第159話

「今更、カミングアウトかよ…」


 佑樹の父がポツリと言葉を漏らした。


「ああ、お前が気にするかと思ってな…。お前は案外気が小さい息子だから…」

「そんなこと…」

「いいか、ママはお前の命と引換えに、自分の命を絶ったわけじゃない。事故だったんだ。そして、たとえどんな事故が起きようと、お前が生まれることは、ママにとっても、わしにとっても幸せなことなんだ」


 佑樹の父親を見るとその瞳には涙を浮かべているようだった。そんな親子を見つめていると、汀怜奈の瞳も思わず潤んできた。


「ところでさ、じいちゃん。その…あばちゃんの願いの御札ってなんだったんだい」


 こんな家族愛に満ちた話しにも、ただひとり冷静な佑樹は、じいちゃんに話しの続きを催促する。


「ああ、しばらくしてママの残した言葉を思いだして、化粧箱から御札を取り出したよ」

「なんて書いてあった」

「それがな…」


 おじいちゃんは当時を思い出すかのように遠い目をした。


「ストップと書かれた札だった…」

「何それ?」

「いやな…まだ十代のママがな、言い出しづらいだろうから、婚約期間中、自分や京都が嫌になったら、出してもいいとわしが渡した『ストップ札』だった」

「どう言う意味?」

「これをわしに出したらな、訳も愛想も要らず、千葉の実家に返してやるという約束だった」

「おばあちゃんは、実家に帰りたかったのかな」

「ああ、そうかもしれん」

「それからどうしたの」

「…ヤスエと生まれたてのお前の父さんを、わしひとりで育てるのも難しいだろ。千葉のママ実家のところへ行き、ママの兄さんがやっている事業を手伝うことにした」

「京都には帰らず?」

「ああ、ママの希望でもあるからな。左手にヤスエ、右手にママの骨壷、赤ん坊を背負って千葉の実家を訪ねた。その時のママの母さんのびっくりした顔が今でも忘れられん」


 おじいちゃんの顔がわずかに微笑んだ。


「おふくろは、おやじと京都や久留米で暮らしながらも、本当は実家に帰りたかったんだな」


 佑樹の父が感慨深げに口をはさんだ。そのことばに頷く石津家の面々を見て、汀怜奈に変化が起きた。


「うわぁー…」

「ど、どうしたの…先輩」


 突然大粒の涙で泣き出した汀怜奈に佑樹は慌ててテッシュボックスを差し出す。


「ほんとにっ、えっ…なんでっ、えっ、こんなに石津家の人たちは鈍感なんでしょ!」

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