第154話

「師匠!」


 橋本が突然の呼びかけに驚いて振り向くと、肩で息をしている泰滋が立っていた。


「…シゲか…今日は工房の手伝いは休みの日だったろう。いったいなんだよ」

「師匠。この前、仕事を手伝ってもらっているのに、金を払わないのは申し訳ないって言ってたでしょう」

「ああ、なんだ、今更給金が欲しくなったか」

「給金はいりません。その替り…」

「なんだ」

「その替り、ギターをひとつ、自分に作らせてください」



 傾いた日差しが青めいた空に浮かぶ雲を赤く染める。そろそろ夕焼けが始まろうとした頃、ミチエが、ヤスエの手を引きながら、庭の木戸門をくぐる。

 橋本ギター工房の小さな庭から、恥ずかしそうに工房の中をのぞくミチエ。


「やあ、ミチエさん」


 庭で作業をしていた工房の職人が、ミチエに気づいて声をかける。


「こっ、こんにちは」

「シゲを呼びに来たのかい?」

「ええ、すみません」

「別に、俺たちが引き止めているわけじゃないんだが…どうも、ミチエさんの旦那は、なにかはじめるとすぐ熱中してしまう癖があるようだな」

「はい、子どもみたいですみません」


 職人は、笑いながら、工房の中に入っていく。程なくして泰滋が出てきた。


「すまん、すまん。キリのいいところと思いながら、つい長引いちゃって…」


 泰滋の手にはまだ組み立て中のギターが握られていた。


「でも、見てくれ。ここまでできたよ」


 泰滋は嬉しそうに、手にしているギターをミチエに見せた。


「ギターらしい形にはなってきたわね」

「そうだろ…」


 手にしたギターを、あちこちから眺めながら、悦に入る泰滋。

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