第5話 二日前
久々早く仕事から帰れた日のこと。
1Kの小汚いアパートの自宅にて。
ウキウキしながら、コタツの上にミニコンロと食材を既に詰め込んだ一人用の小さな土鍋をセッティングして火をつける。
傍らには、氷にウォッカとソーダ、そして三日月カットにしたライムを配置。
これで、立ち上がることなく夕飯&晩酌を楽しめる。
コタツに足を突っ込んで、さぁ(独り)鍋パーティの始まりだ! と意気込んだその時、電話がかかってきた。
姉からだった。
一気にテンションがダダ下がったのは、姉が苦手だからではない。たぶん。
「もしもしリョーマ? 私よ私。今電話平気? あのさ、ちょっと言い忘れてた事があったんだよね」
電話に出ると、名乗りもせずに突然話し始める姉・
オレオレ詐欺かよ。
『今電話平気?』と尋ねながらも返答を聞きもしない。
俺が今平気じゃなかったらどうすんだろ。
というか、そもそも相手が俺じゃない可能性とか考えないのかな。
もしかしたら、俺の彼女が、手が離せない俺の代わりに出てるかもしれないじゃないか。
彼女いないけど。
姉は相変わらず、俺の予定は御構いなしにマシンガントークを始めてしまう。
「明後日の予定だけどさ、前倒し出来る? ってか、して。時間変わったの」
「えっ?! ちょっと待って! もともと十時の予定だったじゃん! それより前?!」
「そう、九時ね。時間厳守。遅れたら殺す。死体も残さないから完全犯罪よ。大丈夫、七年経ったら失踪宣告して保険金は受け取ってあげるから」
意味わからん。特に言葉の後半。その情報、いる?
よくこのブッ飛んだ姉が結婚できたものだ。
しかも、姉から出て来たとは思えない可愛い娘もいるってんだから、神様の采配は理解できない。
旦那に似てくれて、マジ天使の今度十歳になる俺の姪っ子。彼女の為なら、俺は何だって出来る。
姉の遺伝子が半分も入ってしまっているとは思えない可愛さだ。ま、俺のもちょっと入ってるけど。
「俺は構わないけど、他の奴の都合が……」
「そんなんアンタがなんとかしなさいよ。これは命令でもあるの。いい? 分かった? 分かったら返事」
「分かったよ……」
「違う! 『イエス! マム!』よ!!」
「なんで軍隊式?!」
このイカれた姉が大好きという、イケメンで俺の倍以上の年収を稼ぎ出す旦那がいるってんだから、人の好みは千差万別。十人十色。蓼食う虫も好き好き。
だから、きっとこんな俺をも愛してくれる、素敵で可愛く愛くるしい女の子もきっといる筈なんだ。
いや、絶対いる。
いてくれ。
お願いだから。
「私の方の準備は出来てる。久々のレイヤー魂に火がついたわ。完璧よ。
だから、当日失敗するかどうかは全てアンタ次第。失敗したら、身体中のあらゆる骨を全部粉砕して軟体生物にしてやるから覚悟しなさい。では、健闘を祈る!」
「は……いや、イエス! マム!!」
「よろしい! じゃあね!!」
ブツッ
電話は突然切れた。余韻というものも、姉・
画面が消えたスマホを食い入るように見つめ、俺は明後日の事を考えた。
失敗したら、殺される前にショックで死ねる。
ショックで死ななくても姉に殺される。
デスORデッド。
どのみち死が待ってるって事か。
グツグツ煮立って水分がなくなりグダグダになった一人用鍋を見つめながら、俺は明後日の事で戦々恐々とするのだった。
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