父親が誰かわからない女が増えた。寝取り、寝取られ、そこら中で殺し合いが行なわれるのも日常茶飯事だ。


 もちろん、子供たちの教育上、極めてよくない状況である。





「エリサ、1年以内にムラムラを抑える治療薬を作らなければ、お主を処刑する」





とウインナー国王に言われてしまったのも無理はない。





 せっかく処刑を一度は回避できたのに……。











 1年前ーー





 婚約者の伯爵子息ロイドと結婚するために、言い寄ってくる女どもに毒薬を飲ませていた(さすがに死なない程度の量にしていたけど)ことがばれてしまい、私は処刑されることになっていた。





 そこで一晩だけ家に帰ることを許された(そのために国王や側近たちの相手をしてやった)私は、起死回生の策として、ロイドや国王をはじめ、屈強な男や権力者たちが私のことを好きにならずにはいられない惚れ薬を開発することにした。





 ところが、実験は失敗してしまった。


 部屋の外で見張っていた兵士に、キスをして口移しで薬を飲ませたのだが、私の命令を何でも聞くほど惚れ込むことはなかった。


 キスをされて、普通に私のことが好きになっているようではあったが、逃がしてくれるほど熱を上げる様子は見受けられなかった。そして、その兵士はドタッと倒れた。どうやら毒薬を作ってしまったようだった。





 威張っているくせに、アレは大したことのない連中(国王に至ってはウインナーサイズだ)の命令で処刑されるのかと思うと、私は物心ついてから初めて本物の涙をこぼした。何度も流した嘘泣きの涙と違って、その水滴は熱かった。そう感じた。


 この私が相手をしてやったとき、あまりの気持ち良さに驚いた顔を見せ、すぐに終わり、誰一人私を満足されることができなかった連中の命令で処刑されるなんて許せない。





 せめて、道連れにしてやれたら……。





 私は迎えに来た兵士に、





「不老長寿の薬よ。ウインナー……国王様に献上して」





と失敗作の薬を渡した。せめてもの抵抗だ。私からもらった薬をウインナー国王が飲むわけがない。だが、可能性はゼロではない。ウインナー国王や、馬並みロイドが薬を飲んで死ぬ姿を想像しながら処刑されることができる。








 牢獄に閉じ込めらていると、聞いていた日より早く、外に連れ出された。


 処刑が早まったのか? もしかして、ウインナー国王が薬を飲んで死んだのか? だとしたら最高だ。





 少しでも期待した自分がバカだった。ウインナー国王はピンピンしていた。むしろ、以前より元気になっている気がする。


 処刑する前に、また私に相手をしてほしくなったのか? だったら望むところだ。噛みちぎってやる。





「エリサよ、でかした。褒めてつかわす」





「えっ?」





 褒められることをした覚えはない。





「お主からもらった薬を、病にかかっていた囚人に飲ませてみた。すまんのう。てっきり毒薬だと思うてな。そうしたら、囚人の病がみるみる治ったのじゃ」





 そんなバカな。口移しで飲ませた兵士が倒れた薬だぞ。





「不眠症で困っていた兵士も、エリサに口移しで薬を飲まされてから、毎日快眠できるようになったそうじゃ」





 この私が人の役に立つものを開発してしまったのか?





「それでな、病弱な我が娘、ロゼリッタにも飲ませたら、すっかり元気になって、『イールナー王国』の王子との結婚が決まったのじゃ。これで我が国『ウイルニア』を脅かしていた『レオラーマ王国』も手を出してこれまい」





 つまり、私はすぐに終わるウインナー国王が喜ぶことをしてしまったのか? 最悪だ。最悪すぎる……。あまりの悔しさに舌を噛み切ろうとしたとき、





「この度の働きに免じて、エリサ、お主を無罪放免とする」





 私は処刑を免れることになった。





「さっそく邸宅に帰り、あの薬を量産するのじゃ。万病に効く、あの奇跡の薬を」





 ならば、言われた通り、あの薬を作ってやろう。そして、隙を見て、毒薬を混ぜ込み、お前を含め私を処刑しようとした連中を殺してやる。








 それから私は、万病に効く奇跡の薬『エリサリーネ』(エリサの恵という意味)を、これでもかというほど作った。





 公爵の父上も私のご機嫌をうかがうほどの富を築き、人々に感謝され(嬉しくなどない)、馬並みロイドともよりを戻し、もう一度婚約するムードになっていたときだった。





 『イールナー王国』の王子と結婚したロゼリッタ王女が衛兵たちとお楽しみのところを見られてしまい、即刻処刑されたという知らせが飛び込んできた。





 さらには、街の女たちが、突如ムラムラに襲われ、男を欲しがるようになった。


 聖職者のシスターでさえ、ムラムラを抑えられずに、街の至る所から、





「ああっ。あ……あひっ……ああんっ」





と男女が愛し合う声が聞こえるようになった。売春宿は必要なくなり、あっという間に次々と廃業した。





 やがて、ムラムラに襲われる女たちは、私が作った奇跡の薬『エリサリーネ』を飲んだ者たちだということがわかった。





 万病に効く『エリサリーネ』は、突如ムラムラに襲われるという副作用がある強烈な媚薬でもあったのだ。











 で、





「エリサ、1年以内にムラムラを抑える治療薬を作らなければ、お主を処刑する」





とウインナー国王に言われてしまったというワケなのだ。


 1年もの時間をくれたのは、ウインナー国王もムラムラに襲われる女たちと楽しんでいるからに違いない。





 もうすぐ約束の1年が経とうとしているが、『エリサリーネ』を飲んだ女たちのムラムラを抑える薬を開発できずにいた。





 それというのも、試しに私自身『エリサリーネ』を飲んでみたら、ただでさえ好きなほうだった私は、ムラムラをとても抑えることができず、男どもを食べることに時間を費やし、治療薬をろくに開発できなかったのだ。


 余談だが、馬並みロイドを超える男が2人いた。その内の1人は、私が口移しで『エリサリーネ』を最初に飲ませた兵士だった。


 その噂はたちまち広がり、今では女たちに迫られ、また眠れない日が続いているようだった。早く私の助言通り、1回銀貨3枚の料金をとるようにすればいいのに。








 時は来た。私は、女たちと楽しむことに夢中になり、油断しきっていたウインナー国王に、





「アレが立派になる薬です」





と言って、毒薬をプレゼントした。





 そして、ウインナー国王と再会することはなかった。








 国王死去の隙をついて、『レオラーマ王国』がのこのこと『ウイルニア』に侵略して来た。


 レオラーマ王国の兵士たちは、たちまち『エリサリーネ』を飲んだ女たちの標的となった。


 レオラーマ王国の兵士たちはすっかり、戦争よりも女たちに夢中になった。そして、自分の女を寝取られたウイルニアの兵士に次々と殺され、生き延びた者は我先に撤退して行った。





 結果的に『エリサリーネ』の副作用が国を救った形になり、私の処刑はまた免除されることになった。











 15年後ーー





 『エリサリーネ』には、もう一つの副作用があることがわかった。


 『エリサリーネ』を飲んだ女たちが生んだ子供たちは、全員が美男美女に育ったのだった。


 しかも男は全員馬並みで、女たちはプルンプルンの巨乳だった。





 『エリサリーネ』のムラムラを抑える薬を開発できなかった私は、完璧な避妊具の開発に成功していた。


 そして、ウイルニアでは、避妊具を使用した場合は、浮気にならないということが法律で定められた。


 今では安心して、ムラムラを我慢することなく、男女が街の至る所で愛し合っている。





 世界中から、観光客の男たちが押し寄せるようになり、経済も潤っていた。





 その功績が認められ、私は新国王の妃となっていた。


 一部で反対する声もあったが、新国王はとにかく私にベタ惚れで、周囲の声など気にせず私と結婚した。


 幸い新国王は、亡きウインナー国王とは違い、ロイドよりも立派なものをもっていた。





 もちろん、新国王にはようやく開発できた惚れ薬を飲ませた。


 誰も信じないだろうけど、私は私なりに新国王を愛している。だから、新国王が浮気したら、その時は迷わずに毒殺する。だって、愛って、そういうものでしょ。





「ああっ、ああんっ。……んんっ、あひっ、ああーんっ」





 あなたもぜひ、我慢せずに男女が激しく愛し合う王国『ウイルニア』に遊びに来てくださいね!

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