第155話

「実はね、けっこう自分なりの工夫をしてね。おっと…ミチエ、体が重いだろう。立ってないで、ここに座れよ」


 泰滋は、切り株でできたベンチをミチエに勧めた。ミチエは勧められるがままに、大きくなったお腹を揺すりながら、よっこいしょっと座る。


「ギターの柄はね、小さな日本人の手にあうように、握りやすく小ぶりにしたし…」


 得意そうに、自分の工夫を語る泰滋。長々と続く彼の話しに、ヤスエはとっくに飽きてしまい、庭に下りて雑草の花を摘んで遊び始めた。

 しかし、ミチエは相変わらずそのすずしい目元にとてつもない優しい笑みを浮かべて、辛抱強く泰滋の話しに耳を傾けていた。


 泰滋は時より、嬉しそうにミチエのお腹をさすった。ギターの話しをそのお腹にも聞かせているようだ。


「そのギターは出来上がったら、いい音が出るかしら」

「どうだろうね。弾きやすいとは思うけど、いい音が出るかどうかは自信ない」


 泰滋もミチエもしばらく無言で組み立て中のギターを眺めていた。


「だけど師匠が言うには『凪の海』のようなギターがいいギターなんだそうだ」

「どういうこと?」

「凪の海は、穏やかで、静かだろう」

「ならば、音が出ないギターってことかしら…」

「そんな馬鹿な…」

「ギターの話も大概にせんか、奥さんもお腹のなかの赤ん坊も腹が減ってたまらんとよ」


 ふたりとも、声の主に目を向ける。見ると、木土門をくぐって頑固そうな顔の老人が入ってきた。


「師匠…わかりましたよ。もう帰りますから」


 泰滋が頭を掻きながら、ギターを仕舞いに行く。彼が工房に入るのを見届けると橋本師匠がミチエに話しかけた。


「この土地で産むのかな」

「はい、泰滋さんもギターが完成するまではここから離れたくないみたいで…」

「この土地には、ロクな病院もないし…安心して産めんじゃろうに」

「いえ、私は大丈夫です」

「それならいっそ、シゲを工房に出入り禁止にして、奥さんにずっと付きそえるようにしようか」


 ミチエが笑い出した。


「そんなことしたらまた病気になってしまいます。泰滋さんが元気になったのも、明るく楽しく過ごせるのも、師匠とこの工房のお陰です。感謝しています」

「わしらは、ただシゲを手伝わせているだけで、何もしておらんがのう」


 工房から出てきた泰滋をギョロリと睨むと、師匠は後ろ手に歩きながら工房へ入っていった。

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