第160話
「ええっ…ここで、またそれ…」
「おじいさま、失礼ですが、実家に帰ることが本当におばあさまの願いだったとお考えでいらっしゃるのですか?」
大粒の涙で興奮した汀怜奈のモノの言いように、石津家の面々は身が引き気味になる。汀怜奈は、佑樹から差し出されたティッシで、音を立てて鼻をかむ。そして深呼吸をして気を落ち着け、話し始めた。
「おばあさまの本当の願いは、おじいさまが、おばあさまを慈しみ愛する気持ちをいつまでも引きずらないように、ストップをかけたかったのではないですか。おじいさまが自分を愛する気持ちがわかるがゆえに、自分がいなくなったあとのおじいさまと子どもたちのことを心配されて…」
「どういうこと?」
首をひねりながら佑樹が汀怜奈に尋ねた。
「ご自身への愛する気持ちをストップさせて、おじいさまに新しい気持ちになっていただいて、新たに出会った方とともに、子どもたちを大切に育んでいただきたい。それが、おばあさまの本当の願いだったのではないでしょうか」
しばらくの沈黙の後、佑樹の父親が反抗するように、珍しく強い口調で汀怜奈に言った。
「血も繋がっていない先輩さんに、なんでおふくろの気持ちが分かるんですか」
「血とか関係ありません。女性の気持ちはみなさんよりだいぶ分かっているつもりです」
「いくら先輩さんが、女にモテルからって言っても…」
「確かに言うとおりかもしれん」
おじいちゃんが強い口調で食さがる息子をたしなめた。
「佑樹の先輩さん。息子も始めて母親のことを知って、さすがに気が動転しているようだ。許してやってくれ」
おじいちゃんは優しい眼差しで、佑樹の父親を見つめた。
「ママのことは、先輩さんの言うとおりかもしれん。ただ、それを最初からわかっていたとしても、自分の生き方が変わっていたとは思えん。ママへの気持ちをストップさせるなど、とうていわしにはできんから」
おじいちゃんは、今度は優しい眼差しを汀怜奈に注ぐ。汀怜奈がその眼差しに勇気を得て問うた。
「作りかけのギターはどうされたのですか」
「完成させたよ。そうそう、トップ板の裏に『ストップ札』を貼り付けたっけ。なんだかそれがママへの供養だったような気もしてな…」
「そのギターはどこにあるのでしょうか」
「そのギターを見ると身重のママを思い出してしまう。持ち回るのも辛いので、工房においてきたよ」
「そうですか…」
おじいさまとおばあさまの愛が詰まったそのギター。ぜひともそのギターを抱いてみたかったと残念に思った。
「どうやら、自分の体力も顧みず長話しが過ぎたようだ。最後に佑樹の先輩にお願いがあるのだが…」
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