第178話
汀怜奈のホテルから、パトカーに何人か乗り合わせて、向かった病院は、グラナダ駅に近い『ホスピタル ルイス デ アルダ』であった。
汀怜奈は早速、5階にある外国人対応の診療室にエレベーターで誘導され、怪我の処置を受ける日本人旅行者と現地のドクターの通訳を受け持った。
日本人には多少顔が売れている汀怜奈ではあったが、まさかこの事態でこの場所に、あの天才ギタリスタ村瀬汀怜奈が居合わせるとは誰も思っていなかったし、とにかく自分の怪我の方が重要なので、汀怜奈はあくまでもボランティア通訳として扱われ、そして彼女もその任務に励んだ。
無我夢中で通訳として体を動かしているうちに、気づくと夜になっていた。来た時と同様、パトカーでホテルに戻り、ベットに倒れこむと、疲れのあまり着替えもせずにそのまま眠ってしまった。
翌朝、汀怜奈が起きだしてフロントに確認したが、やはり交通網はストップしたままだ。今日もここで足止めとなった。
一通り各所へ連絡すると、汀怜奈は手持ち無沙汰にベットに転がる。そして考えた。昨日病院へ誘導してくれた警官は、もう来なくても大丈夫たとは言っていた。でもホテルにじっとしていても仕方がない。彼女はフロントへ電話しタクシーを呼んでもらい、自力で病院へ行った。
病院のスタッフとは昨日の働きで、すでに顔馴染みになっていたので、挨拶をすませると早速通訳の仕事についた。昨日と比べて、患者数もだいぶ落ち着いてきたようで、大方の日本人患者の治療処置も済んでおり、汀怜奈の通訳の仕事も午前中には終わった。
さてホテルに帰るかと、病院のエレベーターを待ったがなかなか来ない。汀怜奈は、仕方がないので、階段で降りることにした。しかし、そこで汀怜奈は信じられない光景を目にしたのである。
ちょうど3階のフロアに降りてきた時だ。そこは、各部屋が開け放たれ、ベットとはいわず病室の床、通路の床、その一面に薄い毛布が敷かれ、大地震でケガをした現地の住民たちが、所狭しと横たわっているではないか。付き添いの家族もふくめ、そこはごった返していた。汀怜奈は、今回の地震の被害の大きさをあらためて認識して、呆然と立ち尽くす。
「セニョリータ…」
汀怜奈はスペイン語で呼ばれて我に返る。
見ると、老婆が腕を汀怜奈に差し上げていた。その老婆の腕に巻かれた包帯は崩れており、地震で起きた火災で受けたやけどの肌が露出しかかっていた。大勢の患者さんがいて、医療スタッフの手が足りない。老婆が、汀怜奈に求めていることはすぐわかった。
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