第158話
泰滋の絶叫のお願いも、医師は力なく目を伏せる。
「もちろん最善を尽くしていますが、この診療所の設備では限界が…」
「限界ってなんや…人の命がかかってるんやで」
医師の白衣の襟を掴んで怒り狂う泰滋。
「今、救急車を呼んでいます。ここから大学病院へ搬送して、そこで処置をしないと」
泰滋は、その言葉を聞いてミチエに向き直った。
「ママ。聞こえるか。今、大きな病院へ連れて行くさかいにな。しっかりしいや」
「パパ…」
ミチエが力ない声で泰滋に話しかける。
「なんや…無理して口きいてはあかん。無理したら血がようけ出てしまうがな」
「パパ…もし私がダメだったら…」
「そんなこと、ならへんて…。なったらあかんがな」
「…子どもたちをお願いね。子どもたちは、私とパパが一緒に生きた大切な証だから…」
「なにゆうてんのや…」
「それから…床の間の化粧箱の奥に御札があります。…よく見てくださいね。それが、わたしの願いだから…」
「あかんがな、目をつぶったらあかんがな。ママ、ママ、うちを残していったらあかん」
静かに目を閉じたミチエは、それ以上泰滋の呼びかけに答えることがなかった。
いつミチエの命が事切れたのかわからない。ただ大学病院へ搬送されたものの、大学病院の医師は聴診器を外してただ首を横に振るだけであった。
あっけない。本当にあっけない別れ。どんなに愛する人であっても、人の別れとはこんなにあっけないものなのだろうか。
泰滋の頭の機能が停止した。ようやく頭が動き出し『この現実をどう受け止めていいのかわからない』と頭に浮かべられるようになることすら、ミチエの死後かなりの時間が経ってからだった。
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