第175話

 汀怜奈は災害の大きさを知ると、慌ててスマホから母親に電話をかけ、安否を報告した。


 日本時間では午前2時頃だ。電話でたたき起こされた母親は、汀怜奈の話しを聞いて飛び起きた。


「でも汀怜奈さん、無事でなによりですけど…なんでそんなところにいるの?」


 母親の質問にも答えず電話を切ると、次はフロントに電話だ。

 帰国予定の交通事情を確認するためだ。何度鳴らしても電話に出ない。きっと各部屋からの電話が殺到しているのだろう。業をにやした汀怜奈は、外着に着替えてフロントへ向かった。案の定、フロントでは、ホテルマンが電話の対応で大忙し、汀怜奈が直接尋ねても返事が返ってくるのに時間がかかる。


 仕方なくフロントロビーのソファーに腰掛けて、ホテルマンの回答を待つことにした。ソファーに座っていると、不思議な感覚を感じた。こんな非常事態であるにもかかわらず、暖かな優しい視線を感じる。それが、さっきからずっと汀怜奈に注がれている。彼女は思わずその感覚がやってくる方向へ目を移した。

 汀怜奈はホテルの玄関に不精ヒゲこそ伸びているが、精悍な顔つきをした青年を見た。


「佑樹さん…」


 汀怜奈は思わず立ち上がった。そんな彼女に気づいて、青年は外へと出て行った。


 本能的に汀怜奈は青年を追った。青年を追ってホテルの玄関から、外へ出ようとした瞬間。スペインでは聞きなれない日本語があたりに響き、彼女の動きを止めた。


「外へ出るな」


 見ると、一回り逞しくなった佑樹が、自転車にまたがって汀怜奈を見ていた。その凛々しく美しい体躯に、汀怜奈は思わず息を飲んだ。


「いま外へ出るのは危険です。無事ならそれでいいんです」


 佑樹はそう言うと、自電車のペダルを蹴って、丘の上の工房に戻っていった。

 口調はあの告別式の時と同様、冷淡なものだった。しかし根本的なところが違う。言っているコトが、あまりにも優しいのだ。


「なんですの、久しぶりにお会いしたのに…」


 汀怜奈はそうひとりごちながら、その視界から消えるまで佑樹の背中を見つめていた。

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