第6話 当日①
着慣れない服に息が詰まる。
襟首がキツすぎるのか、それとも緊張か。
扉の前で手にしたモノの位置を確認し、聞こえないように小さく咳払い。
俺の後ろでは、女性たちがキャッキャしながら音が出ないように小さく拍手したり、ガッツポーズをとったりしている。
彼女たちなりの応援なのだろう。
俺は再度小さく咳払いし、襟首を正した。
そして、目の前の扉を開く。
緊張の一瞬。
俺は、開け放った扉から一歩前に力強く踏み出す。
扉を開け入った先は、眩しいほどの光に包まれていた。
真っ白な壁に薄い水色のカーテン。
窓は開け放たれており、冬口の冷たい風が流れ込んできている。
天気は最高。雲一つない空が窓から見えており、差し込んできている日差しは柔らかに辺りを照らしていた。
真っ白な部屋の真ん中。
同じく真っ白なベッドの上には、少し照れたような微笑みを浮かべた、彼女が座っていた。
今日、この日の為に、全てが準備された彼女の姿は、ほんのり光を放っているかのように儚げだ。
レーヨンとレースでフンワリとこしらえられた可愛らしい真っ白なドレスに身を包み、薄化粧が施された顔は、そのままでもいつもとんでもなく可愛いのに、更に可愛さに磨きがかかっている。
彼女は扉から登場した俺の姿を見て、一瞬目をまん丸にして驚く。
いつもと違う姿の俺に、最初誰だか分からなかったんだろう。
そりゃそうだ。なんせ俺、真っ白なタキシード着てるんだから。
しかし、すぐに俺だと気づいたのか、花が綻ぶかのように驚き顔が笑顔へと変わる。
彼女は、いつも俺が来た時と同じように、その細い両腕を伸ばして俺を
「どうしたの? その頭と格好」
彼女は眩しそうに笑いながら、目の前に跪いた俺の頭を撫でる。
俺の頭──彼女がいつも見ていた長い髪をバッサリと切り、ワックスでイケメン風に整えられた髪──を楽しそうに触った。
「この間切ったんだ。やっと、目標達成したから」
彼女にとっては、短髪の俺が珍しいんだろう。
髪と俺の顔を交互に触りながら、ふふふと可愛く含み笑いをしている。
「目標って?」
ベッドに座る彼女と、その前に跪いて彼女と視線を合わせる俺。
ドキドキしながら、左腕に抱えたソレを彼女に差し出した。
「これを……君に作る為に……」
緊張で、『君』の部分の声が裏っ返ったのはご愛嬌。
「君への、たっ……たたっ……誕生日プレゼントっ……」
ダメだ。噛みまくった。
なんで今日ぐらい決められないんだ俺。
でも、心配なんだ。
こんなものをプレゼントされて、気持ち悪く思うんじゃないかって。
重いんじゃないかって。
これをプレゼントすると決めた時から、俺はずっとその事が気掛かりで、毎日胃痛で吐きそうになっていた。
コレを作った佐藤が、部屋の入り口で俺たちを見ているのが分かる。背中に痛いほど視線が突き刺さってるから。
きっと、いつも通り腕組みして、ぶっすりとした顔で見ているんだろう。
「あけていい?」
箱を俺から受け取った彼女が、ソレを膝の上に置き蓋に手をかける。
俺が頷くと同時に、彼女はなんの躊躇もなく、ソレの蓋を取り去った。
俺は、緊張でその様子を見られず、視線を落としてずっと自分の膝を見つめる事しか出来なかった。
「わぁ! 凄い!」
彼女の素直な喜び声が上がる。
キャッキャと笑いながら、彼女は箱からソレを取り出した。
「着けていい?!」
「もっ……勿論っ……」
そう返答しながらも、やっぱり俺は顔を上げられなかった。
似合っていなかったらどうしよう。
サイズが合わなかったらどうしよう。
色んなネガテイブ思考が頭の中を駆け巡り、俺は吐き気を催してくる。
「どう?! どう?! 似合ってる?!」
彼女は、俺の両頬を両手で挟んで上を向かせる。
それに合わせて顎を上げ、俺は目の前にある彼女の顔を恐る恐る見た。
天使がいた。
フワフワにゆるくウェーブがかったボブの髪に、ほんのり頬をピンク色に染め、潤ませた目を眩しそうに細めて、俺の顔を満面の笑顔で見下ろしている。
俺がプレゼントした──フルウィッグを被った天使が。
「似合ってるっ……凄く可愛いっ……」
俺が、その感想を無理やり絞り出すと、入り口付近に立っていた女性達──看護師たちから歓声が上がる。
「
「俺が作った」
「凄ーい! 天才!」
「そう、俺、天才」
看護師たちと佐藤が後ろでワキャワキャと盛り上がっていた。
「ねぇ、これってもしかして……」
彼女──
「そう、俺の髪の毛で作った。ただ、俺のだけじゃ足りなさそうだったから、他の人にも協力してもらった。会社の先輩とか」
「そうなんだ! ありがとう! すっごく嬉しい!!」
「あと、後ろにいる佐藤が、ソレ作ったんだ。アイツ、職人なんだ」
「ありがとう、佐藤さん!」
「どういたしまして」
ぶっきらぼうなそんな佐藤の声に、非難げに振り返ると、佐藤は眩しそうに目を細め、見たこともない優しい微笑みを顔に浮かべながら
「笑顔、プライスレス」
そう、呟いた。
それまでずっと黙って部屋の片隅に立っていた俺の姉──
催促されて、俺はタキシードの襟元を正した。
「
緊張のあまり喉が詰まって、上手く声が出せない。
その瞬間、また姉から足に気合の一撃。
それに勇気付けられ、俺は大きく息を吸い込んだ。
「俺の
叫ぶかのようなそんな俺の声に、彼女──
「ありがとう! 私の王子様!」
その言葉に、俺は腰砕けになりそうになる。
しかし、まだ終わりじゃない。
最後の仕上げにと、俺は
姫抱っこされた
「さあ行こう
「このまま?!」
「そうだよ。もうここには戻って来ない。二度と!」
俺のその言葉に、
しかし、何かを吹っ切ったかのように
「うん!」
力強く頷いて、また強く俺の首へとしがみついた。
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