四季の見たもの

卯月

 一年が終わり、新しい年が始まる日です。

 今日一日だけは、春でも、夏でも、秋でも、冬でもありません。

 四人の精霊たちは、日頃は誰か一人が必ず世界中を飛び回っていますが、毎年この日は全員で集まって、お喋りを楽しむことにしています。


   ◆


「そう言えば、こんなものを見たわ」


と言ったのは、春の精霊でした。

 萌えいづる緑のドレスを身にまとい、ふわふわの淡い茶の髪をした精霊は、可愛らしい声で喋ります。



 お姉さまたちもご存じのとおり、わたしの仕事は、暖かい南の風を吹かせて、雪を溶かすこと。大地に緑を芽生えさせ、花を咲かせること。


 でも、都よりも北の青湖せいこ地方では、やっと雪が溶け始めるかというころだったわ。

 ほとんど雪に覆われている森の中を、小さな弓矢を持って袋を背負った子どもが一人、歩いていたの。

 年は十歳くらいかしら? みすぼらしい身なりをした、男の子でね。家に、病気のお母さんがいるのよ。まだ、獲物になるような動物の少ない時期なのだけれど、少しでも何か手に入れられないかと、探しにきたのね。

 そしたら、その男の子は、何を見つけたと思う?


 死体よ。


 樹にもたれるように座った姿勢ですっぽり雪に埋もれていたのが、上のほうだけ溶けて、顔から胸までが表に出てきたのだと思うわ。ちょっと珍しいくらいに見事な金髪の持ち主の、若い娘。

 死体としてはまだかなり綺麗なんだけど、男の子はびっくりして、尻餅をついたの。そうしたら、地面に着いた手が、何かを触ったみたい。

 辺りに散らばっていたのは、木製品の残骸と、小指の先くらいの赤い石。拾った手の上で、日の光を浴びて、鈍く輝いていた。

 男の子は目を丸くして、石を見つめていたんだけれど……それから、急に手を握りしめてね。パッと立ち上がって、慌てて村のほうへ駆け戻っていったわ。

 あの石、売れたのかしら。



   ◆


「そう言えば、こんなものを見たわ」


と言ったのは、夏の精霊でした。

 深い藍のドレスを身にまとい、まっすぐ長い銀の髪をした精霊は、鈴を転がしたような声で喋ります。



 お姉さまたちもご存じのとおり、わたしの仕事は、大地を暑く照らして、植物の生長を促すこと。夜には爽やかな風を吹かせ、心地よい休息をもたらすこと。


 一年で昼が一番長く、夜が一番短い日のことよ。

 その年、新たに夫婦となる若者たちに対して、その夜に村全体、町全体で婚礼を行うところが多くて。毎年、どこの婚礼の儀を見ようか楽しみにしているのだけれど、今年は西の商業都市にしたのよ。前の夏にそこを通りかかったとき、許婚いいなずけを待つ若い娘を見たものだから。

 彼女の許婚は、何年間か、都へ宝飾職人の修行に行っているのですって。帰ってきたら結婚するのだと言って、他の娘たちに冷やかされながら、月明かりの下で自分の婚礼衣装に丁寧に刺繍を施していたの。あの衣装はどうなったかしら、って気になったのよ。


 見事な出来栄えだったわ! 真っ白な長いベールの裾の、豪華な金糸の刺繍。もちろん、それをまとっている娘も綺麗で、幸せそうだったけれどね。

 小さな青い石の額飾りは、許婚が都から持ち帰ってきた石で細工したのですって。娘の黒い髪に、とても良く似合っていたわ。その地方では、花嫁は青い物を身につけると縁起が良い、という風習があるのよ。

 許婚も、赤毛長身の美男子で、見つめ合っては笑い合って、間違いなく、あの夜の婚礼で一番美しい二人だったわね。

 こんな夜に、人々の上に月の光と星の光を投げかけるのは、とても楽しい仕事だと思うわ。



   ◆


「そう言えば、こんなものを見たわ」


と言ったのは、秋の精霊でした。

 鮮やかな朱のドレスを身にまとい、枯葉色の髪をした精霊は、深く穏やかな声で喋ります。



 お姉さまたちもご存じのとおり、わたしの仕事は、世界を彩り、作物に実を結ばせること。木々に葉を落とさせ、やがて来る寒さに備えて眠らせること。


 そんな、本来ならば冬越しの準備をしていなければいけない時期に、東の村から都へやってきて人を探している、白髪交じりの老人がいたわ。

 彼の娘が、都の商家で奉公をしていたのだけれど、今年の正月に、村に帰ってこなかったんですって。夏にも帰ってこなかったから不審に思って、意を決して、都の勤め先を訪ねてきたらしいの。

 そうしたら、その娘なら去年の、冬になる少し前に店からいなくなったって。何なら代わりに借金を返せって、けんもほろろに追い返されてね。


 可哀想な父親は、道ゆく人を捕まえては娘の特徴を話して、姿を見かけなかったか、何か知らないかと聞いて回るの。他に取り柄はないが、美しい長い金髪だけは自慢の娘だ。祖母から受け継いだ、幸運を司るふくろうの御守りを大事にしていて、肌身離さずいつも持ち歩いている、って。

 もちろん、誰も彼の娘のことなど知らないし、興味もない。邪魔だ、って突き飛ばされて、通りに転がって、娘の名を呼びながら、おいおいと泣くのよ。

 それでも、いつまでもそうしているわけにもいかないから、父親は肩を落として、自分の村へと帰って行ったわ。

 そんな後ろ姿に、肌寒い風を吹かせないといけないのは、少しだけ気が咎めるわね。



   ◆


「そう言えば、こんなものを見たわ」


と言ったのは、冬の精霊でした。

 純白のドレスを身にまとい、やはり真っ白な髪をした精霊は、氷のように冷え冷えとした声で喋ります。



 あなたたちもご存じのとおり、わたしの仕事は、冷たい北の風を吹かせ、大地を雪で覆い隠すこと。全てを真っ白に凍てつかせること。


 あれは一つ前の冬の、始めごろね。

 都から北に向かって歩く、旅の若い男と女がいたの。

 会話によると、二人は結婚の約束をしていて、女を男の故郷へ連れて行く途中だったようね。都では、周囲に男と女が交際していることを隠していたけれど、これからは堂々と一緒にいられる、と女が嬉しそうに喋っているの。

 その割には、男が選ぶ旅路は、人目につかないほう、人目につかないほうへと進んでいくのだけれど。

 青湖せいこ地方の、雪の積もり始めた森の中にさしかかったところだったわ。


 男が、女の首を絞めたの。


 女も抵抗したのよ。もみ合ったときにお互いの帽子が脱げて、女の長い金髪が激しく宙を舞っていたんだけれど、すぐに動かなくなったわ。

 ぐったりした死体を、樹にもたれかからせるように座らせると、男は懐を探る。


 出てきたのは、木製の鳥。

 右目に赤い石、左目に青い石がめこまれた、ふくろうの飾り物よ。


 ハンマーで男が飾り物を壊すと、赤い石がどこかに飛んで行った。でも、そちらには関心がなかったみたいね。多分、さほど価値のない石なんでしょう。

 青い石だけを大事に拾うと、背の高いその男は死体を雪で隠して、赤毛の頭に自分の帽子を被りなおして、来たときとは別の道で森を出て行ったわ。

 かなりの美青年だったから、女も甘い言葉で口説かれて、騙されたのかもしれないわね。



Fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四季の見たもの 卯月 @auduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ