第172話
「弟子?」
「ええ、セニョリータ・ムラセと同じ日本人で…でも、結構出来る奴なんです…だめですか?」
「いえ…そんなことはないです…そのお弟子さんは今どちらに?」
「ああ、今は木材の選定で山へ行ってます。明後日には帰ってくる予定ですが…」
「そうですか、そうですか…」
佑樹はやっぱりここで頑張っているんだ。汀怜奈の顔に自然と笑が浮かんだ。
汀怜奈は明日ホテルをチェックアウトして、帰国しなければならない。修理後のギターの送り先をマルティン氏と確認した後、工房を出た。
どれほどの時間を工房で過ごしたのか、あたりはもうすっかり夕方になっていたので、バルで休みながら一杯やろうと考えた。夜も更けて満天の星空の下で、ライトアップされたアルハンブラ宮殿を眺める。脇でジプシーの二人組がフラメンコギターを、バルの客に披露している。軽快なギターの音色をBGMに聞きながら、まるで夢のような気持ちになった。
佑樹がここで頑張っている。師匠にギター材の選定を任されているくらいだから、師匠にもだいぶ信頼されているに違いない。もともと、器用で耳のいい佑樹のことだ。それは、当たり前の事なのかもしれない。今日会うことはできなかったが、ここで佑樹が頑張っていることが知れただけで十分だ。
会いたいという気持ちは収まらないけれども、今日はこれで満足しよう。またどうしても会いたい衝動が爆発したら、ここにギターを修理しに来れば良いのだから。
バルをチェックすると、汀怜奈はさくらんぼほどの小さな満足感を口に含みながら、アルバイシンの丘を下りて行った。
坂の途中でアルハンブラ宮殿を眺めると、宮殿の方から吹いてくる風が夜になって少し肌に冷たく、とてもとても心地よかった。
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