第4話 二ヶ月前
住宅街のど真ん中に、普通の一軒家のように見えるその工房がある。
古い一軒家を購入してフルリノベーションをしたらしい。持ち主自身が自分で。
とある飛び抜けた才能の持ち主というものは、その他の複数の才能も持っているらしい。
一つでいいから分けてくんないかな。
中学生からの腐れ縁のような友人──佐藤のその工房へ直接赴いたのは、その時が初めてだった。
友人の仕事には、それまで殆ど興味がなかった。そもそもの繋がりが仕事とは全く別次元だし、業種そのものも関わりあう事が全くない。
たまたま、仲間内の飲み会で俺がとある話をした時に、佐藤が自分の仕事の事を初めて口にしたのだ。
数奇な縁とは、この事か。
「作成には……まぁ早くて一ヶ月半ってとこかな」
元はリビングか何かだったであろう、比較的広い部屋の真ん中に置かれた木製の作業台。
その上に広げられた様々なカタログを前に、友人の佐藤は腕組みしつつ椅子に座り、何故かクルクル回りながらそう呟いた。
横に座る俺は、その言葉に頭の中のカレンダーをめくる。
その日まであと二ヶ月ちょいある。
間に合いそうだ。
「ありがとう、助かるよ」
なんとかなるという算段がついて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そんな俺にイラっとしたのか、佐藤は丸めたカタログでパコンと俺の頭を
「本来、本人でサイズを確認しなきゃいけないんだぞ。俺の腕だから出来るんだからな。ありがたいと思え。敬え。崇め奉れ」
無精髭に不摂生してるコケた頬、なのにガッチリとした肩幅に無駄な上腕二頭筋。濃紺の作務衣を着て頭には薄汚れたタオルを巻いた姿の佐藤を、どう敬い崇め奉ればいいのか正直分からないが……
実は尊敬している。
変わり者だけど尊敬している。
俺と同じアラサーで、会社勤めをせず自分の腕一本で工房を構えた、いわば職人である。
尊敬以外できない。
それに、突然の俺からの依頼にも、嫌な顔はしなかった。
それが本当にありがたかった。
「あ、でさ。代金の事なんだけど……」
俺は、最も重要なその話を最後に持ち出す。
傍に置いていた鞄に手を突っ込み、封筒を取り出した。
クルクル回っていた佐藤が、その動きをピタリと止める。
腕組みしたまま、俺の事をジッと睨んでいた。
「一応ネットで調べてみたんだけど、なんかピンキリでよく分からなかったから……取り敢えず、百万用意してきたよ」
俺は、封筒から取り出した帯付き百万円の札束を、作業台の上に置いた。
佐藤の目つきが変わる。
眉間に深い皺が二本も出来た。
「あっ……もし足りなかったら追加費用請求してくれ。後日用意するからさ」
恐る恐るそう告げる俺から視線を外し、佐藤は百万円の束を拾い上げると、帯を外し手慣れた様子で枚数を数え始めた。
ドキドキしながら、俺は佐藤の次の言葉を待つ。
彼は札束を二つに分けると、分けた分厚い方の札束を手にして
「おらよっ!」
俺の左頬をビンタした。
札束で!
ビンタされた!
俺の子供の頃の夢が一つ叶ってしまった。
こんなタイミングで叶うと思わなかったが。
俺が訳もわからず左頬をさすっていると
「手付金として十貰う。完成品納品時に、更に十貰う。それだけでいい」
ぶっきらぼうに佐藤はそう吐き捨てる。
俺の頬を
「材料はお前が調達してきたんだし、そもそも百万もかかんねぇよ馬鹿」
佐藤のその言葉に、俺は嬉しさを感じながらも封筒は受け取らない。
「作業費は? 雑費も。もっとかかるだろ。ネットで調べた時、俺が欲しいモノで二十万以下のものなんて殆どなかったぞ」
友人に作成をお願いするからといって、無理な費用は俺も嫌だ。無理してまでやって欲しくないし、そもそもそれじゃあ仕事にならない。
俺は『仕事として』佐藤に依頼したかった。
しかし佐藤は、封筒を作業台の上に置いて、また椅子でクルクル回り始めてしまう。
「これが今の俺の相場だ。あと、その場に俺も立ち会わせろ」
「いやいやいや! 立会いは無理ってか……無理!あと、世間の相場で受け取れって!」
「いらない。最後の調整も必要だし、どのみちその場には行く。それがプロの仕事」
「プロなら正規代金取れよ!」
「ヤダ」
「ヤダじゃねぇよ! 子供かっ!」
「見たいんだ。その瞬間。俺はその瞬間を見る為に仕事してるから」
佐藤のその言葉に、俺は喉を詰まらせる。
佐藤が、ピタリとその動きを止めた。
真っ直ぐに俺の目を見つめて
「笑顔、プライスレス」
そう言い放った。
そして、ニヤリと笑う。
「しっ……CMかっ!!」
咄嗟にそんなツッコミしか出てこない自分にガッカリしつつ、
カッコイイ生き様の佐藤に惚れそうになりつつ、俺はその場は諦めて、封筒をカバンの中にしまうのだった。
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